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ボクらの恋愛事情:第二章
〜家族〜
 ボクはまだ、生まれてから今までに、家族の死に直面したことはない。それどころか、例えば、単身赴任とか で家を長期間空けていたり、どこかでひとり暮らしを始めてしまったりという家族もいないから、そういう気持ちは、 未だに想像でしか感じられない。だからこの時、圭の口から続く言葉の意味も、およそ、それらが含んでいる半分くらい の気持ちしか、汲み取れてなかったんじゃないかと思う。
「俺さ、翼のこと、弟みたいに思ってた」
 うん……。そうだろうな。口には出さなかったけれど、ボクは圭のその言葉に、曖昧に首を軽く縦に揺らした。
「こんな事、言ったらすげぇ偉そうかもしれないけど、翼は、無条件で俺のこと信じてくれてるって思い込んでた」
 圭の本音が語られる。つむがれていく言葉を、ボクは、ただ黙って聞いていた。
「結局、重ねてみてたのかも。ごめん」
「え?」
 ボクは、圭が何を言おうとしているのか理解できずに、問い返した。
「弟がいるんだ。もうずっと会ってないけど」
 そうして、初めて圭の家族の話を聞いた。まだ圭が幼いうちに離婚してしまったらしい両親は、父親が圭を、 母親が弟を引き取って、それ以来、会ってないらしい。
 年子でとても仲が良く、体が弱かったその弟が、いつも自分の後ろに くっついていたことだけは、覚えてるらしいけれど、すでにうろ覚えの記憶しかないとか。
 だから、離婚の原因がなんだったのか、知っているはずもなく、その話を父親がしたがらないので、母親も弟も今どこでどうしているのか、 知る術がないんだって。圭が寂しそうに笑って言った。
 その会えなくなった弟と、ボクを重ねて見ていた、というのが 圭の告白だった。
 そのとき吹いた風が、肌に冷たく感じた。心地よいはずの秋風が、ボクの心を冷たくさせる。
 別に圭にそう思われていた事実が、 嫌だと思ったわけじゃないけれど、どんな風にリアクションしていいんだか。弟もだけど、母親にも会えない毎日を、 圭はどんな風に過ごしてきたんだろう。ボクは両親とも側にいて、安穏と毎日を過ごしている。兄弟はいないから 会えない切なさも、会いたい気持ちも、到底理解不能だったけれど、ヤスくんがいなくなった時に感じた気持ちと、似ているかもしれない。 ふと、そんなことを思っていた。
「翼に信用されるヤツになるには、あと何が足りない?」
 あ……。ボクは、圭の話を聞くだけで、肝心の自分の気持ちを、まだ何ひとつ伝えていなかった。
 慎に与えられたこの機会を、無駄にするわけにはいかないのに。
「いや、もう十分。ただ、ボクの勘違いで、圭を傷つけたことは……その……ごめん」
 メチャクチャな謝罪だ。文章を立て直すことも出来ずに、ボクの口は、そこから先に進めなかった。
「よかった」
 圭が呟いて、ボクはホッとして、それからなんだか照れくさくなった。友情って青臭い感じがしてたけれど、こういうのって悪くない。 色んなことが、楽になる。きっとやっぱり、圭は兄弟のいないボクにとっては兄貴みたいな存在なんだろう。 これからもずっと。




「由香ちゃんは、お父さんが死んだとき、泣いた?」
 いつもの公園。いつもより、少し遅い時間。それでも待っていてくれた。ボクは「何かあったの?」と聞く由香ちゃんに、 唐突にそんな質問を投げかけていた。
 お葬式に行ったときには、泣いていなかった。由香ちゃんだけじゃなく、ヤスくんも慎も。ある種、異様な空間だったと、 ボクは記憶していた。
「泣いたのは、ずっと後になってから。死んですぐは、お母さんが、ずっと泣いてたから」
 だから泣けなかった? それもひとつの理由。そして、泣いたのは、いい父親の部分を思い出したとき。酒癖も女癖も悪かったけれど、 それが全てではなかったからと、由香ちゃんは答えた。
「じゃ……ヤスくんが出て行ったときは?」
「ヨクちゃん、どうしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと色々あって」
「泣いたよ。すごく心細かったし。ついて行きたかったくらいかな」
 幼なじみのボクでさえ、寂しさを感じてたからな。家族がバラバラになるって切ないよな……。
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