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ボクらの恋愛事情:最終章
〜エピローグ〜
 ケータイがメール着信を知らせる音を鳴らす。
「薫ちゃんだ」
 ケータイをいじる由香ちゃんの手元を覗き込むと隠された。返信メールを打ち込む由香ちゃんの指の動きの速さに、単純に感心したりする。 それにしても、女って不思議だ。あんなことがあっても、こんな風に友情(?)が続いていけるなんて。
「何て?」
「気になる?」
「いや、別に」
 あっさり引き下がるボクに、ちょっと残念そうな由香ちゃんの顔。
「慎の好きな食べ物、教えて〜だって」
 聞いてもないのに、由香ちゃんが笑いながら話す。いつもの公園についたところ。日曜日の昼下がり。五月の風は、心地よくボクらの間をすり抜ける。
 あれから、三ヶ月。佐伯さんの変化には、ボクも舌を巻く。
「食べ物ときたか……」
 もうすぐ、慎の誕生日。佐伯さんは、打っても響かない慎に、どんな手を使ってくるのか? 意外にも興味津々なボク。
「牧田くんは? どうなの?」
 由香ちゃんは、またクスクスと笑って楽しそうにボクに尋ねる。
「呆れてる。欲張りだなってさ」
 圭は、この三ヶ月の間に、墓参りにも行って自分の過去をちゃんと取り戻していた。手首の傷跡は、うっすらと残り精神的な後遺症を 心配したけれど、逆に冷静になれるとボクに打ち明けてくれた。それはボクと圭だけの秘密で、他の誰も知らない。
 佐伯さんが、圭に惹かれることは分からなくもないけれど、全然タイプが違うと思うんだけどな? 慎と圭のどちらが一体、佐伯さんの本命なのか?  ボクにも分からないし、実は本人も分かってないらしい。慎と同様、圭も佐伯さんにはかなり冷静。ボクの件もあるからってのが理由だけど。どうやら、佐伯さんは、 冷たくされると 逆に燃えるらしい。ボクの時もそうだったらしく、知った時には苦笑するしかなかった。
 それから、佐伯さんの諦めの悪さ……というと失礼か? めげない強さは母親の影響が強い。 佐伯さんの母親は、シングルマザーでとにかく何でも諦めてきたらしい。父親になるべき人のことも。職場でのキャリアも。 そういう母親が、嫌いだったって。過去形になってるのは、由香ちゃんの、ひいては慎のおかげかもしれない。
 あの夜、病院で聞いた佐伯さんのイラだった口調は、そこからきていたんだと、ボクは由香ちゃんを通じて得た情報に、妙に納得していた。
「エネルギーの使い方間違ってる……」
「え?」
「ううん、何でもない」
「もうっ! 隠し事はしないって」
「隠し事じゃないじゃん。オーバーだな」
 降り注ぐ太陽と、由香ちゃんの笑顔がキラキラと眩しい。ボクの言葉に、怒って振り上げた由香ちゃんの腕を掴まえて、抱き締める。
「由香ちゃん、教えてやりなよ。二兎を追うものは一兎をも得ずってさ」
「う〜ん。分かってると思うんだけど……」
 ボクの腕の中で、由香ちゃんが言いよどんでから、ボクの顔をチラッと見た。やっと気付いた?
「ヨクちゃん……もしかして、背、伸びた?」
 少し体を離してから、ボクをマジマジと見つめる。
「もしかしなくても伸びた。気付くの遅っ!」
 わざと由香ちゃんを怒らせるように、大袈裟に言ってみた。伸びたって言っても、まだやっと由香ちゃんに追いついたくらいで、 祈るように毎日飲む牛乳の量を増やしてるなんて、 口が裂けても言わない。
「イジワル!」
 思ったとおりの台詞が返ってきて、笑えた。
「もう! 何笑って……」
 唇をふさぐ。何度繰り返しても、やっぱりすごく緊張。それでも右手は、由香ちゃんの首筋を撫で、ボクが贈ったベビーリングを指先で確認して、下降する。
「ッテッ!!」
 途端に、右手をはじかれてボクは口を尖らせた。未だにキスから進めない。勿論、無理強いするつもりはないんだけどさ……。 咎める由香ちゃんの視線に、おどけた顔して舌を出す。
「もうしません! ごめんなさい」
 頭を下げて、低姿勢。くるりと由香ちゃんの視線から体を背けると、慌てた調子の手に後ろから腕を掴まえられる。どうすれば、いいって?  自分の欲望と闘うキリキリとした痛みも、恋愛の醍醐味ってことで、楽しむしかないのかな? 女ってとことん罪だよな。
 そしてボクは、大袈裟に溜め息をついて空を見上げた。心配そうな由香ちゃんの視線を隣に感じながら……。

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〜FIN〜
この物語はフィクションであり、登場する団体・名称その他は架空のものです(笑)

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