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ボクらの恋愛事情:第二章
〜隙間〜
 由香ちゃんと過ごす時間は、一日のうちで僅かしかないのに、重苦しい話題が多いのはどうしてだろう。 変な気を遣わなくてすむから、大人びた対応を見せることも、強がることも、カッコつけることもせず、 ありのままのボクでいるから。単に年上の彼女ってだけなら、多分、もっとスマートな対応を、無理してでも 身につけようとするだろうし、弱音は吐きたくない。それがどうだ? 今のボクは、弱い部分をこんなに簡単に さらけ出している。由香ちゃんが側にいるだけで、ホッとする。ボクの心が満たされる。
 ボクも由香ちゃんの、そんな存在になっているといいんだけど。
「実はさ」
 そう切り出して、ボクは今日、学校であったことを話す。信じてたはずの親友を、簡単に疑ってしまったこと。助けてくれたのが、慎だということ。 由香ちゃんは、その話を黙って聞いてくれる。
「慎は、何か言ってた?」
 ふと、そんな質問をしてみた。ここに来る前に、慎と顔を合わせているはずだから。
「ううん。あの子は、家ではほとんど喋らないから」
 その言葉には、とても寂しそうな響き。昔は、昔っていうのも変だけど、由香ちゃん達の父親が生きてた頃は、 ボクも慎とよく遊んでいたし、由香ちゃんやヤスくんとも、きっと家では、普通に話してたはず。慎が、今みたいに勉強しか目に入らなくなったのは、母親の影響か?
「学校では? ヨクちゃんは、慎と仲良くしてるの?」
 答えに窮する。
「あ、別に仲良くしてあげてとか、言ってるんじゃないよ。ちょっと心配してるだけで」
「慎は、群れないっていうか、ひとりでも平気に見える」
「うん。そう見えるかも」
「だけど、いざという時には、今日みたいにボクに手を貸してくれるし、中身は昔から変わってないと思うんだけど」
 由香ちゃんの頬が急に緩んだ。ボクは意外なその表情を見て、言葉を切る。辺りはいつの間にか薄暗くなっていて、時間の経過を知らせる。
「なんかヘン」
 由香ちゃんがクスクスと笑い出す。呆気にとられながらも、その笑顔にボクもつられて微笑んだ。
「ヘンって?」
「カップルの会話じゃないみたい」
 確かに。ボクは、肩をすくめる。由香ちゃんが、ベンチから腰をあげる。そしてボクは、視線を上げる。上げた視線の先に、由香ちゃんの顔が近付く。ボクは、そのままそっと、目を閉じた。 空気のように自然な流れで、気負いすることもなく重なる唇。波打つような心臓の音だけが時を数えて、やわらかな唇の感触だけが、ボクの心を支配する。
「帰ろうっか」
 数秒後、何もなかったように背中を向けた由香ちゃんの後を追う。ボクの胸は異常な速さで動いているのに……ううん。きっと同じ。繋ぎ止めたその手が震えてた。




 大した変化もなく、日常は動き続ける。周りにいたどうでもいい友人の輪は、移動してもなお、仲間って集団に酔っている。この前まで、ボクもいたその空間がひどく異質に思えて、自分は違うと 思ってる傲慢なボクの考えは、相変わらず健在。
 ただ、ボクの側には圭がいて、ベタベタとずっと一緒にいるわけじゃないのに、安心できる。大事な居場所を持っている。
 人は誰でも、誰かの居場所になれるのなら、それに早く気付けばいいのに。遠回りして、誰かを巻き込んで傷つけて、そして、ようやくそこへたどり着く。
 彼女になった由香ちゃんと、親友になった圭が、ボクの大切な場所。 見つけたその場所を、どれだけ大事に出来るか、守っていけるか、そんなことを考えていくのに精一杯で、ボクの心に隙間はなかった。そう思っていた。


 二学期も終わりに近付くと、寒さが少しずつ蔓延してきて、冬休みが待ち遠しくなる。あれから何も言ってこない佐伯さんの存在は、 ボクの中ではすでに風化していた。
 彼女がいるかどうかを尋ねるという行為は、それなりに、その人に関心があるからだと考えるのは、ボクだけじゃないはず。圭も多分、そう感じてたと思うけれど。 同じクラスでもないし、直接関わることがないから、ボク達の会話に出てくることもなく、そのまま月日は、流れていった。
 ボクに彼女がいるという話も、あの後、どこからともなく噂になっていたようだし、佐伯さんの耳にも入ったのだろう。だから、“また今度”の続きは自然になくなっていた。 と思っていたのは、ボクの方だけだと気付いたのは、冬休み直前の出来事。
 二学期の終業式が終わって、冬休みの注意事項を聞かされて、下校する。圭とはまた明日から部活もあるし、だから特別、話し込むこともなく家路を急ぐ。
 呼び止められたのは、足早に校門を抜けて百メートルくらい過ぎたところだろうか?
「立川くん!」
 突然、背中に降りかかってきた声に足を止めて、後ろを見た。佐伯さんだった。周りに人がいないわけではない。結構、大きな声で呼び止められたので、他の生徒の視線も 動いたりしたのに、佐伯さんは、それに気付かないようにボクに近付いてきた。すごく緊張してるのがボクの目にも分かるほど、歩き方はぎこちなく、側に来たその体は震えていた。
 周りでは、ヒソヒソ話す声も聞こえたけれど、内容までは分からない。それに、そんなことに心を乱されるのは、ナンセンスだと悟っていたので、気にすることなくそこに立っていた。
「何?」
「明日、少し時間あけてもらえませんか?」
 同じ年なのに、丁寧な言葉遣いをする佐伯さんの要求の中身を、理解するのに少し間が開いた。
「明日? 今じゃダメ?」
 本当は、今も早く帰りたい気分なんだけどな。ボクの言葉に、佐伯さんの肩が、少し揺れた。動揺してるのか……?
「明日、誕生日だよね? だから」
「だから?」
 意地が悪いと言われれば、否定はしない。だけど、ボクにどうしろって。彼女がいることも知ってるはずなのに。
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