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 田んぼを我が物顔で泳いでたおたまじゃくしがすっかりカエルに成長して、 紫陽花の美しい時期も終わると、梅雨が明けた。
 一学期も終わる。明日から、長い夏休みだ。どうやって過ごそうか? あまり興味もない。
 膿がたまる。理由のわからない黒い塊。追い出すのは自分でしかないと思うけど。
「なんかここんとこ、元気ないじゃん」
 孝史が、机に寝そべって帰ろうとしない俺に、声をかけてきた。
「あれ、まだいたんだ」
「うん。美咲待ってんの。最終日に日直ってやつ」
「へぇ、仲いいな。じゃ、俺はそろそろ」
 重い腰をあげる。だって、戻ってきたらおジャマ虫(死語)だし。
「じいってさ、彼女と会ってんの?」
 立ち上がって帰ろうとした俺に、孝史がそう尋ねる。
「ん? ……あぁ、あいつがバイト辞めてから、会ったのは一度だけかな?」
 そういえば、顔、随分見てないな。 一応、二日に一回くらいは電話あるけど、会いたいとかわがままも言わなくなったし。
「淋しくない?」
「別に」
 首筋にかかる髪をザッとかきあげる。孝史が心配そうに俺を見る。ん? なんかヘンなこと言った?
「美咲には口止めされてたんだけど、この前の試験休みのとき、じいの彼女が他の男と歩いてんの見た」
「そう」
「そうって平気なのか? それ聞いても」
「あいつ男友達多いし、そんなんで、いちいち嫉妬してたらキリがない」
 呆れた顔の孝史に、「じゃ〜な」と言い残し教室を出た。そこで美咲とすれ違う。軽く手を振っただけ。 俺が美咲と話すことも、急激に減った。杏の忠告を聞いてのことだけど、そういうのってなんだかイヤだ。
 すっかり、夏の日差しになった空を仰ぐと、シオカラトンボがゆうゆうと俺の上を飛んでいく。 休みなく続くセミの声が耳障りだ。
 何気なく見上げた二階の自分たちの教室に、泣いている美咲を見つけた。喧嘩でもしたのか? 孝史のやつ。
 だけど、その美咲を抱き寄せる孝史の姿を見て、それは突然起こった。
 俺の胸にざわざわと波風が立ったんだ。心臓をわしづかみにされたような痛みが一瞬押し寄せる。
 視線を無理やり戻す。そのときは理解していなかった。 胸の痛みのわけを考えることもなく、しばらく会うことのない校舎を後にした。
 そういや、孝史が言ってたこと。「最近、元気ないじゃん」って。そうかもな? でも理由はなんだろ?  孝史から聞かされた杏の男友達のことは、何故かちっとも悔しくないし。 前なら、カッコ悪いと思いながらも、そういうのにちょっとは妬けたし、杏のことが可愛くて仕方なかった。
 いつからこんなになっちゃったんだろ? 姉貴の結婚式で、杏の親に会うときもあんなにドキドキしてたのに。 そのすぐ後……そっか。やっぱり兄貴の言葉が体から抜け切っていないせいだ。
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