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 兄貴は、受話器を乱暴に置くと、すたすたと二階に戻っていった。俺の箸は、すっかり止まっていた。
「電話誰?」
 おふくろが目を丸くして尋ねる。
「よくあるいつもの女友達だけど」
「機嫌悪いな」
 親父もポツリと呟く。俺は、残りのご飯を流し込むと、おふくろに後を任せて二階へ駆け上がった。 その時は、好奇心のほうが強かったけど……。
「兄貴? ちょっといい?」
 ノックをすると、「どうぞ」と声がかかる。ドアを開けて、少し足を踏み入れる。
「北川の前に止まってた車、兄貴だよな。一緒にいた人となんかあった?」
 兄貴は、机に向かって参考書を広げていたけれど、明らかに勉強していた様子ではなかった。 俺の言葉に、微かに反応したように見えたけど、返ってきた答えは妙だった。
「友は、昨日の付き合ってるって言ってた子のこと、 真剣 マジ に惚れてんの?」
 話の論点かずれていることに、違和感を覚えながらも「まぁ」とうなずく。
「例えば、ずっと一緒にいたいとかさ、失いたくないとかさ、本気で考える?  単に好きとかじゃなくて、どうしようもないくらいに惚れてる?」
「なんか、ガラにもない事言ってない? 調子狂うじゃん」
 だって、恋愛はゲームみたいなもんだって、マジになったほうが負けだって言ってたじゃん。
 兄貴は机の横にあるベッドに、仰向けに寝転んだ。
「だよな。俺がこんな事言っても説得力に欠けるよな。俺だって調子狂いっぱなしさ。 来るもの拒まず、去るもの追わずでテキトーに遊んでりゃ、それなりに楽しかったのに。 この辺の回路どっかイカレちゃったみたいで、面倒くさいのに止まんない。もう、ボロボロってカンジ」
 兄貴は、左手で両目を覆って右手で胸の辺りを叩く。かなりマジモード。
「それってさ、辛い?」
 からかうつもりじゃなく、聞いてみた。
「あぁ、信じてもらえないのが結構堪える。 それも自分がやってきたことのツケが回ってきただけってのも情けねぇ」
「そっか……まぁ、健闘を祈らせてもらうよ」
 無言でうなずく兄貴の部屋を後にする。 頭に靄がかかったみたいで、俺の恋愛に対する意識が一気にぼやけた。
 どうしようもないくらいに惚れてるとは、 言いがたいかもしれない。 バイトもほとんど休まないし、デートもろくにしてない。でも、それが淋しいとか思わない。
 キスも最初はちょっとドキドキしたけど、今は挨拶みたいで新鮮味もない。 次のステップにどう持っていこうかと考えている自分のことを、 普通だと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
 その夜は、妙に深く恋愛について考え込んでしまった。
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