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ボクらの恋愛事情:第二章
 理解不能な佐伯さんの言葉に、体が固まっていた。そんなボクを見て、佐伯さんが続ける。
「彼女が選んだ毛糸と同じなんて、ちょっと近付いたみたいで……。あっ」
 ハッとした様に、言葉を切った。“友達として”と、頼んだ自分が言うべき台詞じゃないと気付いたんだろうか? 佐伯さんは、明らかにボクの反応を待っていた。 気持ちは分かるけれど、ボクがここで何か優しい言葉かけるのって、やっぱり違うんじゃないか?
 登校してくる生徒の姿も増えていたけれど、 このままってわけにもいかない気がして、ボクは思いを伝える。
「受け取っておいて悪いけど、佐伯さんにもらったのは、使えないから」
 あえて、最後に「ごめん」という台詞を飛ばした。冷たいな、我ながらそう思う。だけど出来れば、きっぱり諦めて欲しい。 佐伯さんは、ボクの言葉を聞くと軽く下唇を噛んで、何も言わずに階段を上がっていった。ボクは、後姿を見て溜め息をつく。
「あ〜ぁ、可哀想に」
 後から、声が降ってきて肩がびくついた。同じクラスの友人。いや、元友人と言うべきか。最近陰口くらいでしか、話題にされていないボクだしな。自虐的なことを 考えながら、声の主をチラッと見た。そいつは、ボクの視線を無視して、何もなかったように通り過ぎていく。同じ教室に向かうのが、少し憂鬱だった。
「何、突っ立ってんの?」
 肩を叩かれ、我に返る。
「あぁ、圭」
「あ、それ? 彼女の手編み。いいなぁ、あったかそうで」
「うん。佐伯さんにも見つかったけど」
 その言葉に圭は、うんうんと頷く。 ボクは、圭と一緒に歩き出した。階段を上りながら、いきさつを話す。
「そっか。しょうがないよ、翼の選択は間違ってない」
 他の誰でもない、圭にそう言ってもらえただけで、ボクは安心できる。由香ちゃんを大事に想う気持ちに、嘘はない。 これでいい。これで……。
 頭の中で、自分自身にそう言い聞かせているのに、佐伯さんのこともやっぱり少し気になっていたりして、混乱する。 そしてどこか冷静に、佐伯さんのマフラーも手編みだったんだな、と考えていたりして、ちくりと胸が痛む。どんな想いで編んでいたんだろう。 ボクが使う姿を想像したりしたのだろうか……。
 優しさと誠実さって、相反する言葉だったんだ。初めて気付いた。




「結局、続けることに決めたんだ?」
「うん。会える時間が減るけれど、大丈夫?」
 由香ちゃんの“大丈夫?” の意味が、理解できない。冬休みが明けてからも、バイトを続けることにした由香ちゃん。ボクらの接点が、薄れていく気がして憂鬱になる。
「大丈夫って? 何?」
 浮気の心配とかしてるの? 言葉にならない思い。
「ううん。なんでもない」
 寂しいよ。大丈夫じゃないよ。もっともっと、傍にいたいし、話もしていたい。だけど、それを望んでるのは、ボクだけに思えた。 子どもみたいにわがまま言って、困らせることも、足かせになることも、ボクには出来やしない。
「寒いね」
 その言葉が、最近の合言葉みたいに、帰る時刻を知らせていた。もっと寄り添って、温めてあげられるといいのに。ボクの手はいつも、由香ちゃんの背中まであと数ミリ、のところで 止まっている。風が吹くと、首をうずめる。由香ちゃんの気持ちが、いっぱいつまっているはずのマフラーに。
 何かを与えることの出来ないボクは、だんだん、思考がマイナスに向かって、 色んなことがうまく回っていかない。気持ちだけは、ずっと由香ちゃんを想っているのに、どうにもならない。そんなことばかり考えていたから、結局、見失っていたんだ。 由香ちゃんの奥底にある気持ちを。


 学校では、何気ない日常の中で、ほんの少しだけ変化があるのは、佐伯さんの表情だけ。意外にも次の日も、その次の日も、ずっと毎日、佐伯さんは、きっちりボクに、指名付の挨拶をする。 ニッコリ微笑む時もあれば、戸惑っている時もあったり、ボクの顔色を伺っているのかもしれないけれど、懲りずに挨拶をする。ただ、それだけのことで、他の時間に声をかけられることも ないし、偶然、二人きりになるシチュエーションもない。だけど、いつの間にか、挨拶されることを待っている自分がいた。佐伯さんが、どういうつもりなのか分からなくても、 確実にその存在は、ボクの中に刻み込まれていった。

 学校から帰ってくると、ボクは少し時間を持て余す。夕食を家族と一緒にとるとすぐに、部屋に入り、外を見ている。由香ちゃんの バイトが終わるのは、八時過ぎで、ボクの生活はまたストーカーまがいの毎日に逆戻り。時々、窓の明かりを確認して、窓を開けてくれないかな? って考えたりするけれど、真冬の今、 そういう考えに至らないのか、カーテンが揺れることすらない。自分の気持ちに押しつぶされそうになりながら、会える日を指折り数える。
 週末のわずかな時間だけが、ボクに与えられた由香ちゃんとの時間。寒さをしのぐために、図書館に行ったりしても、二人の距離は遠くなるだけで、虚しささえ感じて始めていた。 欲張りになるんだ。思いが通じるとね。片想いなら、見ているだけで満足できたのに。 由香ちゃんの手、肩、髪……触れたい思いが、溢れ出して、止まらなくなる。
 暖房の効いた穏やかな時間が流れる図書館で、読むわけでもない本を手にとり、椅子に座る。細長い机をはさんで、向かい合って座った由香ちゃんが、一瞬、あくびをかみ殺す。 胸がズキンと痛んで、思いもかけない言葉を自分で、発していた。
「由香ちゃん、無理しないでいいよ」
 小声で話しても、静かな図書館に、生きた言葉は不釣合いで、先に席を立ち、本を戻して、そこを出た。由香ちゃんの反応を確かめる余裕が、ボクの中でいつしか欠けていた。
「ヨクちゃん、待って」
 図書館を出ると、由香ちゃんが、小走りで追いかけてくる。
「さっきのどういう意味?」
「ん? 疲れてるみたいだから。無理にボクと会う時間、作らなくてもいいよって」
 心とは裏腹な言葉が出る。出した言葉は戻らないって、分かってないのか? 自問自答する間もなく。
「それ、本気で言ってる?」
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