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 雨が降っている。家を出ると、隣の庭の紫陽花が目に入る。やっぱり前より少し濃い紫になってる気がする。 この花は好きだけど、雨は嫌い。
 雨の日は、歩いて登校する。 自転車の傘差し運転が違法だって言う、模範的考えからそうしてるわけじゃなく、 一度、その傘差し運転で強風に煽られ、自転車ごと 側溝にはまり、大怪我をしたことの教訓が俺にそうさせていた。
 歩く俺の側を傘を差した自転車が追い越していく。内心、事故っても知らないぞと毒づきながら、 ほんの少し羨望の混ざったまなざしを送る。
 校門前で孝史に会うことも雨の日ばかりは違った。校舎に入る。自分の濡れた左肩と革靴の感触が不愉快。
「おはよう」
 後ろから美咲の声。ちょっとだけ、気持ちが軽くなるのが不思議。
「雨、ヤだね。早く梅雨が明ければいいのにね」
 そういう美咲の顔は、別にイヤそうじゃない。
「美咲、聞いたよぅ。あっ……」
 美咲に話し掛けた女子が、俺の存在に気付くと、言葉を切った。
「何? 俺がいるとマズイ話?」
「別にそういうわけじゃないけど、とりあえず教室行かない?」
 彼女の言葉に従って、傘を押し込み、上履きに履き替えて教室に向かった。 特に続きが気になるってわけでもないけど、はぐらかされると 曖昧なテレビドラマの予告みたいで、ちょっとの興味はわく。
「そんなんじゃないって。大体、何でもじいと結び付けんなよ」
 教室に入って最初に俺の耳に届いたのは、孝史のそんな言葉だった。
「俺がどうしたって?」
 さっきの彼女の話はもうどうでもよくなって、すぐそっちの輪に入ろうとした。
「あ、彼女もおでましじゃん」
 孝史の隣にいたやつが、俺の後ろから入ってきた美咲を見て言った。え? 美咲に視線を移すとぎこちなく笑う。 その横で、さっきの女子が美咲を覗き込む。
「え? 何?」
 わけのわからない俺は、聞き返した。
「付き合い始めたんだって。孝史と倉田」
 俺の頭の中でピヨピヨとひよこが鳴いた。青天の霹靂ってやつ?  それなのに、雷じゃなくてひよこっていうのがなんとも間抜けだった。
「そうなんだ……。知らなかった。だけど、それと俺が、どういう関係?」
「あぁ、俺たち、倉田はじいとくっつくもんだとばかり思ってたから、 昨日じいの彼女の話聞いて驚いてたところに、 今度はその倉田が孝史とって言うからさ。 ちょっと深読みしてさ」
 ん? そんなわけないじゃん。周りでみんながうんうんうなずくのを訝しく思った。
「何で、そんなこと思ったわけ?」
「え? だって、じいってさ、他の女とはあんま喋んないのに、倉田とは仲いいからてっきり」
 そこで俺は、首を振った。
「それはないって。そりゃ、仲いいけどそんな女とかって意識したことねーよ。 目指すモン同じだし、話合うしそれだけさ、なぁ」
 俺は、美咲に同意を求めた。美咲が笑う。
 どうやら、学校の女子が告白とかしてこなかったのは、それが原因だったらしい。
 なんだかなぁ。早とちりっていうか、分かってないっていうか。
 俺も美咲も、目指すのは車やバイクのメカニック。 どんな故障も工具と自分の腕一本で素早く直す、そんな親父に憧れた。 美咲がそれを目指し始めたきっかけは、聞いたことないけど、とにかく話が合うし、一緒にいて楽しいし。 肩肘張らずに付き合える唯一の女友達だった。
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