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ボクらの恋愛事情:第二章
「だから……。プレゼント渡したくて」
 思い切ったように、佐伯さんは続きの言葉を口にした。少しうつむき加減。
「あのさ、佐伯さんも知ってるよね? ボクには」
「彼女がいるのは分かってる。だから友達としてでいいから、受け取ってもらえませんか?」
 ボクの言葉を遮るように、少し口調が鋭くなる。それから、またしても語尾が丁寧語になった。ボクは、突き放せなかった。 これ以上、冷たくすると泣き出してしまうんじゃないかと思ったから。
 「分かった」とうなずいて、明日の部活の後、少しだけという約束をした。先に歩き出したボクは、しばらくしてから、逆方向に帰る佐伯さんの後姿を、振り返って見た。 友達が側にいて、肩を叩いている。なぐさめ? それとも約束できたことを、一緒に喜んでるのか? ボクにはどうでもよかった。 “友達として”と言っても実際の話、佐伯さんとボクの関係は、そんな言葉が使えるようなのじゃないのにな。
 それより今は、早く帰ろう。由香ちゃんが待ってる。




 翌日。十二月二十三日。ボクは十四歳になった。部活を終えて、用具を片付けに行くと、バスケ部も終わりの挨拶をしているところだった。別に緊張してるわけじゃないけれど、 少し気にしていたのは事実。
 部室を出て、体育館の裏に回った。そう言えば、佐伯さんは、ボクの誕生日をなぜ知ってるんだろう? ふと疑問が沸く。ま、知ってるヤツがいないわけじゃないし、 どういう経路で知ったかは別として、そんなに気にすることではないか。
 ほんの一分くらい待っただけで、佐伯さんは姿を見せた。ボクを見て、すごく嬉しそうな顔をしたのが 分かる。約束だけして、すっぽかされるかも? とか想像していたのかもしれない。佐伯さんの笑顔に、不覚にも少し、ドキッとしてしまった。
「来てくれてありがとう」
「約束したから」
 ボクは、ぶっきらぼうにそう答える。とにかく、ボクには彼女がいる。好きなのは紛れもなく由香ちゃん唯一人で、隙を見せたらダメだと頭の中で鐘が鳴る。
「誕生日、おめでとう! クリスマスプレゼントも兼ねてるんだけど」
 差し出された紙袋を受け取りながら、「ありがとう」と礼を述べた。
「それじゃ」
 その場を足早に去って行く佐伯さんに、ボクはホッとしていた。受け取った後、「開けてみて?」とか、感想を求められたらどうしよう、なんてことを瞬間的に思っていたから。 ボクは、貰った紙袋を自分のカバンに無造作に押し込んで、帰路に着くことにした。
 家の近くでは、由香ちゃんを思って少し気が咎める。午後から会う約束をしている。どんな誕生日になるのか、ちょっと期待もあったりして。
 自分の部屋に入ってから、カバンの中から紙袋を取り出した。その中には、きれいにラッピングされたマフラーが入っていた。これって、手編み?  いや? 違うか? 編み目が手編みにしては出来すぎてるし。ダークブラウンの渋めのマフラーは、おしゃれな感じで手触りもいい。だけど、これは使えないな。 学校にしていくと、彼女からだと普通は思われるだろうし。佐伯さんにも期待をさせてしまうかもしれない。 あれこれ頭の中で思考を巡らせる。一緒に入っていたカードには、「誕生日おめでとう&メリークリスマス(少し早いけど)」と、小さな丸い文字が並んでいた。それ以外の言葉は 見当たらないことに、安堵する。ボクは結局、佐伯さんから貰ったそのマフラーを、押入れの奥にしまった。胸が痛まなくはないけれど、どうすることも出来ない。 やはり受け取るべきじゃなかったのか? なんて今更思っても、仕方がないし。




 待ち合わせた公園で、由香ちゃんから贈られたプレゼントを前にして、ボクは戸惑っていた。
「ヨクちゃん? どうしたの? 嬉しくない? やっぱり、こんなのじゃ恥ずかしい?」
 ボクの首に巻きつけたマフラーを触りながら、由香ちゃんが問い掛ける。ボクは、慌てて首を横に振る。
「う、ううん。すごく嬉しいよ。由香ちゃんがボクの為に頑張ってくれたんだから、本当にすごく嬉しい」
 それは本心だったけれど、同じなんだ。色も形も。佐伯さんから貰ったものと……。ただ、違うのは、編み目だけ。 落ち着け。単なる偶然。あれが手編みだという証拠はどこにもないし。これの見本というかモデルというか、街で見かけて気に入ったのを、編んでみることにしただけだろう、きっと。
「この色だったら、学校にもしていけるよね?」
「え? あぁ、うん。そうだね」
 バカッ。顔をしかめる。佐伯さんはどう思う? 自分が贈ったものだと、勘違いするかも知れない。だけどな。 目の前にいる由香ちゃんの顔を見ていると、学校にはしていかないとは言えない。 冬休みの間は大丈夫だとしても、下校後、そのままこの公園に来ることが多いボクにとっては、無理なことだった。
「明日、行きたいところ決まった?」
 話題を変えた。中学生のボクは、収入がない。お小遣いだけでは、満足にデートも出来ない。クリスマスだからと言っても、豪華な食事も洒落たプレゼントも用意できない。 ボクにあるのは、気持ちだけで、それを分かっていて、由香ちゃんからは、物は要らないからどこか連れて行ってと、頼まれていた。そうは言っても、遠出は無理だと ちゃんと分かってくれているだろうから、何とかなりそうな映画とかかな?
「海」
「え?」
「海が見たい。ちょっと定番って感じだけどね」
 由香ちゃんが、肩をすくめて笑うのがとても可愛い。胸がキュッと音をたてて、抱き締めたくなる。隣にいるんだから、ギュってすればいいのかもしれないけれど、 ボクはまだ、認めたくなくてもまだ子どもで、キスから先に進むのは怖かった。キスだって由香ちゃんからの一度きりで、自分からという勇気はなかった。
「ちゃんとこれもしてきてね」
 由香ちゃんが、不意にマフラーを引っ張る。現実に引き戻される。由香ちゃんが編んでくれたマフラーを、ボクは素直に喜べないでいた。
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