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 家に着くと、上機嫌の兄貴が親父と酒を飲んでいた。
「ただいま」
「おぉ、友。どうだ、お前も一杯」
 兄貴の台詞が、オヤジモード。
「未成年」
「あれ? そんな堅いこと言っちゃう?」
「言うよ。俺は、こう見えても、結構モラリストなんだから」
 なんて嘘。ビールも日本酒も孝史と一緒に、こっそり飲んだことある。だけど、俺には合わないみたい。 そんなにいいものか? 二人とも、かなり出来上がっている。
「結婚するんだって」
 俺のご飯をよそいながら、おふくろが唐突に言った。 結婚? 誰が? 姉貴はもういないし、当然、俺でもない…あれ? 兄貴が?
「二年後だけどね」
 だよな。まだ、学生だし。
「って、兄貴。それじゃ」
「そう。やっと俺の誠意が通じた」
 マジで涙なんか浮かべそうにして、兄貴が感慨深げ。だけどなんて誠意って言葉が不似合いなんだ。 いや、そりゃ、その人に本気になってからは、真面目にしてたんだろうけど、以前の兄貴の生活知ってたら、 誰だってそう思うさ。ま、だから、大変だったんだろうけど。
「それじゃ、もう親父達に紹介とかしちゃったわけ? 俺だけ知らないの?」
「知ってるよ」
「え? 付き合ってたことある人?」
「いや、ない。けど、姉ちゃんの披露宴も来てたし」
 あぁぁ! 思い出した。あの、兄貴を妙に無口にさせた人。何かあるとは思ってたけど、そうだったんだ。 姉貴と同じ年だから、兄貴より四歳年上か。
 盛り上がってる家族を横にして、食事を終えると自分の部屋に上がった。 それを追いかけるようにして兄貴がついてくる。
「ちょっといい?」
 俺の部屋の入り口に立って、兄貴が声をかける。
「あぁ? うん。何?」
 ベッドに腰をおろして、兄貴を見上げる。
「友のほうはどうなってんろ? あの子と別れたって言うし、今度は、そのいとこらって言うし」
「えぇ? なんでそんなこと」
「姉ちゃんとはツーカーの仲らかんな」
 兄貴がケータイをちらちら見せる。ギャグのつもりか? 笑えないけど。 しかし姉貴のやつどこまで喋ってんだろ?
「姉ちゃんから何聞いたか知らないけど、そんなんじゃないから」
 はぐらかしてみる。幸せの絶頂にいる兄貴に、くだらない愚痴こぼせるわけないし。
「ふうん。北川の弟がネックらわけ?」
 孝史には、兄貴と同じ年の姉がいる。そういや、昔、付き合ってなかったっけ?  ま、そんなことどうでもいいけど、どうしてもごまかせないかな?
「孝史となら、別れてる」
「らら、もうアタックした?」
 当たり前だけど、兄貴はハミングしたわけじゃない。 さっきから、話してることはまともだけど、ずっと呂律が回ってない。 それに、アタックなんて死語を使いながら、バーレーボールのアタックを真似てるし。 そのハイテンション、ついてけない。
「いや……」
「なんら、やっぱマジじゃらいとか?」
「酔ってないときに話すよ」
 苦笑して、「勘弁してよ」と目で訴える。
「あ、そうらの? そういや、結構飲んらな……」
 兄貴は諦めて、俺の部屋を去っていく。ドアが閉まる。マジじゃないわけない。
 兄貴の台詞がどれだけ身に沁みてるか。
 ”ずっと一緒にいたいとかさ”
 思うよ。会いたいよ今すぐ。……なんでかな?
 ”失いたくないとかさ”
 当たり前だよ。美咲がいなくなるなんて考えたくない。
 ”単に好きとかじゃなくて、どうしようもないくらいに惚れてる?”
 どうしようもないくらいだよ……。とんでもないくらいにグロッキー。俺じゃないみたい。
 杏といい、兄貴といい、どうしてこんなに俺の気持ちを掻き立てることが、立て続けに起こるんだろう。 きっと、もう限界。タイムリミット。ぬるま湯が、完全に水に変わらないうちに抜けださなきゃ。
 窓を開けると凍る風。満天の星空。美咲もこの空見てるのかな?
 俺にチャンスください。今度は逃げたりしないから。
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