〜すれ違い〜 由香ちゃんの問いかけが、胸に刺さった。本気なわけない。だけど。 「バイト続けてること、怒ってる?」 ボクの心を探るように、由香ちゃんが尋ねる。 「ううん」 「それじゃ、どうしてそんなこと」 「言葉通りだよ。眠そうだから」 無理をさせることは、本意じゃない。抑揚を押さえて、気持ちを押さえて、ボクは由香ちゃんの反応を待つ。 顔を強張らせた由香ちゃんは、押し殺した声で、 呟くように切り出した。 「ヨクちゃんは、会えなくても平気なんだね」 ひときわ冷たい風が、ボクらの間を通り抜けた。心まで凍らせる。 「そんなこと、言ってないだろ?」 「言ってるのも同じだよ。分かった」 「分かったって? 何が?」 由香ちゃんは、ボクの質問に答えようともせずに、駐輪場から自分の自転車を出してきた。 「由香ちゃん……」 自分から言い出したことなのに、本当に帰る用意をし始めた由香ちゃんを見ると、身を裂かれるように痛い。 足を止めて、 ハンドルを握ったまま、うつむいた由香ちゃんの口から、ボクには決して想像できない言葉がこぼれた。 「疲れちゃったのは、ヨクちゃんも同じだよね? 気付かないでごめんね。 由香ちゃんはそう言うと、ボクの顔も見ずに自転車を発進させた。 涙をこらえた様子で、押し出した最後の言葉は、ボクの耳の奥で 何度もリピートしているのに、何のことかさっぱり分からない。え? 一体、何だったの? “かおるちゃん”って誰? 取り残された図書館の駐輪場で、 ボクはしばらく立ち尽くしたまま、動けずにいた。あまりの寒さに気付き、右手に握り締めたままだったマフラーを、首にかける。 「由香ちゃん……」 名前を呟く。何がボクらを追い詰めてるの? 気持ちがすれ違う。目の前に白い粉。雪か……。どうりで寒いはず。首をすくめる。空から舞い降りる雪は、 辺りの静けさを強調していた。ボクがいつ疲れたって言った? 由香ちゃんは、ボクの何に気付けなかったというのだろう。そして、 “かおるちゃん”のナゾ。ボクは、ハッとしたように動き出した。聞かなくちゃ。分かるわけない。こんなところでのんきに突っ立っている場合じゃない。 ボクは、図書館内にある公衆電話の前で受話器を持ったまま、立ちすくんでいた。 由香ちゃんの携帯電話の番号は、ボクの頭に完璧にインプットされていたから、メモを見なくてもかけることは出来た。 多分、“公衆電話”という表示が出ると、ボクからだと察しがついたはず。それなのに。 少しの呼び出し音の後、切れた。意図的な意味合いを持った、つながらない電話。 これが俗に言う“距離を置く”ということだとしたら、ボクらは、このまま、すれ違ったまま自然消滅になるのだろうか? ナゾが解けないまま。 半ば諦めて、受話器を置いた。図書館の入り口の自動ドアが開く。タイミングがいいというべきか、慎が入ってきた。 慎は、ボクの方をチラッと見たけれど、声をかけてくることもなく、そのまま館内へと歩いていこうとする。 「慎!」 呼び止めたボクの声が、少し響いた。慌てて口を押さえたボクに、慎が近付く。 「何? こんなところで、大声出すなよ」 「ごめん」 呆れて物が言えないという表情で、慎が眼鏡を軽く押し上げる。図書館の入り口の隅。体を潜めているつもりでも、 入ってくる人から見れば、十分注目の的になる場所。 「何か用? 手短に頼める?」 「あぁ、うん。由香ちゃんに会わなかった?」 ボクの言葉に、またしても慎が呆れた顔をする。 「家に帰ってたけど?」 特に関心のないように答えた慎に礼を言うと、ボクは急いで図書館を後にした。 |