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ボクらの恋愛事情:第二章
〜深層心理〜
 微妙に伝わる息遣いを感じ取りながら、ボクは由香ちゃんへの誠意を言葉にする。
「うん。由香ちゃんのこと、裏切ったりなんかしないから」
 お互いの手に、同時に力がこもる。時折、海からの風に煽られて身震いをしながらもボクらは、どれだけの時間、そうしていただろう。由香ちゃんが本当に泣いているのか どうか、確認することもなく、 今ある気持ちを、抱き締めるように、流れていくその時間。ボクは由香ちゃんの気持ちの奥底を、ちゃんと読み取れていたのだろうか?  ボクの気持ちは、永遠にさえ思えたけれど。由香ちゃんの中の不安は、ボクの知らないうちに肥大して、脆い心の壁は、ずっとボクの助けを待っていた。
「やっぱり寒いね……。ごめんね」
 ボクに預けていた体を、由香ちゃんがゆっくりと反らした。
「どうして由香ちゃんが謝るの?」
 その目に、うっすらと涙の跡を確認すると、ボクの胸は、キリキリと悲鳴をあげそうに締め付けられた。
「海が見たいなんて、わがままだから」
「なわけないジャン。どこがわがまま? ブランド物や、ホテルのディナーなら困っちゃうけど」
 その後は笑ってごまかした。言葉を続けようとすると、どうしても「ごめん」の繰り返し。もっと大人なら、ボクはどんなクリスマスを用意してあげられるだろう。 そんなことばかりが、浮かんでは消えていくようで。
「ヨクちゃん……」
「ん?」
 由香ちゃんは、風になびく自分の髪を押さえながら、言葉を切った。
「ううん。なんでもない」
 ボクは、由香ちゃんがその時求めていたものを、その場ですぐに与えられずに、言葉の続きも聞き出すことは出来なかった。何を伝えたかったの? 何を求めているの?  ちゃんと言葉で聞き返せばいいのに。変なプライドが邪魔をする。
 冷え切った体を持て余して、由香ちゃんが、どこかで温かい物でも飲もうって、切り出した。ボクは、時計に一瞬だけ視線を動かして、頷いた。

 店内の暖房は、ほどよく効いていた。だけどボクは、入ってすぐにマフラーを外すことを、ためらった。由香ちゃんは、自分の首に巻いていたオフホワイトのマフラーを ゆっくりと外すと、案内された席に向かった。向かい合って腰を下ろして、メニューを開くのをぼんやりと見ていた。
「ヨクちゃん、外さないの?」
「え?」
「マフラー」
「あ、あぁ」
 促されてやっと、ボクはマフラーを外した。由香ちゃんが決めたカフェラテに同乗して、ボクも同じものを注文したけれど、子どもっぽさが強調される気もしていた。 お洒落な海沿いのカフェは、店内も落ち着いた印象で、丸いテーブルを囲む他のカップルの姿も大人の雰囲気。 ボクは、場違いな気がして少し落ち込んだ。
「海ってね」
「え?」
 由香ちゃんが不意に話し掛けた言葉に、我に返る。いつの間にか、笑みを取り戻していた。さっきまでの切なげな表情が消えていて、ボクは安堵する。我ながら単純。
「海って、感傷的になるね」
 そんな言葉に不釣合いなくらい、その微笑みが印象的で、ボクはさっきまで感じてた気持ちは、取り越し苦労だったのか? とさえ思った。
「そうだね」
 その笑顔に応えるように、ボクも笑った。程なく運ばれてきたカップを、両手でそっと包み込んだ由香ちゃんの顔は、とても幸せそう。心まで温めることが出来るそれに、 ちょっと嫉妬なんかしたりして。冷えた手を同じように、ボクもあてがってみた。
 それからの会話は、他愛のない物で、冬休みのバイトのことや年末年始の過ごし方を、 お互いに話したりして、ふたりきりで会える時間が、少ないことを改めて実感していた。ボクの中の不安と言えば、単純なことばかりで、逢えない時間も、由香ちゃんを想う気持ちは変わらない。 そういう確信は、常に持っていた。自分の気持ちを大事にすること。教えられなくても分かっていた。ずっとずっと大好きな由香ちゃんのことを、大切に思っていた。
 だから、 その気持ちが、ちゃんと伝わっていないなんて事は、夢にも思わなかった。ボクの知らないうちに静かに、だけど確実に、小さな種は、成長し続けていた。疑惑の種が……。




「おはよう!」
 上履きに履き替えたところで、声をかけられた。思い切り元気のいい挨拶に、ボクは焦る。 関わらないと決めているのに、佐伯さんは三学期初日から、ボクの決心をまるで知っていて揺るがすかのように、声をかけてきた。
 冬休み中の部活では、顔を合わせても、意外なほど反応がなかったのに。 この態度は、もしかしたら、迷いながらも久しぶりに会う由香ちゃんを想って、巻いてきたマフラーが、誤解を与えたのかもしれない。
「立川くん、おはよう!」
 挨拶を返さないボクに、今度は指名付の挨拶。
「あぁ……。うん」
 曖昧に返すと、それだけで佐伯さんは背を向けて歩き出す。
「あ、これは佐伯さんに貰ったのじゃなくて」
 何の反応もしてこないのに、ボクは誤解されたままだと、嫌だなと、とっさに思った。佐伯さんはボクの言葉に足を止めて、振り返り、歩み寄ってきた。 マフラーをじっと見つめて、それからニッコリと笑顔を返した。誤解、解けてないかな?
「彼女の手編みなんだね〜。ちょっと感激!」
 え? どうして? ボクは佐伯さんの言葉に驚いた。
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