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ボクらの恋愛事情:第二章
 帰宅時間が同じになることを避けるために、どこかで時間をつぶしたり、公園に少し残ったりすることがあるけれど、 今日はボクが由香ちゃんの後姿を、公園のベンチに座ったまま見送った。
 クリスマス・イヴ以降、由香ちゃんはバイトをするらしい。だから冬休みの間で、ゆっくり一緒にいられる時間は明日だけ。 お正月はやはり、家族と過ごすのが自然だし。お隣だといっても家同士は、それほど深い付き合いをしているわけでもなかったから。
 ボクは、浅く腰をかけたベンチに寄りかかるようにして、足を投げ出した。ひとりでバースデーソングなんか口ずさみながら、 両手は寒さから逃れるようにジャンパーのポケットに突っ込んで、顔は、さっき由香ちゃんから 貰ったプレゼントのマフラーにうずめていく。
 あったかいな。
 由香ちゃんの気持ちが伝わるように、マフラーの温度も上がってるような気がする。 ボクの心は多分、佐伯さんの件がなければ、今頃、どこか遠くに飛んでいただろう。身震いをして、隣に置かれた紙袋に視線を落とした。由香ちゃんは、あえて口にしなかったけれど、 カードがきちんとそこにはあった。ボクは体を起こして、 袋からカードを取り出した。開くとさっきまで口ずさんでいたメロディーが、風に乗って流れる。自然と頬が緩む。
 《せめてずっとこの期間が続けばいいのに》そんな言葉が目に入って、ボクは、由香ちゃんが、顔には出さないけれど胸に秘めている切なさを悟る。 ボクの誕生日、ふたりの距離が少しだけ縮まる日。またすぐに置いていかれちゃうけれど、二ヶ月くらいは 一歳差になれる。
 年の差を気にするのは、ボクだけじゃなく由香ちゃんも同じ。もしくはボク以上に。
 最後に小さく書かれた【大スキ】とハートマークが、今まで以上に愛しくて、ボクはマフラーを握り締めていた。

 家の玄関のドアをあけると甘い香りが漂ってくる。毎年恒例のケーキ作りは、今年も同じように母の手で行われたようで、ちょっと照れくさい。マフラーは、 首じゃなくて紙袋の中でひと休みをしている。ボクは、ダイニングにいた母に「ただいま」と声をかけて、すぐに二階に上がった。マフラーを机の下に置いてから、 階下へ降りていった。
 いつもと同じような誕生日の光景が、今年はとても大きなものに感じた。両親がいて、祖母もいる。こんな当たり前のことが、実はとても 幸せなんだと、最近やっと分かった。多分、これから先、そんなことを忘れて、目先の痛みや苦悩に振り回されることもあるかもしれない。だけど今の気持ちは、 きちんと覚えておこう。ボクが生まれたこの日が、どれだけ大切なのか。さすがに家族に問い掛けることは出来なかったけれど、ここにいられてよかった。
 食事の最後に出された、母の手作りのケーキも、しっかり胃の中に収めて、満腹のおなかを抱えながら、ボクは部屋に戻る。 由香ちゃんに貰ったマフラーをベッドの上に置いてから、押入れの奥にしまった物を再び取り出してみた。
 窓の向こうに、由香ちゃんの部屋の明りを確認しながら、少しだけ後ろめたい気持ちを持て余す。並んだふたつのマフラーが、お互い主張してるような気がして、 ボクは由香ちゃんからのマフラーを抱き締める。かなり怪しい。
「翼、電話」
 ノックもしないで、母が部屋のドアを開けたので、ボクは飛び上がるほど驚いてうろたえた。慌ててふたつのマフラーをベッドの下に隠しても、当然、母の目には入っていただろう。 子機を受け取って、保留ボタンを解除しながら、母を部屋から追い出すように、押しのけた。
「も……もしもし」
 声が上ずっていたかもしれない。「誰から?」と、ちゃんと聞けばよかった。
『あ、もしもし』
 その声に安堵する。圭だった。
「圭か」
 安心しきった声に、圭は電話の向こうで『失礼な奴だな』と笑いながら言った。電話をしてくること自体、珍しいので少し驚いていたけれど、圭の声にボクは、なんだか救われたような気がしていた。
『翼、誕生日おめでとう。直接言うのは、照れくさいからさ』
「あぁ、ありがと」
 ボクだって面と向かってそんな台詞、照れくさいし。だけど、わざわざ電話してくるなんて、それもまた照れくさいことではあったけれど、圭の気持ちが素直に嬉しかった。
『それだけ言いたかっただけだからさ、また明日』
「ちょ、ちょっと待って」
 呆気ない電話に、思わず引き止める声を出す。
『何?』
「あぁ、あぁ。えっと、あのさ」
 別に、続く言葉があるわけじゃないのに。あ、そうだ。
「圭、佐伯さんにボクの誕生日教えた?」
『は? え? いや、教えてないけど?』
「そっか」
 圭じゃないのか。他のクラスメイトが知っているとしても、教える=(イコール)プレゼントだと察しがついたら、あえて知らない振りをすることも考えられるし。
『なんかあった? ……いや、別に言いたくないならいいんだ』
 ボクが少し躊躇したことに、圭が気を遣う。そうじゃない。ボクは、圭には何でも話したい。ただ、第三者が絡むから少し迷っただけで。
「聞いてくれると助かるんだけど……」
 ボクは曖昧な答えを返す。気持ちははっきりしているけれど、対応に戸惑っていたから、誰かの、いや圭の考えを聞いてみたかった。
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