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ボクらの恋愛事情:第二章
 圭との電話を終えてから、程なく部屋のドアが叩かれた。ボクが返事をすると、母がひょっこりと顔を出した。
「ちょっといい?」
 母の顔は、少し緊張しているようにも見えたし、心なしか嬉しそうにも見えた。
「何?」
「マフラー。どっちが由香ちゃんから?」
「!!」
 声にならない衝撃が、ボクの中を駆け抜けた。ボクはベッドの下に隠したふたつのマフラーを、無意識に背中で隠していたが、母の目はごまかせない。 というより、何で知ってるんだ? え? 知ってるの? 由香ちゃんとのこと。
「あれ? 何? 知らないと思ってた?」
「な……なんで?」
 母に質問をしてみたものの、どんどん迫ってくる母の視線はベッド下に釘付けで、無駄だと分かっているのに、体が勝手に隠す体制。
「ま、いいんだけど。自分の気持ちを大事にしなさいね」
 母の言葉は、マフラーを見せる気がないボクに諦めて、軽い溜め息とともにこぼれた。 母が部屋を出て行ってから、ボクはようやく生気を取り戻したように、大きく肩で息をした。
 圭と同じ事を言うんだな。
 自分の気持ちは、勿論決まっている。分かってる……。分かってる……分かってるよ。優しさが人を傷つけることも。ちゃんと分かってる。 自分で選択した道を、今更悔やんでも仕方がない。ベッドの下からふたつのマフラーを取り出して、佐伯さんから受け取った方を、もう一度押し入れの奥にしまいこんだ。
 これ以上、期待させることはしないよ。友達という関係を佐伯さんが望んでいても、ボクはそれさえも苦痛でしかないのだから。 自分を守りたいだけ? そう思われたっていい。由香ちゃんとの関係を守るためなら。




 翌日のクリスマスイヴ。ボクらの関係は、秘密にしているつもりでも、 結構バレていたことを、昨夜、思い知らされた。それでもやはりまだ堂々と、近所を一緒に歩いたりする気にはなれなかった。由香ちゃんの母親が気付いてるかどうかは、 分からないけれど、由香ちゃんもそれを望んではいなかった。
 連れて行ってと言っても、結局、車があるわけじゃなし、電車でそこへ向かう。早く大人になりたいと思ってしまう瞬間だった。
 海岸通りを走り始めた頃、ボクらは、やっとお互いの距離を縮めた。由香ちゃんが、ボクのマフラーに触れる。
「ありがとう」
 ちゃんと言われたとおり、巻いて出かけてきたことへのお礼なんだろうけれど、素直に聞けないのは、わだかまりがあるからなんだろうな。ボクの手に、 側にいる事を確認するように、ゆっくりと由香ちゃんが指を絡ませる。海に一番近い駅に着いた。
 駅に降り立ったボクの鼻は、潮の香りを捉える。ホワイトクリスマスにはほとんど縁のない、この辺り。それでも寒さは、身に沁みる。心に沁みる。冬の海。 お互いの体温を感じるほど、寄り添いながら、ボクらは海岸へと赴いた。
「さむ〜い!」
 由香ちゃんが、海から吹き付ける風に、身を震わせる。砂浜に踏み入れる足元は、夏場のそれとは全く違っていて、その感触さえも冷たく感じる。
「ごめんな」
 ボクは、思ったまま口にする。由香ちゃんは、「何が?」というように首をかしげた。
「プレゼントも用意できないし、どこかに遊びに行くことも出来ないじゃん」
「いいの。ヨクちゃんと一緒にいられるだけで」
 由香ちゃんはそう言って、少し拗ねたような瞳で、ボクを軽くにらむ。その表情に曇りがかかった。ん? やっぱり後悔してる?
「ヨクちゃん、学校でも……」
「え?」
 続く言葉を、躊躇する。砂浜に足を取られながらも、ボクらは当てもなく歩き続けていた。手をつなぎ、お互いを確認するように。
「何? どうした? 由香ちゃん?」
 不安になる。些細なことで。それは由香ちゃんも同じだったに違いない。
「学校でも、モテるよね?」
 ドキッ。ボクは、由香ちゃんの視線が、こっちに向いてなかったことに、安堵していた。一瞬のその表情を見られていたら、勘ぐられていたかもしれない。 心には、やましいことは何もないけれど。
「え? そんなことないよ。そういう由香ちゃんこそ」
 笑って話題をそらす。実際、由香ちゃんの方も気になるし。この瞬間まで、そんなこと考えている余裕もなかったけれど。
「私は、そういうのないよ。あったとしても……好きなのは、ヨクちゃんだけだから」
「ボクだって!」
 二人して、同時に足を止めた。
「続けて」
「ボクだって……好きなのは由香ちゃんだけだから」
 こういう言葉を出すのは、本心でもすごく照れくさい。だから、声が小さくなる。由香ちゃんの腕が、ボクを抱き止める。ボクが、背丈を気にしてるように、由香ちゃんも本当は すごく気にしているかもしれない。ボクは、由香ちゃんの背中に腕を回した。
「信じていいよね」
 由香ちゃんの声が耳元で、震える。ねぇ……泣いてるの?
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