〜その先にあるもの〜 一泊旅行は、それ以前に想像していたものとは、違ったものになったけれど、ボクと由香ちゃんの距離は確実に近付いたと思う。 他人の振り、 「そんな、気を遣うことないのに」 圭は玄関先で、笑ってそう言った。 「お母さんによろしく言っといて」 何気なく、口にした言葉だった。もっと考えればよかったのに。 「そういう時は“家の人に”って言ったほうが無難だと思うぞ。今後の参考にな」 「え?」 すぐには、言葉の意味を理解できなかった。 「俺んち、親父しかいないから」 あっさり口にした圭の気持ちを、ボクはその瞬間で、どれほど理解できたのだろう。 「ま、俺は気にしてないけど」 圭は、ボクが驚いて戸惑っているのを見て、そう付け加えた。「ごめん」って謝れたのかどうだか、自分自身、頭の中が真っ白で覚えていない。続く圭の言葉も、ショートした頭には ちゃんと入ってこなかった。 「あ、それから大事なこと。佐伯さんが、翼を訪ねて来てた」 「え?」 佐伯? あぁ……。あの時の。 「何で?」 至極、当たり前な質問をしたボクを、圭は「ちょっと上がってく?」と家に誘い入れた。 とりあえず、昨日の夜はボクがここに泊まったことを、証言してくれたらしい。訪ねてきたのが、今日でよかった。ボクは、単純にそんなことを考えていた。 「この前のこと、気にしてるだけかと思ったんだけどさ」 圭が言葉を切った。その後に出てきた思いもかけない台詞に、ボクは今日、初めて入った圭の部屋で、体が固まった。どうしてそういう展開になるわけ? 「“立川くんって彼女いるの?” だってさ」 圭は、佐伯さんの質問にきちんと答えてはいなかった。「本人に直接聞いた方がいいと思う」って、そう言っておいたからと。 思わせぶりな言葉に、感じるだろうか? それとも彼女がいると、感じるだろうか? 佐伯さん本人じゃないと分からないけれど、 明日、学校で呼び出しを受けたりするんだろうか? 「翼? まずかった?」 圭が、黙り込んだボクを覗き込む。 「あ、ううん。そうじゃないけど……」 思い切って話してしまおうか? 圭なら信頼がおける。この数日で、そういう感情を抱いていたボクとしては、ここで一気に由香ちゃんの話をしてしまおうか、との思いに駆られた。 「圭は、佐伯さんのこと、どう思う?」 なんとなく気になった。送っていったあの日。二人きりの帰り道で、どういう話をしたんだろうかと。その時に、ボクへの質問はしなかったのだろうかと。 聞いてみて初めて、一気に疑問が沸いてきた。 「ん? どうって? 別に何も。可愛いとは思うけど、それ以上のことは」 「そうか。この前の帰りはどんな話をしたとか、聞いてもいいかな?」 「って聞いてるじゃん」 圭が笑った。つられてボクも笑った。なんか異性の話題って、緊張するな。今までは耳にするだけで、関心のない振りをしてたから、そんなこと感じなかったけれど。 すごくドキドキしている自分の感情を、誰かに喋りたいとか、思ってしまうこともあるし。逆に、誰にも知られたくないって思ったりもするけれど。 「あの日は、ずっと翼の容態を心配してて、別に他の話とかしなかったな。俺も女子と二人きりになったことなんてないから、ほとんど喋ってないし、ただ、翼のことは 心配ないって、そう言い続けただけだったような気がするけど」 圭の説明に、納得するとボクは意を決して、自分のことを話し始めた。ずっと片想いだった、彼女、由香ちゃんのことを。圭はただ、黙ってうなずき、そして、微笑んだ。 「よかったな。気持ちが通じて」 たったそれだけの言葉が、すごく重みのあるものに感じられて、わざわざ「誰にも喋らないでくれよ」と、念を押すことはないのかもしれない、なんて思った。 「圭は? 好きな子とかいないの?」 「今はな。好きな子が出来たら、一番に翼に話すよ。きっと」 なんだか、気味が悪いくらい、ここのところのボクの周りの変化は、いい風が吹いている気がした。由香ちゃんのことにしても、圭のことにしても。すごく大切なものを手に入れた気がした。 |