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 響と旭は、同じ家に住んでいても一緒に並んで通学することはない。 同じくらいに家を出ることはあっても、一緒に行くという感覚は全くなかった。
 入学式も旭の母親が、一緒に車でと誘ったものの、歩いていけるからと響自身が断った。 いつまで経ってもなじもうとしない響だったが、旭は何かと世話を焼いていた。
 熱の下がった響は、まだ少し咳が続いていたものの、学校へ行くことにした。 通学の生徒が大半を占める時刻のバスが、校門前に着く少し前に、響達は学校に着いた。 靴箱のところまで来ると、バス通学の生徒達が、ぞろぞろと入ってくる。
「あっ」
 小さく声をあげたのは、太一だった。 前を歩いていた司と渚が、響に気付く。マスクをして軽い咳をしている。 響の視線が一瞬だけ止まる。旭が、小声で「昨日尋ねてきてた二人」だと教える。 旭が軽く会釈する。
「昼休み、また行くから」
 司の言葉は、旭に向けられた。響が、その場を去ったからだった。 太一は、訳がわからない様子で、キョロキョロしていた。
「誰? 今の。先に行ったヤツって」
 昨日、渚が話し掛けていたヤツだ。そう思った太一は、司が直接話した相手はどうでもいいとでもいうように、そう尋ねていた。
「知らないの? 入学式で新入生代表挨拶やってたジャン」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「ハハハ。分かってるって。ちょっとな」
 司は、太一の質問に答えるでもなく、教室への階段を上り始めた。 渚は、困った顔をしながら、太一に微笑むだけだった。


「なぁ、知ってたのか?」
 階段を上がる響を追いかけながら、響の視線が一瞬止まったのを見逃さなかった旭が、話しかける。
「いや、別に」
「……それより、響、家を出るつもりって本気か?」
 教室に着いた響は、奥の窓際一番後ろの自分の席に、カバンを置いてから、旭を見る。
「あぁ、今すぐってわけやないけど。いつまでも甘えてられへんし」
 いつものように、素っ気ない返事。
「そっか」
 続く言葉も見当たらず、旭は自分の席に着いた。


 昼休み。
「じゃ、行こうっか」
 司が微笑む。渚は、昨日のコンビニでの出来事を話せないまま、うなずくしかなかった。
 響のいる教室に着くと、旭が慌てて駆け寄ってくる。
「昨日は失礼しました」
 深々と頭を下げる旭に、どこか違和感を感じて司は苦笑する。
「もういいよ。それより、呼んでもらえる?」
「あぁ、はい」
 旭が響を呼ぶため、教室に戻る。響は窓際の席で寝そべって、話し掛けた旭の横で、面倒臭そうに立ち上がる。 旭はそのまま、席に着いた。同じ中学出身らしき友人が、興味深そうに旭に話し掛けるのが、渚の目に映った。
「何か?」
 廊下に出てきた響は、ひどく不機嫌そうにマスクの奥からくぐもった声を吐き出す。
 渚は、旭に向いていた視線を戻したものの、響の顔をまともに見ることも出来ず、うつむいていた。
「あのさ、俺、二Aの斎木司。こっちは、城山渚。突然だけど、友達になってもらえない?」
「は?」
 面食らった顔を響が見せる。渚は、司を見る。
「友達。よろしく!」
 司が右手を差し出す。響は反射的に動きそうになった左手を落ち着かせて、それでもそこに立ちすくむだけ。 響の右手をおもむろに渚がつかんで、司の右手に重ねる。
 渚は、自分でも不思議だった。 自発的に他人に触れるという行為が、こんなにあっさり出来るなんて。そう思った。
 力を少し加えて、司が手を上下に動かした。それからゆっくり、手を離すと考え込んだ。
「だけど、接点がないな〜あっ!」
 両手をぽんと叩くと、ひらめいた様に、言葉を発する。
「弁当派? 学食派?」
「あ、弁当ですけど……」
「よかった。じゃ、明日から一緒に食べよう」
「どこで?」
 渚が横から口をはさむ。
「う〜ん。体育館! 卓球台のとこがいいな。それじゃ、明日迎えに来るからな」
 響に断るすきを与えないようにそう言い残すと、その場を足早に去った。
「え? あぁ……ゴホッ」
 響は何となく、断るタイミングを逃してしまった。あのふたりは、一体何を考えてるんだろう?  そう思うのが精一杯で、ふたりの後姿を見送っていた。
「何だって?」
 いつの間にか、すぐ隣に立っていた旭に気付いた響は、やっと我に返る。
「ん? 友達になって欲しいて……」
「それで、お前は何て答えた?」
「……明日から、昼飯一緒に」
 自分が答えたわけでもないけれど、淡々と喋っている自分に、溜め息を軽くついた響は、旭の次の言葉を素直に受け止めた。
「そっか。いいんじゃない。お前がそういう気になったんなら」
 そういう気? どういう気だろう? このまま流されるのもいいかも知れない。一瞬そう思ったことは確かだった。 旭の冷たい視線に気付くこともなく……。

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