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ボクらの恋愛事情:最終章
「立川くん、おはよう!」
 三学期に入ってからずっと続いてきた挨拶が、今日も同じように繰り返される。だけどその言葉を、ボクは無視する。今までもすぐに返事をしたことはないので、 佐伯さんは別に驚くでもなく、戸惑うでもなく、もう一度声を掛けてくる。
「立川くん? おはよ」
 今度は少し遠慮がちなトーンだったけれど、声と行動は別物で、ボクの顔を下から覗き込むようにやってきた。 佐伯さんの視線を遮断して、階段へと急ぐ。後から追いかけてくるような足音に、 随分、図々しくなったもんだ……と毒を吐く。ボクの感情は、先週までとは様変わりしていた。
「佐伯さん」
 あれ? ボクはチラッと振り返る。佐伯さんを呼び止めた声が、圭のものだったから。圭はボクの顔を見てから、手で先へ行くようにと勧める。 ボクは圭の気持ちに甘えることにして、その場を去った。佐伯さんが、どんな態度に出るのかは分からないけれど、もう関わりたくない。
 教室についたボクは、いつもと同じように席に着く。
「翼」
「え?」
 不意に声をかけられて、ボクは戸惑う。元友人の一人。離れてよかったとか、寂しいとか、どちらの感情もそれほど強くは抱かない関係。
「あのさ、圭だけど」
「うん? 何?」
 普通に会話が出来るのは、圭の話題だからかもしれない。
「最近、元気ないから。翼、ちゃんと見てる?」
 トゲを持った言葉なら、ボクは単純に無視を決め込んだかもしれないけれど、そいつの言葉は本当に心配をしているようだったから、考え込んだ。
「分かった。うん。話してみるよ。ありがと」
「……翼のことも……。別に俺たち、嫌ってるわけじゃないから」
「え?」
 続いて出てきた意外な言葉に、ボクは顔をあげる。
「ひがんでただけだし」
 バツが悪そうに言葉を濁して、そいつはボクの席から離れた。そんな言葉、聞けるとは思わなかった。すぐに、合流できるほど、お調子者じゃないけれど。 それでもやっぱり、心底嫌われているわけじゃないことにどこかホッとしていたりして。どうでもいいと思いながら、内心ビクビクしてたのかもしれない。
 それから、圭のこと。結局、ボクは頼ってるばかりだった。兄貴みたいな存在だからって、それだけじゃいけないよな。 教室の入り口に、圭の姿が見えた。ボクを見て、手招き。廊下に出ると圭は、さっきの結果を教えてくれた。
「とりあえず、メールの件を翼が知ったことは話しておいたけど」
「サンキュ。頼ってばかりで悪いな」
「いや、それはいいんだけど。佐伯さん、まだ諦めそうにないみたい」
「え? そっか……。うん。後は向こうが何か言ってきたら考えるよ」
「そうだな」
「それはそうと、圭。何か悩み事でもある?」
 担任が来るまでの朝の短い時間で、聞きだせる程度の悩みではないと、気付くべきだったかもしれない。
「え? あぁ……。悩みっていうか……あ」
 圭が担任の姿を視界に確認して、言葉を切る。
「たいしたことじゃないから」
 軽く右手を振った圭は、心配ないという表情を作る。それを鵜呑みにして、教室へ入る。学校でのいつもの始まりとなんら変わりのない風景。
 そんな何気ない日常を揺るがす事件が、この後に待っていることも知らずに、 ボクは席に着いた。授業中にふと考えるのは、週末の由香ちゃんとの約束のことで、佐伯さんのこともかなり気楽に構えていた。




 由香ちゃんに贈る誕生日プレゼントを何にしようか、散々迷った挙句、コンビニでコソコソと立ち読みをする。人気のあるプレゼント情報でも載っていれば、と思ったものの、 どの雑誌もバレンタイン特集が主な記事で、ボクが探している情報に辿りつけない。ぼんやりと頭に浮かぶイメージは、やはりプレゼントの王道のアクセサリーの類。 ただ、リングを選ぶにはサイズが必要だし、驚かせたいから、それを聞くのは躊躇われた。
「あ……」
 思わず声に出て、辺りをキョロキョロと見回す。特に、誰かに白い眼で見られている気配もなく、安堵して雑誌に視線を戻す。ボクの目に留まったのは、 ベビーリングという文字と写真。これならサイズも関係ない。ボクは頭にその情報を詰め込んで、 コンビニを出た。
 家に帰るとすぐに、電話で問い合わせてみた。電話注文も可能だったのでそのまま注文をする。二・三日掛かるらしいので、急がないと間に合わないし。誕生石のアメジストを あしらった物。それを受け取った時の由香ちゃんの反応を想像するだけで、ボクはかなり浮かれ気分になった。 そして、いつものようにバイト帰りの由香ちゃんの姿を見守った。
 ボクの中では、何もかもが順調に運んでいるように見えていた。もっと、色んな角度から物事を見ることを、考えてみるべきだったのに……。
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