〜ボクらの恋愛事情〜 「ちゃんと納得してもらったから、今度こそ本当に」 由香ちゃんの肩をまるごと抱き締めるようにして、ボクは念を押した。そして、佐伯さんが言っていたメールの話をしたら、由香ちゃんはゆっくりとケータイを取り出して メールを開いてボクに見せた。 絶句する。これを信じてたら、ボクの言葉なんか、何の意味も持たないかもしれない。前、見せてもらったメールは、ほんの一部でしかなかったんだ。 どうしてそこでちゃんと確認してくれなかったんだろう? ふとよぎる疑問。考えれば見つかる答え。あぁ、やっぱりちゃんと抱き締めることって、気持ちの確認になるんだな。 どんな言葉よりも確実に、心を繋ぎとめられるんだな。 “ギュってされるとぬくもりが伝わるからすごく好き” “翼ってキスが上手いよね” 佐伯さんの言ってた、どんな手を使っても、に込められたメールにズキッと胸が痛む。読んだ時の由香ちゃんの気持ちも、痛いほど分かる。 してあげられなかったボクに、不満を 持ってたんだ。言葉だけの愛じゃ、どうにもならないこともあるんだ。 由香ちゃんのケータイを左手に握ったまま、ボクは顔を寄せる。緊張でがちがちに震える唇を、重ね合わせる。キスが上手いよね? まさか! 自分から寄せた唇に 意識が集中しすぎて、右手の場所に困ってる。いつ離したらいいのかすら、分からなくって苦しくなって……思いっきりむせてるのが本当のボク。 「大丈夫?」 「う……うん」 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。寒い夜の公園で、体温だけが異常に上昇。ボクらは、寄り添って寒さも忘れて、心の溝を埋めるように語り合った。 慎が言っていた“お母さん”のことも、詳しく聞いた。ヤスくんのことを、本気で嫌っているわけではないこと。自分の子ではないとはいえ、二歳から育ててきたら情も沸く。 ただ、愛情と嫉妬の間で苦しんでいたことは否めなかった。慎もその当時は、少なからず母親を嫌悪したようだったけれど、突き詰めて考えれば分かる事だって。 「慎の言うとおりだよね。私って、思い込みが激しいんだ……。お母さんのことも絶対許せないってそれしか思えなくて、ちゃんと見てなかった。ヨクちゃんのことだって同じ。 肝心なこと聞かないで、疑ってばかりだった……。ごめんね」 反省する由香ちゃんが、可愛くてボクは思わず抱き締めていた。これからどうなるのかなんて、誰にも分からない。ただ、素直でいたい。背伸びなんかしなくても。 めまぐるしい一日の終わりは、由香ちゃんの手作りのチョコレートで締めくくる。用意してくれていたプレゼントになるはずだった旅行は、お預けになってしまったけれど 後悔しない選択だったはず。由香ちゃんも圭もボクにとっては、かけがえのない存在だから……。 あまりの寒さに、由香ちゃんの誕生日に日付が変わるのを待たずに、家に戻った。手元にないプレゼントのことも脳裏には浮かんでいたし、体がもう限界だったから。 慎の部屋で、用意してくれていた布団に転がるとほぼ同時に、深い眠りに誘われ、泥のように眠った。 目を覚ましたときには、明らかに太陽は顔を出してから四分の一日ほど、経過していると思われた。 「お……おはよう」 「あぁ。疲れとれたか?」 机に向かっていた後姿に声をかけると、慎は顔だけ後ろに向けて、そう尋ねてきた。ボクはそれにうなずいて立ち上がる。軽い眩暈に足をもたつかせながら、布団を片付ける。 「由香ちゃんは?」 「部屋だと思うけど。ヨク、出直してくるだろ? その頭」 慎が笑った。ボクはボサボサの髪を手でクシャっと掻いて、苦虫を噛み潰した表情を作る。すぐに姿勢を戻す慎。休みでも勉強をしている姿に感心した。 由香ちゃんには、三十分後に公園に来てもらえるように伝えてと頼み、礼を言ってそそくさと自分の家に帰った。 遅くまで寝ていたので、ちょっと計画が狂ってる。圭のところにも顔を出しておきたいし、そんなことを考えながら鏡に向かう。 「お待たせ」 由香ちゃんが、公園に入ってくる。ボクは、左手で髪を気にしながら、右手を上げる。コートのポケットには、誕生日プレゼントのベビーリング。側に来た由香ちゃんに、抱きついたら 髪をクシャっと撫でられた。またひとつ、大人になったんだね。 「誕生日おめでとう!」 「ありがと。昨日はよく眠れた?」 「ってか、眠りすぎ。こんな時間になっちゃって」 「気にしてないよ……」 言葉が終わらないうちに、ボクがポケットからプレゼントの小箱を取り出したから、由香ちゃんは目を丸くしている。 「え? 何?」 「何って、プレゼント」 「いいの?」 「気に入ってもらえるといいけど」 包みを開けた由香ちゃんが、目に涙を浮かべたりするから、ドキドキが増幅する。 「かわいい」 由香ちゃんもね。 「大事にするね」 ボクもね……なんて。自分で考えて顔を赤くしてちゃ、世話ないや。 ボクらの恋愛事情は、二人の感情だけじゃなく、周りの変化で、どうにでも変わっていくけれど、強い絆を結んでいければいいね。これからもずっと……ずっと。 |