小説のTOPへ 前ページへ

ボクらの恋愛事情:第一章
〜ボクと彼女〜
 大抵、自習時間というものは騒がしいと相場が決まっていた。 今日も同じ。担任が出張ということで、受け持ちの現国の時間は自習になった。
 騒がしい。最初こそ与えられたプリントをこなしていたのだが、いつの間にやら、ざわざわと話し声が拡大していく。 ボクの周りにも、いつの間にか友人達が輪を作っている。別に呼んだわけでもないのに。
 なぜか、ボクはその輪の中心にいる。話を聞いているわけでもないのに。
「さっきの体育の時間は、よかったな」
「やっぱ、生足サイコー」
 まだ九月。体育の時間は、ハーフパンツ着用が義務付けられている。だけど オヤジかよ、その台詞。ボクは心の中でつばを吐く。
 友人は女子の耳を一応気にして、声は小さくしていたけれど、全く呆れる台詞を何回も聞かされる身になって欲しい。 そう、こんな会話は日常茶飯事なのだ。ボクは興味なさげに、机の中から取り出したコミック本を広げていた。
 そして、そんなボクなんかお構いなしで、会話は続いていく。
「でもやっぱサ、佐伯さえきは別格だな」
「あぁ……本当に」
 そう言った友人の顔は、どこか遠くを見ている。さっきの体育の時間に、思いをはせてるのだろう。 なんだかんだ言いながら、いや、思いながらコミック本の内容は頭に入っていない。
 興味があるわけではないけれど。大体、あんなガキ達に欲情してるなんて、まだまだだな。
「なぁ、翼は本当に興味ないの?」
 急に話を振られて、顔を上げる。
「あぁ、別に」
「お子ちゃまの翼に、そんな話は無理無理。だけどほんと、もったいね〜よな」
「なにが?」
 ボクは友人の「もったいない」という言葉に反応する。大体次の台詞は、想像できるけど。
「そのルックスで……。あぁあともう二十センチくらいタッパがありゃ、大学生でも全然オッケーだぜ。それなのに、興味ないなんてさ」
「二十センチって」
 つい口から出る溜め息。身長のこともそうだけど、“全然”の使い方が気に入らない。それから、大学生ってのも背伸びしすぎ。
「いや、まだ大丈夫さ、可能性はある。翼がその気になったときには、伸びてるかもしんねーし」
「大きなお世話」
 ボクはすねた子どものように、顔をしかめて見せた。友人の手がボクの頭を、ヨシヨシとなでる。
「この年で女に興味ないのなんか、翼と松山くらいのもんだな」
「そそっ、あのデブ山でさえ俺らが振ると乗ってくるもんな」
「全く、鏡見てから喋れって感じ」
 爆笑の友人達を尻目に、コミック本に視線を落とす。無神経な言葉の羅列。自分を何様だと勘違いしてるんだか。 それなのに、一緒にいるボクって一体。考えてもしょうがない。
「相変わらず真面目だな、あいつ」
 さっき話に出た松山の後姿を見ながら、ひとりが呟く。 松山 慎 まつやま しん 。ボクの幼なじみだ。
「あいつの頭には、勉強しか入ってないのか?」
「まぁ、次期院長先生だからな」
 慎の家は、個人病院。
「あれ? あいつって兄貴がいたんじゃ?」
「それはほら」
「あぁ〜〜そっかそっか」
 小さな町だ。噂が広まるのは早い。ただ、耳に入らなかっただけで、大人たちの間では、度々話題にも上ってたんだろう。 慎の兄貴の 泰孝 やすたか が家を出てから、もう二年が経つ。ボクはその彼を「ヤスくん」と呼んでいた。今頃何してるんだろう。
 そしてボクは、聞こえてるかもしれない会話に、何の反応も示さない慎の後姿を、チラッと見た。
「そういや、翼って松山とは仲良かったよな。家も隣だし」
「ん? 小学生の頃のことだよ。今は全然、話もしないし」
「ふ〜ん」
 別に特に興味があるわけでもないのに、そういう話はしないで欲しい。慎のことは、ボクが避けてるんじゃない。向こうが避けてるんだ。 今だって、本当はこんなところよりあいつといた方が、人間的にはいいかも知れない。だけど、これも自分で選んでるんだよな、結局。



 学校が終わると必須の部活動。あまり興味もないけれど、団体競技は嫌いだから、卓球部に所属している。 練習量もそれほど多くないから、ちょうどいい。それが終わると、ボクは、慌てて家に帰る。
 いつ帰ってくるか分からないけれど、ボクが思いを寄せる彼女を待つために。 今年の夏休みも何の変化もなくて、いや、変化を期待してるわけでもないけれど。やっぱりこうして毎日、ボクは彼女をこっそり待っている。とは言っても、ちゃんと自分の部屋の中。
 そっと窓を開ける。今の季節なら、それほどあやしい行為じゃない。少しだけやわらかくなった日差しもすっかり落ちて、薄暗くなり始めた頃、やっと彼女が帰ってきた。
 今日も可愛い。玄関を入る彼女の姿を確認してから、開けた窓を閉めて、薄いカーテンだけをひいた。そのうち、彼女らしき影が向こうの窓に映る。
 カーテン越し。影だけ。それでもボクは想像力を働かせて、彼女の姿を頭に思い描く。女に興味ないなんて大嘘だ。だけど誰でもいいって訳じゃない。
 ボクには彼女だけ。巷ではストーカーという言葉が、横行して久しいけれど、ボクのこれもそうなのかな? でもやめられない。だって好きなんだから。
 だけど、迷惑をかけるのはサイテーだ。今はこのままでもいい。いつかボクがもっと大人になれたとき、ちゃんと告白するから。それまで、このままで……。

-2-

NEXT