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ボクらの恋愛事情:第二章
〜その先にあるもの〜
 一泊旅行は、それ以前に想像していたものとは、違ったものになったけれど、ボクと由香ちゃんの距離は確実に近付いたと思う。
 他人の振り、 姉弟 きょうだい の振り、本当の二人……。そしてまた逆戻り。複雑な二日間だったけれど、ボクは行ってよかったと思う。ただ、ボクらの関係はこれから、どんな風に 発展していくんだろう、漠然とそんなことを考えながら、ボクの足は、圭の家に向かっていた。 日曜日の夕暮れ時、昨日の朝、母に持たされた手土産を持って、ボクは圭の家を訪ねていた。家の場所は知っていたけれど、ちゃんと訪ねるのは初めてだった。
「そんな、気を遣うことないのに」
 圭は玄関先で、笑ってそう言った。
「お母さんによろしく言っといて」
 何気なく、口にした言葉だった。もっと考えればよかったのに。
「そういう時は“家の人に”って言ったほうが無難だと思うぞ。今後の参考にな」
「え?」
 すぐには、言葉の意味を理解できなかった。
「俺んち、親父しかいないから」
 あっさり口にした圭の気持ちを、ボクはその瞬間で、どれほど理解できたのだろう。
「ま、俺は気にしてないけど」
 圭は、ボクが驚いて戸惑っているのを見て、そう付け加えた。「ごめん」って謝れたのかどうだか、自分自身、頭の中が真っ白で覚えていない。続く圭の言葉も、ショートした頭には ちゃんと入ってこなかった。
「あ、それから大事なこと。佐伯さんが、翼を訪ねて来てた」
「え?」
 佐伯? あぁ……。あの時の。
「何で?」
 至極、当たり前な質問をしたボクを、圭は「ちょっと上がってく?」と家に誘い入れた。
 とりあえず、昨日の夜はボクがここに泊まったことを、証言してくれたらしい。訪ねてきたのが、今日でよかった。ボクは、単純にそんなことを考えていた。
「この前のこと、気にしてるだけかと思ったんだけどさ」
 圭が言葉を切った。その後に出てきた思いもかけない台詞に、ボクは今日、初めて入った圭の部屋で、体が固まった。どうしてそういう展開になるわけ?
「“立川くんって彼女いるの?” だってさ」
 圭は、佐伯さんの質問にきちんと答えてはいなかった。「本人に直接聞いた方がいいと思う」って、そう言っておいたからと。 思わせぶりな言葉に、感じるだろうか? それとも彼女がいると、感じるだろうか? 佐伯さん本人じゃないと分からないけれど、 明日、学校で呼び出しを受けたりするんだろうか?
「翼? まずかった?」
 圭が、黙り込んだボクを覗き込む。
「あ、ううん。そうじゃないけど……」
 思い切って話してしまおうか? 圭なら信頼がおける。この数日で、そういう感情を抱いていたボクとしては、ここで一気に由香ちゃんの話をしてしまおうか、との思いに駆られた。
「圭は、佐伯さんのこと、どう思う?」
 なんとなく気になった。送っていったあの日。二人きりの帰り道で、どういう話をしたんだろうかと。その時に、ボクへの質問はしなかったのだろうかと。 聞いてみて初めて、一気に疑問が沸いてきた。
「ん? どうって? 別に何も。可愛いとは思うけど、それ以上のことは」
「そうか。この前の帰りはどんな話をしたとか、聞いてもいいかな?」
「って聞いてるじゃん」
 圭が笑った。つられてボクも笑った。なんか異性の話題って、緊張するな。今までは耳にするだけで、関心のない振りをしてたから、そんなこと感じなかったけれど。 すごくドキドキしている自分の感情を、誰かに喋りたいとか、思ってしまうこともあるし。逆に、誰にも知られたくないって思ったりもするけれど。
「あの日は、ずっと翼の容態を心配してて、別に他の話とかしなかったな。俺も女子と二人きりになったことなんてないから、ほとんど喋ってないし、ただ、翼のことは 心配ないって、そう言い続けただけだったような気がするけど」
 圭の説明に、納得するとボクは意を決して、自分のことを話し始めた。ずっと片想いだった、彼女、由香ちゃんのことを。圭はただ、黙ってうなずき、そして、微笑んだ。
「よかったな。気持ちが通じて」
 たったそれだけの言葉が、すごく重みのあるものに感じられて、わざわざ「誰にも喋らないでくれよ」と、念を押すことはないのかもしれない、なんて思った。
「圭は? 好きな子とかいないの?」
「今はな。好きな子が出来たら、一番に翼に話すよ。きっと」
 なんだか、気味が悪いくらい、ここのところのボクの周りの変化は、いい風が吹いている気がした。由香ちゃんのことにしても、圭のことにしても。すごく大切なものを手に入れた気がした。
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