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ボクらの恋愛事情:最終章
 ひとつ謎が解ける。佐伯さんがボクの誕生日を知っていた謎。手芸店で毛糸選びをしていた由香ちゃんに、声をかけたのは佐伯さんのほう。 その時には、由香ちゃんがボクの彼女だって噂も聞いていたはずだから、由香ちゃんが言うように、知ってて近付いたのかもしれない。
 同じ部活に所属していたので、顔と苗字くらいは知っていた。でも、一年生と三年生が一緒に活動したのは、数ヶ月のことでそれほど親しい仲では なかった。声をかけられたことに、由香ちゃん自身も驚いたようだった。
「片想いの相手にクリスマスプレゼントを渡したいんだって……。きっとそれ自体は嘘じゃなかったんだろうけど」
 由香ちゃんが言葉を濁す。片想いの相手、それがボク、なんだろうな。そんなこととは知らず、由香ちゃんは佐伯さんと、その場で意気投合して、 同じ毛糸を選んで、一緒に編むことにしたらしい。 編物はほとんど初心者の由香ちゃんが、手馴れた佐伯さんに教えてもらいながら編んだそうだ。ボクはふたつのマフラーを、無意識に見比べていた。 一緒に編んでいる二人の光景を思い浮かべると、本来、微笑ましいはずのシーンがボクには苦く映る。佐伯さんは一体、どういうつもりだったんだろう?
「薫ちゃんから、嬉しそうに電話があったのは、ヨクちゃんの誕生日の夜だったの……」
 プレゼントを受け取ってもらえたという報告。そこでふと気付く。クリスマス・イヴは、今日じゃないのに? ということに。
 ライバル宣言。
 由香ちゃんは耳を疑ったそうだ。そりゃそうだろうな。今まで可愛い後輩だと思っていた佐伯さんから、いきなりそんな告白を受けたら。 “受け取ってもらえなければ、何も言わずに諦めるつもりだった……”そんな言葉を聞くと、ボクは佐伯さんからのプレゼントを受け取ったことを、 今更ながら激しく後悔する。
 これが諸悪の根源。ううん。これがじゃなくて、ボクの行動が。傷つける。傷つけた。一番守りたい人を。
 だけど、それがどういう風に、こんなことにまで発展したのか?
「由香ちゃん……。本当にごめん。ボクのせいで……」
 再度謝って、確認をする。
「だけど……あの後、ちゃんと話したよ。マフラーは使えないってこと」
 あの日の佐伯さんを思い出す。同じ毛糸を選んだことをボクの前であんな風に喋った佐伯さんの真意って一体、何?
「それから……何も期待させるような態度はとってないし」
「本当に?」
 驚いた声をあげる由香ちゃんに、ボクは少しふてくされた。そんなに信用ないの?
「信じてくれないの?」
 心の真ん中に刺さるのは何? ひどく鈍い痛みがボクの胸をゆっくりと襲い続ける。
「だって、薫ちゃんが……」
「何か言ってた?」
「メールだけど」
 由香ちゃんが、ボクに向かって自分のケータイを差し出す。
「これ、どうやって」
 メールの見方が分からないボクは、由香ちゃんが画面に出してくる言葉を待った。開いて見せてくれた受信メールの日付は、十二月二十三日。 時刻は、夜の十時過ぎ。ライバル宣言の電話の、ほんの少し後らしいそのメール。
 どうして佐伯さんがこんなメールを由香ちゃんに送ったのか、ボクには理解できない。何を考えてこんな行動に出たのか? ボクは、全身の血が 逆流するような危ない感覚に陥る。だけど、由香ちゃんはこれを信じたの? ボクの言葉より佐伯さんのこんな言葉を……。
「これ、信じてるの?」
 佐伯さんから送られたメール。“二番目でもいいから付き合ってと言ったらOKしてもらえた”だなんて……どうしてそうなる? 言われた覚えもうなずいた事実もない。
「そんなはずないって、送り返したよ……もちろん」
 なのにどうして? 続くメール、佐伯さんの創造を駆使した心理戦とも言うべき、数々の足跡。何日もかけて、追い詰めていく言葉の威力。 ボクは、怒りを越えて切なさとやりきれなさが沸いている自分の心を、 落ち着けるように深呼吸して、由香ちゃんにケータイを返した。
 タイミングってあるんだろうな? 会えない時間が増えていくと同時に、その間のボクの行動は、由香ちゃんの不安材料になる。
 正月の初詣。 三学期が始まってからの学校での全ての時間。由香ちゃんに会えない放課後。もう一人のボクは、佐伯さんとの密会を重ねる。虚構が現実味を帯びる。
「クリスマスの海で、ヨクちゃんが言ってくれたこと、信じよう、信じようって、思ってるのに……」
「……由香ちゃん」
 切ないね。ボクらの関係って、まだその程度の形しかなくて。幼なじみでいた頃の方が、もっとお互い分かっていたような気になったりしてさ。
「信じてて、本当に。こんなの全部デタラメだから。ボクには由香ちゃんだけだから……」
 精一杯の気持ちを押し出す。佐伯さんの真意なんてどうだっていい。聞きたくもない。ただ由香ちゃんを守りたいだけ。
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