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「いってきます」
 声も遠くに、いつものようにバイクを触ってみたけど、 この間まで確かに感じていた執着心が、すっかり抜け落ちてる。
 進級時に撮ったクラス写真を見ながら、眠りについた昨夜は、 よく眠れたのか、そうじゃなかったのか、 体がふわふわ落ち着かない。
 兄貴の言葉は、今も胸でくすぶってる。あれから進展の話は聞かないけど、 あの夜の兄貴の気持ちは、よく分かる。俺が壊れ始める。
 通学途中の道端で、彼岸花が一定の部分だけ見事なまでに処刑されていた。 自分を主張していたのに、それを呆気なく否定されたようで、センチメンタルな気分になる。
 どうせ、近所の小学生がおもしろ半分でやったことだろうけど。 俺だって、その昔、たやすく折れるその茎を、何度メチャクチャにしただろう。 こんなことで感傷に浸っていたら、身が持たない。 いや、いっそ底辺まで落ちたほうが這い上がれるのかもしれない。
「よぅ」
「おぉ」
 校門前で孝史に会う。昨日の今日でも、時間に正確な自分達がおかしくなる。
「昨日あれからどうした?」……なんて孝史が聞いてくるわけもないのに、 色々考えちゃってる俺って小心者なのかも。
 同じような毎日が続いていくんだ。 美咲の気持ちを、受け入れられないのを心のどこかで、孝史のせいにして、逃げてるんだ。
 だけど、進めない。




「何悩んでんの?」
 変わらない日常を揺るがしたのは、そんな一言だった。
「悩んでる? 俺?」
「違うの?」
「どうしてそう思う?」
「う〜〜ん。顔」
 その言葉に、自分の頬をなでてみたけど、分かるはずもなかった。
 過ごしやすかった秋は短く、すでに冬の兆しが見え始めていた冷える夜。 バイトが終わったコンビニの外。
「恋愛関係? 友君、マジ惚れしてたりして」
「あれ? 俺って恋愛向いてないんじゃなかった?」
「気にしてたの?」
「かなり」
「……」
「ジョーダン」
「笑えな〜〜い」
 プーッと頬を膨らませたのは、元カノの杏。 たまにコンビニに来ることはあるけど、話したのは何ヶ月ぶりかな?
 同じこの場所で、こんな風に座り込んで、話してたのも遠い記憶。
 ふくれっつらの杏の顔を、指先じゃなくげんこつでぐりぐりしたら、なぜだか気持ちが優しくなった。
「そっちはどう? 彼氏とうまくいってんの?」
「あぁ、賢ちゃん? 最近、ふたりきりでは、会ってないな」
「どうして?」
「だって、媚びるんだもん。楽しくない」
 心底嫌そうな顔をした杏を見て、その賢ちゃんに同情したくなった。 そりゃ、こんな可愛い彼女ができたら、手放したくなくてマメにもなるさ。 マメになれなかった俺って、自意識過剰なのかな?
「それだけ杏のことが好きってことだろ?」
「え? そうなの? ……あ、そうか。どっちか一方だけじゃ成立しないんだ」
 急に納得した杏に、首をひねる。一体、何のこと?

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