小説のTOPへ 前ページへ

ボクらの恋愛事情:第二章
〜すれ違い〜
 由香ちゃんの問いかけが、胸に刺さった。本気なわけない。だけど。
「バイト続けてること、怒ってる?」
 ボクの心を探るように、由香ちゃんが尋ねる。
「ううん」
「それじゃ、どうしてそんなこと」
「言葉通りだよ。眠そうだから」
 無理をさせることは、本意じゃない。抑揚を押さえて、気持ちを押さえて、ボクは由香ちゃんの反応を待つ。 顔を強張らせた由香ちゃんは、押し殺した声で、 呟くように切り出した。
「ヨクちゃんは、会えなくても平気なんだね」
 ひときわ冷たい風が、ボクらの間を通り抜けた。心まで凍らせる。
「そんなこと、言ってないだろ?」
「言ってるのも同じだよ。分かった」
「分かったって? 何が?」
 由香ちゃんは、ボクの質問に答えようともせずに、駐輪場から自分の自転車を出してきた。
「由香ちゃん……」
 自分から言い出したことなのに、本当に帰る用意をし始めた由香ちゃんを見ると、身を裂かれるように痛い。 足を止めて、 ハンドルを握ったまま、うつむいた由香ちゃんの口から、ボクには決して想像できない言葉がこぼれた。
「疲れちゃったのは、ヨクちゃんも同じだよね? 気付かないでごめんね。かおるちゃんと仲良くね……」
 由香ちゃんはそう言うと、ボクの顔も見ずに自転車を発進させた。
 涙をこらえた様子で、押し出した最後の言葉は、ボクの耳の奥で 何度もリピートしているのに、何のことかさっぱり分からない。え? 一体、何だったの? “かおるちゃん”って誰? 取り残された図書館の駐輪場で、 ボクはしばらく立ち尽くしたまま、動けずにいた。あまりの寒さに気付き、右手に握り締めたままだったマフラーを、首にかける。
「由香ちゃん……」
 名前を呟く。何がボクらを追い詰めてるの? 気持ちがすれ違う。目の前に白い粉。雪か……。どうりで寒いはず。首をすくめる。空から舞い降りる雪は、 辺りの静けさを強調していた。ボクがいつ疲れたって言った? 由香ちゃんは、ボクの何に気付けなかったというのだろう。そして、 “かおるちゃん”のナゾ。ボクは、ハッとしたように動き出した。聞かなくちゃ。分かるわけない。こんなところでのんきに突っ立っている場合じゃない。




 ボクは、図書館内にある公衆電話の前で受話器を持ったまま、立ちすくんでいた。
 由香ちゃんの携帯電話の番号は、ボクの頭に完璧にインプットされていたから、メモを見なくてもかけることは出来た。 多分、“公衆電話”という表示が出ると、ボクからだと察しがついたはず。それなのに。
 少しの呼び出し音の後、切れた。意図的な意味合いを持った、つながらない電話。 これが俗に言う“距離を置く”ということだとしたら、ボクらは、このまま、すれ違ったまま自然消滅になるのだろうか?  ナゾが解けないまま。
 半ば諦めて、受話器を置いた。図書館の入り口の自動ドアが開く。タイミングがいいというべきか、慎が入ってきた。 慎は、ボクの方をチラッと見たけれど、声をかけてくることもなく、そのまま館内へと歩いていこうとする。
「慎!」
 呼び止めたボクの声が、少し響いた。慌てて口を押さえたボクに、慎が近付く。
「何? こんなところで、大声出すなよ」
「ごめん」
 呆れて物が言えないという表情で、慎が眼鏡を軽く押し上げる。図書館の入り口の隅。体を潜めているつもりでも、 入ってくる人から見れば、十分注目の的になる場所。
「何か用? 手短に頼める?」
「あぁ、うん。由香ちゃんに会わなかった?」
 ボクの言葉に、またしても慎が呆れた顔をする。
「家に帰ってたけど?」
 特に関心のないように答えた慎に礼を言うと、ボクは急いで図書館を後にした。
-20-


NEXT 最終章へ♪