その日は、いい加減うざったくなった髪をカットするため、美容院へ向かった。
理髪店じゃないのは、少しでも都会人(?)ぽく見せたいからで、そんなこと考えてる俺は、
実は田舎もの丸出しなのかもしれない。
ここら辺では珍しく、指名制の店で何度目かのカットを同じ人に頼んだ。
杏に振られたことを思い出し、ひと昔前の女みたいに失恋で髪を切ってる気分にさせられる。
と言っても、その深層心理までは分かるはずもないけれど。
「どういう心境の変化? 今どき失恋でってワケでもないだろうし、それも男の子だしね」
彼女が尋ねる。ちょっと考えたことと同じだったから、苦笑する。
「う〜ん、ただ夏風邪で寝込んでて、鬱陶しいって思っただけ」
「そっか」
彼女の指が、滑らかに動く。はさみの音がリズミカルに聞こえる。
「そういや、板垣君て南工業だったよね」
「うん」
「今、二年だっけ? 何科?」
「うん、二年の機械科」
「あ、じゃ、うちの姪と同じだ」
「姪って誰? 女子少ないから、知らないことないと思うけど」
「倉田美咲……あっ、もう外山だった」
風が吹くたび、肩の辺りが随分軽くなったことに気付く。思考回路はパンク寸前。
美咲の父親の妹、美容院で彼女から聞いたことは、俺の胸を尋常でいられなくしていた。
美咲が泣いてたわけと引っ越してきたわけはひとつになった。
「あれ? 切ったんだ。随分思い切ったな」
久しぶりのバイトに出ると、店長が目を丸くして声をかけてきた。
俺も何か喋ったようだけど、自分でもわからない。
ちょっとヘンなんだ。美咲のこと、友達以上に見たことなんかなかったのに。孝史の彼女だって知ってるのに……頭から離れないんだ。
美咲がメカニックを目指し始めたきっかけは、俺と同じだった。
偶然のはずのこの出会いのカギを親父が握っていたなんて。
これってひょっとして運命? なのかな?
夏休みが終わった。呆気ないようなそれでいて妙に濃い夏休みだった。
何が濃いってやっぱ心境の変化かな?
「髪切ったんだ。でも、似合ってる」
いつものように話し掛けてきた美咲に、ドキドキする。気付くの遅いよ。
このままじゃ、思考回路は行き止まり。
どうやっても前になんか進めない。
始業式だけの一日は、あっという間に終わる。
久しぶりに会った美咲も、もう帰っちゃった。放課後の教室って結構落ち着くもんだな。
このまましばらく、こうしていようか。俺は机に体を預けて溜め息をついた。
「美咲から聞いたけど、あの子と別れたんだって?」
上から声が降ってきた。見上げなくても分かる。
「孝史……」
ちょっとだけ顔を上げた俺の前で、孝史が腰をおろす。孝史には何でも話したりするんだな。
当たり前のように嫉妬する。こんな感情ダサイとしか思わなかったのに。
孝史が「美咲」って呼ぶ声が疎ましい。……っ! 何考えてんだ、俺。一体何様のつもり?
「勘違いしてたんだ」
自己嫌悪から逃れるように、自分から喋る。視線は上げない。寝そべったまま窓の向こうを見つめる。
目、合わせたくない。
「勘違い?」
「あぁ、恋愛ってこと。ルックスから入るべきじゃなかったって。たとえきっかけはそうでも、
もっと自分の気持ちが煮詰まってから行動するべきだったと思って」