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 暗闇から心臓一突き。孝史のうそつき。もうボロボロだ。
 俺を見た美咲が、一瞬躊躇する。孝史は忘れ物だと渡されたCDを平然と受け取る。
「バイトの帰り?」
 美咲が孝史と同じ台詞で、声をかける。
「あぁ、うん」
 平静装うよ。手遅れの感情なんだから。
「じゃ、俺帰るから」
 孝史がそう言って目配せ。ふたりだけの合図。そういうのってかなり堪える。
「うん。ありがと」
 あ……俺の手が引き止める間もなく、孝史の原付は暗い道を走って消えた。
「えっと、それじゃ俺も」
「板垣」
「え?」
「私、孝史と別れた」
「嘘! なんで?」
 やばいよ。その続き聞かないほうがいいかも。
「やっぱり板垣のことが好き」
 ノックアウト! ダメだ……。何で今更。孝史と付き合い始めた時点で、終わってる気持ちじゃないのかよ。 しばらくの沈黙の後で俺が出した答えは苦かった。
「美咲、自分のしてること分かってんの? 孝史の気持ち利用したんだ」
「結果的にはそうなるよね。好きになれればいいと思ったけど……理屈じゃなかったから」
「その前に気付けよ。優しいやつに甘えんなっ! 俺は、お前に恋愛感情なんか持てない」
「だよね。ごめんね。もっと強くなる」
 笑った。そう言って美咲は笑った。どうして? 辛いんだろ? だったら、泣いてくれればいいのに。 そうすれば、今すぐ前言撤回するのに。俺の気持ちぶつけて、抱き締めるのに……。
 俺に対する気持ちその程度?
「いや、ごめん。キツく言い過ぎた。だけど、孝史はいいやつだよ」
 そうさ、それは誰より、俺が、一番よく知っている。そんな孝史を傷つけんなよ。
「うん。知ってる」
「その……付き合ってくうちに、好きになれるかも」
 って、何言ってんだ? 美咲が目を丸くして、俺の顔をまじまじと見つめる。緊張のボルテージ急上昇。
「って、それじゃ、矛盾しまくりだな」
「仲、いいね」
「あ、でもホモってわけじゃ」
 真面目に答える。だってそういう噂あったって言うし。
「プッ」
 美咲が吹き出す。クスクス笑う。ここ最近で、俺の一番のお気に入りの笑顔が、今日は俺にだけ注がれる。 ほんの少しの後悔は、その笑顔で消えそうで、友達でもいいかなって考える。
「板垣が怒るのも無理ない。甘えすぎてた。恋愛対象になれなくてもこんな風にずっと喋ってね」
「ん……あぁ」
 笑いすぎて、涙目になった美咲に戸惑う。その涙は笑いすぎたからだけ? 気持ちが揺れる。 そんな簡単に吹っ切れないか。
 孝史はどんな気持ちで諦めたんだろ。俺のこと恨んだりしてるのかな?  なんて、そんなやつじゃないのは、分かってる。だから、さっきの合図だって。優しすぎるよ、まったく。 裏切れるわけないじゃん。
「じゃ、また明日」
「うん」
 手を振って、そこを後にする。微妙な気持ちを抱えながら、すぐ側まで迫った我が家に原付を走らせる。
 抑えていた涙を溢れさせた美咲を、抱き締めてやることさえできずに……。
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