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ボクらの恋愛事情:最終章
〜タイミング〜
 ボクが由香ちゃんのことを、初めて異性として意識したのは、小学五年生の秋だった。
 中学生になった由香ちゃんのセーラー服姿が、最初はまだ違和感があったのに、 秋口になると妙に大人びて見えてドキドキした。だけど、意識し始めたとはいっても、四六時中考えているわけでもなかったし、話をすることにもそれほど 緊張はしなかった。ませていたかどうかの判断は、客観的には出来ないけれど、口には出さなくてもその年頃になれば、密かに女子に恋心を抱いているヤツも いたかもしれない。
 周りのヤツらが、おおっぴらに異性の話をはじめたのは、やはり自分達が中学生になってからだったと思う。 それでもボクは、例のように繰り返される女子のランク付けや、性への興味本位の話題には、一切、乗らなかった。 その頃には、すでにボクの心は由香ちゃんでいっぱいで、誰かが入ってくる隙もなかった。
 雪の舞い散る道を自転車で飛ばしながら、ボクは自分の気持ちを整理していた。そうさ、いつだって、ボクの心は由香ちゃんが占めていた。 それなのにどうして?
 風の冷たさに、マフラーに触れた瞬間、佐伯さんの顔がよぎった。これがボクの心の隙間だとしたら? “かおるちゃん”ってひょっとして?
 自転車でほんの数分で着く距離。ボクは、家につくなり自転車から飛び降りるようにして、由香ちゃんちの玄関へ回る。 病院の入り口とは反対側になる。由香ちゃんの自転車を確認。どうする? 家には由香ちゃんのお母さんがいる。ケータイはつながらない。
 瞬間的な判断というか、ボクは由香ちゃんちの玄関先にある、四角いスペースの中に敷き詰められた砂利を手にとった。
 自分の家に戻り、二階に駆け上がる。 息つく暇もなく、窓を開けて一粒、隣の窓に向かって投げてみた。カツッ、と小さな音がして、小石は下に落ちる。繰り返す。気付いて! 気付いたら窓を開けて!
 ケータイの電源を切るくらいボクの声も聞きたくないのなら、 数回の音では、きっと気付いても開けてくれないと察しがつく。だから……ボクは、繰り返す。心が泣き出していた。切なくて張り裂けそうで。
 カーテンが揺れた。ボクは、小石を投げる手を止めた。 窓を開けた由香ちゃんの目は、赤くなっていて、ボクがここへ来るまでの時間、どれだけの涙を流していたのかと思うと、また辛い。
「いつまで続けるつもりだったの?」
 由香ちゃんが尋ねてくる。心が読み取れないのがもどかしい。
「由香ちゃんが窓を開けてくれるまで」
 ボクは拗ねた子どものように、少し口を尖らせて答えた。そして続ける。
「“かおるちゃん”って誰?」
 ボクの問い掛けに、由香ちゃんは口を大きくぽかんと開けて、眉間にしわを寄せる。ボクに何をとぼけているの? とでも言いたいように。
 窓越しに降り続く雪を見た。外の空気はピンと張り詰めたように冷たい。部屋の中も同じように冷気でいっぱいになる。 温度の低さだけじゃなく、気持ちまで震えるような冷気。
 由香ちゃんは、頭で色々考えているようにも見えたし、返答に戸惑っているようにも見えた。 続く言葉は?
「マフラー、受け取ったでしょ? それから……」
 やっぱり佐伯さんのことだ……。だけど、それをどうして? それから何?
「ちょっと待って! 由香ちゃん、こっち来て、話聞かせてよ」
 ボクのイラ立ちが、ピークに達した。よく分からない話の続きをこのまま窓越しにしていても、伝わりにくさが増すだけでどうしようもない。
 由香ちゃんは、一瞬戸惑ったけれど、うなずいて、 自分の部屋の窓を閉めた。そしてボクは、由香ちゃんを迎えるため、部屋を出た。




 ファンヒーターが効いてやっと少し暖かくなってきた部屋で、受け取ったことがばれていたマフラーを押入れの奥から出してきた。 貰ってから一度しか読まなかったカードを出して、初めて名前を確認する。メッセージカードの裏に、小さく書いてあった。☆佐伯 薫☆と。 気付いてなかった。当然、記憶にも残っていなかった。
 佐伯さんと仲のいい女子生徒達が、彼女のことをなんて呼んでいたのか、よくよく考えてみると“るーちゃん”だった。さすがにそのニックネームで ファーストネームを当てろというのは、無理な話だ。異性として意識していたら、どうしてそう呼ぶのか? と考えるかもしれないけれど。
 ボクの中に、佐伯さんの影が少しはあったとしても、笑顔が印象に残っているだけ。ただ、それだけ。
 由香ちゃんに対して、そのマフラーを受け取った事実を謝る。だけど、それと今回のことと、どうつながっていくのか、まだ読めない。
「一緒に編んでたの」
 由香ちゃんの口から、意外な事実が出てきてボクは戸惑った。
「え? どういうこと? 由香ちゃんって佐伯さんと知り合い? っていうか、仲いいの?」
 頭の中はパニック状態だった。由香ちゃんと佐伯さんが一緒にマフラー編んでたって? どうして?
「あれ? ヨクちゃん、気付いてなかったの? 薫ちゃん、バスケ部の後輩」
「あ……」
 そう言えば、ボクが佐伯さんを直接知ったのは、バスケットボールが当たって……。
「でも、仲良かったっけ?」
 仲良くしていれば、ボクだって気付くはず。
「仲がいいっていうか、多分、薫ちゃんは知ってて近付いたんだと思う」
 またしても話が読めない。佐伯さんが何をしようとしているのか? それとも何かしているの? ボクらの今の状態は佐伯さんのせい?
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