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ボクらの恋愛事情:第二章
 その後すぐに、担任がやってきて、ボク達は教室に入ることを余儀なくされた。大きな誤解の謝罪も出来ないまま、ボクの胸は痛んでいた。 圭は、少し寂しそうな顔をしただけで、ボクから目を逸らしたりはしなかったようだ。教室に入るときも、視線を感じていたから。逸らしていたのは ボクの方で、どんな言葉で取り繕っても、疑った事実は消えないんだと、誰よりボクが、いちばんよく分かっていた。
 休み時間になると、いつもボクの周りに集まってきていた友人も、今日ばかりは違った。ボクを遠巻きに見て、ヒソヒソと話してるのが分かった。 ボクにはそんな彼らのことを、批判する権利なんかない。今、こうしてる瞬間でさえも、自分から話し掛ける勇気すらなくて、圭が何か言ってくれるのを待ってるなんて。
「え? あぁ、ちょっと待って」
 教室の後ろの方で、交わされている会話もボクの耳には届くはずもなく、友人のひとりが、いつの間にか側に来ていたことに、飛び上がるほど驚いた。
「翼、呼んでる」
 椅子が大きな音を立てて、ボクの驚きを表す。
 “呼んでる”という言葉に、圭が? と期待をしたけれど、友人が示した廊下にいたのは、佐伯さんだった。こんな時、タイミング悪すぎ。ボクは、自分で招いた事態なのに、 八つ当たりをしてしまいそうな気がして、躊躇した。
「佐伯と知り合いだったっけ?」
 耳打ちする友人。答えるのが面倒だ。
「いや、別にそういうわけじゃ」
 そんな風に言葉を残して、とりあえず教室を出た。次の授業まで、時間はあまりない。延ばすよりもそのほうが、好都合かも知れない。 教室を出たボクの背中に、友人の声が刺さった。
「あいつ、気に入らねぇ」
 あぁ、そうだな。気に入られようとも思ってないよ。
「何?」
 不機嫌な顔をしたまま、ボクは佐伯さんに声をかけた。
「この前の……大丈夫?」
「平気。心配かけて悪かったな。もう何ともないし、佐伯さんは悪くないよ。気にしないで」
 笑顔でも作るべきか。そんな器用なことは、ボクにはできない。気があるわけでもないし、変に期待をさせても悪いだろう。多分、まだ言葉が続くはずだから。
「あの……牧田くんから、何も聞いてない?」
 声が小さくなる。廊下で二人で話してるのってなんだか目立つ。周りの視線が気になる。佐伯さんも同じ事を思ったようだった。
「ごめん、授業始まるね。また今度」
 それだけ告げて、自分の教室の方向へ去って行った。また今度っていつ? ボクはどうすれば? まぁいいか。このまま何のリアクションもなければ、 それで終われることかもしれないし。何もなかったように、教室に入る。友人達が一瞬、話を止めた。ボクのこと話してたのか。もうどうにでもしてくれ。ボクは 話し掛けることも、視線を合わせることもせずに、自分の席についた。圭は、机に体を預けて、寝ているように見えた。圭にとって、ボク以外の友人達と距離を置く必要は、 あるのだろうか? 変に冷静に、そういうことを考えていたりして、ボクは目を閉じた。




「こういうのあんまり得意じゃないんだけど」
 性に合わないことを、自分でも分かっている慎が、ボクと圭の間に立ってそう言った。
 放課後、部活動をどうしようかと思いつつも、そつなくこなし、圭と言葉を交わさないまま下校しようとしたところを、慎に呼び止められた。 それからさっき別れたばかりの圭と、再び顔を合わせることになった。沈黙をしてるボク達に、慎は続ける。
「ヨク、言いたいこと言っておかないと後悔するぞ。牧田も同じく」
 口を開かないボクと圭を交互に見て、一呼吸置いて、慎が溜め息。
「これ以上、関わる気はないからな。全然関係ないって、放っておくことも出来たんだし。……ヨク、女見る目ないな」
「!」
 慎は鼻で笑ってボクの肩を叩き、ボク達の前から姿を消した。
 呆気に取られつつも、ボクの頭は忙しく回り始めた。 どうして慎が、圭に掴みかかったボクを止めに入ったのか、なんとなく分かった。ボクと由香ちゃんが、一緒にいるところを見た友人の噂話を、きっと耳にしたんだな。 ツメの甘いボクらに、苦笑したかもしれない。だから、ボクが勘違いしていることにも、すぐに気付いたんだな。そんなところも、頭の回転が早いんだ。感心するよ。だけど見る目がないなんて、 慎は気付いてないだけなんだよ。姉だから……。由香ちゃんの魅力に。
 残されたボクは、目の前の圭に、何をどう謝ればいいのか、まだ迷っている。
「まだまだだな……」
 圭がポツリと呟いた。寂しい響きの言葉だった。何が“まだまだ”なのか、ボクは、すぐには理解できないでいた。ただ、圭の中にボクに対する怒りがないことだけは、感じることが出来た。
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