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 昨夜悩んだ、恋愛の答えは見つからないまま、兄貴の言葉だけが、 小さな刺のように俺の胸の奥をちくちくといたぶっていた。
 授業中も杏の顔を思い浮かべる。 でもそれは、自然に浮かぶんじゃなくて、ムリに思い出そうとしているようで、 やっぱりどこかヘンだった。
 孝史と美咲が付き合い始めたことも、そのときの俺には大した意味を持っていなかった。 引っかかることがあるとすれば、孝史から何の相談も受けなかったことくらい。
 ま、それも、俺だって杏のことを 孝史にさえ話してなかったから、あいつだけを責めるわけにもいかない。
 これからどうしようとか考えても仕方なく、このままゆっくり一日が過ぎてゆくんだ。




「本当にあれでよかったのか?」
 降り続く雨は、教室に残った二人を余計に湿っぽくさせていく。作り笑いの仮面がはがれた美咲は、 困惑の表情を浮かべて、窓の外の雨を見ていた。
「板垣に友達以上に見られてないことくらい、とっくに分かってたから」
 孝史は、軽くため息をつくと美咲の背中を見つめたまま、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「それでも続いてた気持ち、彼女が出来たくらいで諦めて、好きだって言ってくれるやつと、 不真面目な恋愛をすることに嫌悪感はないって、言い切れる自信ある?」
 孝史の台詞に、美咲が驚いたように振り向く。
「不真面目な恋愛するつもりはない。甘えてるかもしれないけど、北川君のこと利用するわけじゃない。 ちょっとずつじゃだめかな?」
「孝史」
「え?」
「北川君じゃなくてさ、孝史って呼んでくれるんなら信じて待ってみるけど」
 孝史の照れた注文に、うなずくと心が軽くなったように笑った。
 ずいぶん前に気持ちを悟られた後、不意に告白された。 美咲の気持ちを知っていたので、しつこいアプローチもなく、どちらかというと応援する態度で接してくれた。 昨日、友蔵の彼女の話を聞いてからも、美咲の気持ちを助けたのは孝史だった。
 そんな前提があって、気持ちを受け入れてみようと思ったらしい。 俺の知らないところで、二人の微妙な関係はこうして始まっていた。




 雨の日のバイトは厄介だ。車なら楽に行ける距離も、原付でとなると雨ガッパを着ないわけにいかない。 これがまたチョーださい。だから、雨は嫌いだ。憂鬱になることばかりだ。
 コンビニに着くと店長が愚痴ってきた。原因は杏。急にバイトを辞めると言い出したらしい。
「え?」
「なんだ。知らなかったのか?」
 店長はどうして止めてくれなかったんだと思ったらしいが、無理な話だ。そんなこと一言も聞いちゃいない。
「ま、その分、友が頑張ってくれりゃいいんだけどな。……まさかお前まで辞めるなんていわないよな」
 店長がはっとした様子で聞き返す。
「まさか。大体杏のためにバイトしてるわけじゃないし。会えなくたってどうってことないから」
「あれ? なんか冷めちゃってる?」
 店長の言葉に「別に」と首を振ってみたものの、確かに俺の中の気持ちが昨日までと違ってる。 杏がバイト辞めて、会う機会がうんと減ることにも、寂しさを感じたりしない。 まして、バイト休んでデートしようっていう気もない。
 ただ、今までちょっと楽になってた仕事が、また元に戻るだけで何も変わりはしない。 とりあえず、バイト終わったら、ケータイに電話してみよう。

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