息が切れるくらい走ってたどり着いたコンビニの前。それでも、入るのに少し躊躇する。
ここへ来て一体、何を話すというんだろう。それでも、目の前のドアを開ける。
コンビニ前の学生の輪の中に、太一の姿があったことすら、渚の目には映ってなかった。 「ゴホッ」 咳が聞こえる。商品補充をしていた彼の横へ、自然と足が向かった。 「あの……」 「はい?」 お客さんに何か尋ねられたのだと、普通に視線を送る。 「風邪……。昨日雨に濡れたせい?」 渚は、心配そうに響の瞳を探った。遮断される。 「いえ、あの時のことは関係ありませんから」 仕事の手を休めることなく、こちらに視線を送るでもなく、響は淡々と答えた。 「ゴホッ……。ゴホッ」 「若宮君、今日はやっぱり無理しなくていいよ」 店長らしき人物が、近寄ってくる。渚は居場所に困り、少し後ずさりをした。 「でも……。ゴホッ」 「ほら、彼女も心配してることだし」 「え?」 渚が思わず、声をあげる。響は、言い訳することもままならず、咳き込む。 「な、今日はもう帰れって。ちゃんと治してから出てこい」 「……はい。ゴホッ」 仕方なく、響は奥の方へと消えていった。渚は取り残される。これからどうすればいいのか。 「通用口、裏だから」 店長が、勘違いしたまま渚に話しかける。 「あ、はい」 誤解を解くことも出来たのだろうが、それをしなかったのは、なぜだろう。 渚は自分の行動を不思議に思いながら、言われたとおりにコンビニを出て、裏口へまわる。 店員専用の出入り口から、響が出てきて、そこにあった自分の自転車のカギを開けているところだった。 「まだ、なんか用?」 視線を上げずに、不意に話し掛けてきた響に、渚は驚いた。用、そんなものは、あるはずもなかった。 渚が、首を左右に振ると、 「じゃ……。ゴホッ」 自転車で走り去る。自分の横を通り過ぎる響に、何一つ言葉をかけられないで、ただ見送るだけだった。 これじゃ、まるでストーカーだ……。渚は自分の行為の愚かさに、失笑した。 その光景を、太一は見ていて、渚の行動に首をかしげていた。 渚は太一の存在に最後まで気付くことなく、さっき降り立った停留所までゆっくりと歩を進めた。 風邪をひいたのは、昨日バイト帰りに捨て猫を見つけ、連れ帰るわけにも行かず、 自分の差していた傘をそこへ置いてきたから。 あんな些細な出会いを、いつまでも気にしなくていいのに。 響は、そう思いながら自転車をこいでいた。 帰りついた響は、玄関に入るとそのまま倒れこんだ。 その音に気付いた人が、中から出てくる。 「まぁ、やだ。ちょっと大丈夫なの?」 「大丈夫です」 支えられるようにして立ち上がる。 「だから、バイトも休めばって言ったのに。ちょっと、旭〜」 「大丈夫ですから」 響が彼女の手をさえぎって、自分で歩き始めたところへ、二階から旭が降りてきた。 「無理すんなよ」 旭は響の体を支えると、階段を上がり始めた。 「それじゃ、氷枕持ってくから、あとお願いね」 「わかった」 旭は、二階の響の部屋へ入り、ベッドに寝かしつける。 「体温計とって来る」 旭はぶっきらぼうにそう言うと、響の部屋を出て行った。 響は布団の中で、自己嫌悪に包まれた。迷惑かけないように生活しなくちゃ……意味がない。 旭が戻ってきて、氷枕を頭の下に敷いてから体温計を渡す。 三十八度四分 「無理すんなって言ってるのに」 「悪い……。ゴホッ」 「なぁ、ちょっと聞いていい?」 「何?」 「二年に知り合いいる?」 「二年? 知らん……。ゴホッ」 旭は、溜め息をつく。 「今日、お前を訪ねてきてたぞ。確か二Aの斎木司って男と城山……渚って女」 「なぎさ?」 その名前を無意識に繰り返す響。 「知ってんのか?」 「いや、やっぱ、知らん」 旭は、もう一度溜め息をつくと、部屋を後にしようとドアまで進んだ。 「……あんまり、母さんに心配かけんなよ」 ドアが閉まる。しんとした部屋の中で、響は目頭を抑える。 ここへ来て、もうすぐ四年。ぬぐえない過去の記憶。自分はいつまでこんな生活を続けるんだろう。 生きてることに意味はあるのか? ……熱に浮かされながら、響は、いつしか眠りについていた。 |