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ボクらの恋愛事情:最終章
「準備万端?」
 普段は、電気がついていたとしても自宅から電話を入れることはないボクだけど、確認作業と称して、由香ちゃんの声を聞く。
『うん。バッチリだよ』
 耳をくすぐる甘い声。
「カーテン開けてよ」
 今日は、自分でもやけに素直に台詞が出てくるな、なんて思いながら窓の向こうを見つめる。いつもは揺れることすらないカーテンが、ゆっくりと開かれる。
『ねぇ、ヨクちゃんは知ってる?』
 向こうの窓に、ケータイを持った由香ちゃんの姿。ボクの方をじっと見て、質問をしてくる。
「何を?」
『時々、こうしてカーテン開けてること……。気付いてなかったでしょ?』
「え? ホント?」
 由香ちゃんの言葉に、ボクは心底驚いた。
『ホントだよ』
 何だ。ボクらって、タイミング悪すぎ。肩で笑ったボクの表情を捉えて、由香ちゃんがちょっと唇を尖らせたのが分かった。
『何? 信じてないの?』
「そうじゃなくて、ボクも見てるよ。なのに時間が重ならないなってさ」
『え?』
 由香ちゃんが戸惑いの表情を見せるから、ボクは肩をすくめておどけて見せた。笑顔に変わる。もう由香ちゃんの中に不安は残ってないよね?  楽しみにしててね。週末のボクらの時間を。

『それじゃ、明日ね。おやすみ』
 明日の待ち合わせ時間を確認して、電話を切る。しばらくカーテンを閉めることが出来ずに見つめるボクに、由香ちゃんは手を振って、カーテンをゆっくり閉めた。

 その後、ボクはもう一度、圭に電話を入れて、アリバイ工作を再度頼んだ。圭は、いつもと変わりのない口調で『楽しんでこいよ』と、エールを送ってくれた。 放課後の件も一応聞いてみたけれど、思い出そうとすると頭痛がするから無理はしないと言っていた。ボクは、それがどんなに重要なことなのか考えることもせずに 、気持ちは明日に向かって走り出していた。




 誕生日プレゼントをとにかく何度も確認して、それからボクは鏡の前。ファッションセンスは、あまり発達してないかもしれないけれど、寒さ対策と自分に似合っているかを じっくり観察して、髪を整え、眉毛にも気を遣う。歯磨きを念入りにしてしまうところなんか、下心みえみえなんだけど、これは結構大事。口臭対策でもあるわけだし、なんて 自分自身に言い訳しながら、準備を整える。そんな時に、電話のベル。
「あれ?」
 誰も電話に出ないので、洗面所から居間に移動する。見回すものの誰もいないので、電話に出る。何度目のコールだったのだろうか?
「はい。立川です」
 ボクの言葉の後、受話器の向こうで、微かに声がしたようにも思えたが、聞き取れない。
「もしもし? どちら様ですか?」
 一応、丁寧な応対をするものの、何の反応もない。いたずら電話か? 受話器を置こうとしたボクの耳に、微かな声が届いた。
『……翼?』
「もしもし?」
『ごめん……』
 消え入りそうな声を確認する。謝る言葉の主は。
「圭? どうした? 何かあった?」
 間違いなく、圭の声だったけれど、いつもの明るい声とは対照的な小さな声。ボクは、瞬間的に非常事態を察知する。
『……約束……守れそうにな……い。……守れなくてごめ……』
 声が途切れる。何度も呼んでみたけれど応答がなく、頭の中で危険信号が大きな音を出し始めた。受話器を投げつけるように置いて、ボクはそのまま上着も持たずに 外へ飛び出した。
 玄関先で、ちょっと出かけていた様子だった母に会い「圭のところ行ってくる」という言葉を投げた。母にしてみれば、分かっていることなのに何を今更と 首をかしげていたようだ。
 自転車を飛ばす。吹きつける北風も気にならないほど、ボクは全力を出して自転車をこぐ。ただならない様子の圭の電話に、ボクの思考回路は、由香ちゃんとの約束を どこかに置き忘れていた。
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