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ボクらの恋愛事情:最終章
 例えばこの時、言葉だけじゃなく態度で示すことが出来ていたなら、もっと由香ちゃんを安心させてあげられたのかもしれない。
「ごめんね」
「由香ちゃんは何も悪くないよ」
 そう言って、肩でも抱き寄せてあげられれば、気持ちが、もっとずっと楽になっていたかもしれない。だけどボクは、こんな時でさえ、理性で押さえる。 いや……こんな時だからこそ。走り出すと止まらなくなりそうな自分が怖かったし、何より勢いだけで傷つけたくなかった。
「来週末なんだけどね」
 さっきまでの重苦しい空気を引き裂くように、由香ちゃんが口を開いた。
「うん」
 カレンダーに目を移す。来週末はバレンタインデーと、由香ちゃんの誕生日が続く。
「ヨクちゃんの時間を、全部くれる?」
「え?」
 そう言って、由香ちゃんが話し始めた計画は、大型テーマパークで過ごすこと。隣接するホテルに宿泊すること。今度こそ本当に、二人きりの旅行。
「もしかして……由香ちゃん、バイトってそのため?」
 うなずく代わりに、はにかむ顔がボクの目に飛び込む。そしてごめんの応酬。ボクは由香ちゃんに何を与えられるの? お年玉でプレゼントを買うくらいしか出来なくて、 すごく……すごくもどかしいよ。
「大丈夫? 他に予定があるなら」
「あるわけないよ。その日は、由香ちゃんが最優先だって。その日だけじゃない。ボクにとっては、由香ちゃんが……」
 言葉で伝える愛も不十分で、幼稚園児以下だと思ってしまうけれど、今の精一杯が伝わればいいよな。
「ありがと」
 由香ちゃんの笑顔が、ボクの心を解きほぐす。 話し合うことって大事なんだって、改めて感じた。
 薄暗くなる前に由香ちゃんを送り出す。名残惜しいけれど。来週末を楽しみに。プレゼント何にしようかな?  ボクはすでに、佐伯さんの存在を忘れていた。撒いた疑惑の種が、由香ちゃんの中に、まだ残っていることも知らずに……。




『うん、いいよ。分かった』
 電話からは、圭のいつもの調子の声。何も聞かないけれど、今度はあの時とは違う。話したくて、圭にだけは話しておきたくてうずうずしていたりして。
「彼女の誕生日なんだけど……プレゼント何がいいかなぁ?」
『何がいいかなんて、俺に聞くなよ。分かるわけないジャン』
 圭が電話口で、笑いながら喋る。
『気持ちが伝われば、いいんじゃないの?』
「うん」
 分かってるけどな。ちょっと聞いてみたかった。
『楽しめるといいな……』
「うん。あ! そうだ。それから……圭?」
 佐伯さんのことを話そうとして、圭の息遣いに気付く。少し乱れたような気がして、問い掛ける。
『……あ……ごめん。救急車?』
「え? あぁ、隣な」
 何のことか一瞬分からなかったけれど、ボクの耳にも救急車の音は確かに聞こえていた。ボクの方が近い。隣の、由香ちゃんちの病院に入る救急車の音。 それほど回数が多いわけではないけれど、珍しいことでもないので、ボクの耳はいつしか慣れていたのかもしれない。隣からまたもっと大きな病院に搬送されること の方が多いけれど。
『そっか……。翼は慣れてるか』
「え? あぁ、救急車の音?」
『うん』
「そうだな、急に鳴ったときはビックリするけど、徐々に近付いてくるのは別に。それが、どうかした?」
『いや、前から苦手なんだけどな、あの音。最近、ちょっと……』
 苦笑するような圭の声。続く言葉を吐き出すのを躊躇っている?
「どうした?」
『ううん。それより、翼の話、何?』
「あぁ、実はさ」
 そして、ボクは佐伯さんが由香ちゃんに送っていたメールのことを、簡潔に話して圭に同意を求める。求めなくても、同じように感じてくれたようで、佐伯さんのことは、もう 関わらないようにするしかないと、心に決めた。
 ボクは、この時、どうして感じ取れなかったのか? 圭の気持ち。自分のことばかり話して、甘えてた。もっともっと、向き合っていればよかったのに……。結局、独りよがりを 繰り返してたのかもしれない。
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