「あ……びっくりした。杏ちゃんたら」
「……倉田。それってつまり」
「バレちゃった。私のトップシークレット。板垣に片想いしてた。でも、ね」
美咲が、困った顔を作る。「でも、ね、分かるでしょ?」とでも続くのかな? そりゃ、そうさ。分かってる。
美咲は、孝史の彼女だから、その気持ちが過去形だってことも。
美咲が俺の中に、恋愛対象として存在してないことも。
「あぁ、うん。こっちもビックリ」
「これからも、今までみたいに友達やってけるよね」
「あぁ、もちろん」
笑ってみる。それが自然。
「じゃ、そろそろ帰るね」
「あ、ひとりで大丈夫か?」
「平気」
あれ? 泣きそう。そんなわけないか。美咲は慌てて原付のメットを深くかぶる。
表情読み取れないのに、何故か、微妙な気持ち伝わるみたいに、エンジン音が胸に響く。
軽く手を振って美咲が帰っていく。
泣き出しそうな気持ちを、必死で隠してるような気がした。どうして? まだ俺のこと?
そんなわけないよな。孝史に見せた涙を俺には見せられないってワケ? ヘンだ、俺。
暑いはずなのに、鳥肌が立ってきた。
そういや、杏に振られたんだっけ。
それは悲しくもないし、悔しくもないのに。美咲の曖昧な態度にうろたえてる。俺も、帰らなきゃ……。
それは、まだ暑さが和らぐことの知らない、八月の下旬に差しかかった頃。
「ただい……ま」
俺が、言葉に詰まったのは、そこに美咲が居たから。正確には、美咲とその母親。
裕
義兄
さんの実のお姉さん。え? なんで?
「あら、友。早かったのね」
「あぁ、やっぱなんかだるくって。……こんにちは」
順番が逆になったけど、俺はそこでやっと挨拶をする。会釈が返ってくる。笑うと特に似てるよな。
「それじゃ、そろそろ失礼します。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
おふくろが玄関を出て、二人を見送る。美咲とは、あの夜以来。だけど目を合わそうとしなかった。
いや、俺が合わせられなかっただけかもしれない。
「今の裕
義兄
さんの姉さんだよな。なんかあった?」
二人を見送ったおふくろに尋ねる。頭の芯がちょっとズキズキ。
「そこの団地に空きがあったでしょ。越してきたらしくて、お父さんへのお礼も兼ねて挨拶にって。
もう何年も前のことなのにね」
「親父にお礼って?」
「あら? 友は聞いてなかった? 故障して立ち往生していたあの人の車を、たまたま居合わせたお父さんが直したって話。
名前も名乗らなくて、結婚式でばったりなんて不思議な縁よね」
「へぇ〜親父らしいな」
親父のそういうとこ、結構好きだな。
「ヘクショイ!」
間抜けなくしゃみが俺を襲う。いよいよ、ダウンか。
「ほら、そんなところで突っ立ってないでさっさと寝なさい」
おふくろは、俺を二階に押しやると氷枕を用意して、やってきた。
大げさだなとそのときは思ったけど、夜には熱が三十九度台まで達して夏風邪の威力を思い知った。
思考力の低下によって、美咲が急に引っ越してきた理由を考えるところまで、頭が回らなかった。
それを偶然知ることになったのは、その日から数日後のことだった。
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