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 昼休み。
「それでは行きますか?」
 司が、椅子から腰をあげて、前の席の渚に声をかける。 渚は複雑な心境でうなずくと、二人で教室を後にした。
「なんか、昨日も思ったけど、この前まで自分らの教室だったのに、変な感じしない?」
 ことさら明るく、司が話しかける。
「そうだね……」
 どうやって話しかければいいのか、渚は考えあぐねていた。 自分達のクラスがある二年の教室は、本館の四階に位置している。向かう一年の教室は、別館の二階だ。 別館は一号館と呼ばれ、一年生の六クラスがそこにある。
「なんて話しかけよう」
「ん? 成り行きで」
 司が、笑う。ここは任せておこう。渚はそう思いなおした。 一年A組の教室の前で、自分で探すより早いと思い、司が生徒に声をかける。
「若宮響君、呼んでもらえますか?」
 丁寧語を使った司に、尋ねられた生徒が勘違いしたのも仕方のないことかもしれなかった。 彼は、何やら響とは別の生徒に声をかけ、その人物が廊下で待つ二人に向かってきた。
「響になんか用? あいつ、今日、風邪で休んでんだけど」
 やってきたのは、昨日、上級生から響をかばっていた生徒だった。従兄弟の来栖 旭。 昨日の上級生に対する態度とは一変して、横柄だなと渚は感じていた。
「風邪?」
「そう。大体あんたたち、何組の誰?」
「あぁA組の……」
 司がそう言いかけた時、
「A? あのさ、俺、結構人の顔覚えんの、早いんだよね。同じクラスのやつならもう……」
A」
 旭の言葉の途中で、司が二を強調して言った。 もしかしたらと、考え始めてたことが的中してしまった渚は、隣で笑いをかみ殺した。
 旭は慌てふためいて
「あ、すいません。俺、てっきり同じ一年だと……あっ」
 墓穴を掘る。笑いを抑えきれない渚を司が、面白くなさそうに小突く。
「休んでんなら、仕方ない。明日またくるから。俺、Aの斎木司、そんで、城山渚」
「あ、はい」
 もう一度二を強調する司に、旭はすっかり小さくなってしまっている。 それだけ言い残すと、二人はその場を後にした。 廊下を曲がったところで、昨日の上級生とすれ違う。
「あ〜さ〜ひ〜くん」
 ミーハーな声をあげて、旭のところへ訪問していったようだった。
 すたすた歩く司の後を、渚が小走りに追いかける。背が低いとは言っても、渚よりは少し高かった。 気にしていることも知っていた。司に追いつくと、
「笑いすぎ」
 もう一度、頭を小突かれる。
「あぁ〜〜もうっ、なんか偉そうだな〜〜と思ったんだよな」
 思い出しても腹が立つ! といわんばかりの言葉にも、諦めの笑いがにじむ。
「明日も来るかどうか分かんないけど、とりあえず、会えるまで通うしかないな」
「ありがと」
 渚の言葉が、ずしんと響くような気がした。 司の中に、不安がないわけではなかった。それでも自分が言い出したこと。気になるのも確か。 考え込んでも仕方ない。そう思い直すしかなかった。

 新入生が入るのはもう少し先になるけれど、その日から、二、三年生の部活動は本格的に始まった。 司はバレー部で、二年生ながら、去年の三年生が引退してからはセッターを任されていた。 渚は、どこにも所属せずに、まっすぐ帰ることが常だった。
 二年生になってからの、日常が動き出す。   バスもいつもの時刻。校門前から乗る生徒は、部活動が始まったこともあって、少なめだった。 渚は進行方向左側の席に腰を下ろして、歩道を何気なく見る。
 二つ目の停留所を過ぎて、しばらく走ると信号で止まった。 すぐ側のコンビニの前には、数人の学生の姿も見える。
 コンビニの店内……。本当に偶然だった。いつも注目して見ているわけではなかった。 見つけた途端、渚の指は、バスの降車ボタンを押していた。 信号が変わると、バスは走り出す。次の停留所までは、ほんのわずかな距離だった。
 だけど、それがとてつもなく長い時間に思われて、胸が締め付けられるような気がした。 次の停留所に止まると、渚は、自分でも驚くくらい素早い動きで、バスから飛び降り、 さっきのコンビニまで走っていった。
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