小説のTOPへ 前ページへ

ボクらの恋愛事情:第一章
〜一泊旅行〜
 とうとうこの日がやってきた。用意周到に、ボクはこの日の計画を練ってきた。まず親にどう言うか。これはありきたりだけど、友人に頼むしかないかな? と考えた。 ただそれを誰にするか。口が堅くて、信用できて、なぜそんなアリバイが必要なのか、詮索しない友人。なんて難しいんだ。ボクは頭を悩ませたけれど、結局は、ひとりしか 思いつかない。圭だ。詮索されないかどうかは、言ってみるまで分からなかったけれど、それ以外の条件は軽くクリアしていた。 頼んだのは、前日の夜。詮索するすきを与えたくない、なんてことを考えての行動だったけれど、考えすぎだった。
『あぁいいよ』
 なんて軽くOKするんだ。ボクは少し気が抜けて、それ以上何も喋らない圭に、つい聞いてしまった。
「どこへ行くの? とか聞かないのか?」
『ん? あぁ。聞いて欲しいの?』
「いや、別にそういうわけじゃ」
『ならいいじゃん。絶対バレないようにしてやるし、誰にも言わないよ』
 電話の向こうの圭の言葉が、耳に残った。こいつ、ボクにとって親友に値するな……。そんなことを、その時初めて感じた。圭がこんなボクの本音を聞いたら、 どう思うだろう。今まで気付かなかった。気付けなかった。心地よい関係って、こういうことなんだ。ボクは、まだまだ未熟な人間だな。

 不在証明(アリバイ)って言葉の意味と、しっかり合ってるわけではないけれど、普段ボクらは何気なく、簡単にこの単語を使っていたりする。 そこにいなかったという証明。ボクらはこれから、どこに行くのか、何も知らない家族。
 朝、家を出たのは八時過ぎ。一日遊んで、夜は圭のうちに泊まるからと親に話して、 家を出た。手土産を持たされた。これはやっぱり、圭の家に、届けるべきなんだろうな。とりあえず、駅に着いたらコインロッカーだな。日持ちするものでよかった。
 バスに乗る。由香ちゃんの姿を横目で確認する。それだけ。一瞬だけお互いの視線がぶつかるけれど、知らない振りをする。まだ合流するわけにはいかない。 どこで誰に会ってしまうか、分からないから。
 自分達の住む町から、結構離れた主要駅に到着して、周りを確認するボク。同じ停留所でバスから降りた由香ちゃんと、やっとの思いで合流。
 昨日の夕方、ボクは公衆電話から、電話をかけた。由香ちゃんの携帯電話に。今日の予定をたてるために、呼び出した。未だにくらくらするような眩暈を感じながら、 計画を立てたのは、寂れた公園。幼稚園くらいの子ども達も、五時が過ぎる頃には姿を消しているようで、ほとんど、どこにも人影がないのが、好都合。
 町の真ん中にあるんだけれど、ちょっと入り組んだ場所で、道路に面していないから意外と穴場。本当に二人きりで会えるのは僅かな時間。 付き合いが始まって、まだ数日。それなのに会えない日もあったほどで、ボクはやっぱりドキドキしてるんだ。夢じゃないことは、もうちゃんと理解してるんだけど。
 今日の計画は、今立っている主要駅で合流してから、電車でヤスくんのアパートへ向かい、そこで一度荷物を置いて、文化祭へ出かける。
「ヨクちゃん、大丈夫だった?」
 由香ちゃんの微笑み。これから始まる一泊旅行への実感が沸く瞬間。
「ん、ボクは男だからすんなり家も出られたよ。由香ちゃんこそ大丈夫?」
「問題なし。ちゃんと友達にも頼んできたし」
 することは同じだよな。やっぱり。なんてことを思いながらも、その友達信用できるのか? なんてことを考えたり、今日のことを、その友達に追及されなかったのか?  なんて考えたり、圭の言葉が頭を回ったり、ボクのリアクションはとにかく、何かと混乱してた。



 ヤスくんのアパートに到着した。由香ちゃんに案内されて。そこで初めて気付いたんだけど、鍵は?
 扉の横についているチャイムを、由香ちゃんが鳴らす。?????  ヤスくんは、留学していないんじゃなかったっけ?
「由香ちゃん?」
「え?」
 由香ちゃんが振り返ったときに、目の前の扉が開いた。 誰?
夏実 なつみ さん、おはようございます」
 由香ちゃんが、目の前の少し年配の女性に挨拶をする。だから誰??
「いらっしゃい。どうぞ入って」
「……あれ? 言ってなかったっけ?」
 やっとボクの放心状態の姿に、由香ちゃんが気付く。何を? 一番重要な部分を忘れてるんじゃないの? 誰? この人。
「お兄ちゃんのお母さんだよ」
 小声でボクに言った。あ……そうか……。
-7-

NEXT