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ボクらの恋愛事情:最終章
〜思い込み〜
「え? 何て? どうしてそこで佐伯さん?」
『……よかった。そうだよな』
「何? 一体? 慎、ちゃんと説明してくれよ」
 慎は、ボクの戸惑った言葉だけで確信したように、安心していたけれど、ボクには何のことなのかさっぱり分からない。
『あぁ、うん。で、ヨクはどうして病院なんかにいるのさ? どこの病院?』
「T病院……圭がちょっと……」
『了解』
 ボクが口をつぐむと、慎はそれならいいんだと、言わんばかりにあっさりと納得した。それから、佐伯さんの真相を話す。諦めそうにないと言っていた圭の言葉を やっとボクは思い出した。ボクは受話器を持ったまま、辺りをキョロキョロと見回した。佐伯さんが昨日、運ばれた病院もここらしい。 どこでボクの姿を見かけたのか? 由香ちゃんにまたデタラメなメール。待ち合わせの時間に現れないボクに対して、不安を抱いている由香ちゃんの元へ、追い討ちを掛けるように。
 忘れていた憎悪の感情が、ボクの心を一瞬で支配する。どこまで邪魔をすれば気がすむんだ。
『なぁ。こっちに来られる?』
「え? あぁ……」
 正直、どう返事をしたらいいのか迷った。ボクにとっては、由香ちゃんか圭かなんていう二者択一は出来そうになかったから。
「由香ちゃんは……やっぱり、メールを信じてるってこと?」
 あれだけ念を押したのに。佐伯さんとの間には、何もないっていうことを。それでも信じてもらえないの?
『思い込み激しいから……。悪いな。ヨクが、そんな器用なこと出来るわけないって言ってんのにさ』
「慎?」
『何?』
 応援してくれてるのか? ボクは嬉しくなって、つい問い掛けそうになる。
「いや、何でもない」
 そう答えると、慎の舌打ちが聞こえた。
『で? どうする気?』
 電話の向こうで、慎が眼鏡を押し上げる仕種をしたのが、何となく見えた気がした。いつものクールな慎の声。
「今すぐにとは言えないけど、行くよ。ちゃんと会って説明する」
 圭の側にいてやりたい気持ちも、由香ちゃんにちゃんと納得してもらいたい気持ちも、どちらも大事で葛藤する。 こんな状況の原因を作った佐伯さんが、疎ましくて仕方がなかった。
『分かった。伝えておく』
 慎の言葉に礼を返して、受話器を置いた。テレホンカードの戻ってくる音が、静かなロビーに響く。ボクは溜め息をひとつ。
 階段を上がって、 圭のいる病室へと向かおうとしたら、別の病室の前にいた佐伯さんの姿が、目に入った。これは予期していなかった偶然だったのか、 ボクに気付いて、手を動かす。車椅子は、くるりと向きを変えて病室へ入ろうとする。
「佐伯さん!」
 声が響いて、ボクは少し首をすくめた。佐伯さんは、振り向きはしなかったけれど、動きを止めた。今更何を戸惑うことがある? 自分がしてきたことを 責められる覚悟くらいしておいて欲しい……。ボクは、佐伯さんに駆け寄っていた。
「何? 立川くん」
 佐伯さんはボクの顔も見ずに、近付いた気配だけで小声で質問をする。
「何、じゃないだろ? 一体、どういうつもり?」
 ボクはわざわざ顔を見ることはせず、佐伯さんの後姿に、声は控え目ながらも怒りをぶつける。
「あぁ、メール? あんなの信じる先輩がバカなんじゃん」
 初めて聞いた口調だった。佐伯さんの口から出てくる言葉とは思えなかった。
「そんな言い方ってないだろ……振り回してそんなに楽しい?」
「振り回してる気なんてないよ。ただ、欲しい物は、どんな手を使っても手に入れたいだけ」
 淡々とした口調で語る佐伯さんの肩と声は、言葉の持つ意味とは似つかわしくないくらいに震えていた。ボクは一瞬、躊躇する。欲しい物って……もしかして、ボクのこと?
「それってもしかして……」
「待ってるだけじゃ何も変わらないし、指をくわえて見てるだけなんて、最悪。そんな女は嫌なの。バカみたいじゃない!」
 語気が荒くなった佐伯さんに、ボクは圧倒されていた。相変わらず、背を向けたままの佐伯さんの表情は読めない。
「佐伯さん……エネルギーの使い方間違ってる」
 ボクの声に、佐伯さんはやっと顔を動かした。見上げるようにして、ボクの表情を受け止めようとしているのが分かった。少しだけ安心した。
「立川くん、じゃ、どうすれば手に入れられるの?」
「あのさ……。相手にも感情があるってこと忘れてない? 自分の思い通りに何でも運ぶなんて、思わないほうがいいよ。もし、ボクが何も知らずに 佐伯さんに惹かれてても、小細工してたことは、いつかきっとバレる。そうなると、逆に嫌悪感しか抱けなくなる。それって、余計辛くない?」
 佐伯さんに惹かれてても……。確かに、メールのことがなければ気になる存在になっていたかもしれない。ボクは自分の言葉に、内心冷や汗をかいていた。
 少し考え込んだ後、佐伯さんは意外なほどあっさりと、納得した様子。そして。
「分かった。……悔しいけど最後にひとつ、立川くんに大事なこと教えてあげる」
 そう言って、由香ちゃんが一番不安に思っている事を教えてくれた。いつの間にボクは、背伸びをしてたんだろう?
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