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 バス停まで見送ってもらってから、ひとりで乗り込んだバスの中は混雑もなく、少し楽だった。 だけど、司の家から帰るとき、自分でも憂鬱な気分になっているのがよく分かる。
 入学式だから、学校が早く終わるのは分かりきっている。 今は、一時少し回ったところ。帰るとお母さんにまた詰問されるんだろう。
 家では極力言うとおりに生活しているけれど、心休まる時はほとんどない。
「城山さん?」
 急に後ろから話し掛けられ、肩が震えた。ソプラノの愛らしい声の主は、同じクラスの木山 早百合きやま さゆり
 私には、仲のよい女友達はいない。思ったことを隠しておけない、その性格が災いしていることは 分かっていたけれど、誰かに合わせて一緒にいてもらおうなんて気は、さらさらなかった。
 司さえいてくれればそれでいい。本気でそう思っていた。
 だけど彼女は、何かと話し掛けてくる。以前、いじめから彼女を助けたようになったことに、起因しているんだろうけど。 助けたとは思ってない。思ったことを言ったまでだった。
「すぐに帰らなかったんだね」
「え?」
「あぁ、時間的に、学校が終わってすぐじゃないから」
「……そういう木山さんは?」
 何となく話すのが面倒だったけれど、無視するのも悪いかな? それくらいの気持ちは私も持ち合わせている。
「私は、部会があったから」
「あぁ」
 確か、コーラス部。
「あ、斎木君ちに行ってたんだ」
 その言葉に、少しだけ刺を感じた。
「斎木君優しいよね。いいなぁ〜城山さん……。あ、ごめん」
 つい、きつい視線を送ってしまった。彼女もそれに気付いたようで、慌てて謝る。 それから、家の近くの停留所につくまで、彼女とは一言も言葉を交わさなかった。 小学校時代から同じ学区の彼女とは、降りるところも同じだった。
「それじゃ、また明日」
 私から声をかけた。深い意味はない。あまりに彼女が落ち込んでいたから、少し反省しただけ。
「あ、うん。バイバイ」
 ホッとした表情を見せた彼女を確認すると、別々の道を歩き出した。




 次の日。
 バスを降りて、校舎へ向かい始めた渚の後姿を、司は追いかける。
「おはよ」
「おはよ」
「昨日、大丈夫だったか?」
「平気」
 渚の母親が、常に情緒不安定で、精神安定剤に頼る生活をしていることは司も知っていた。 一度、滅多に出歩かないという渚の母親と、街でふたりでいるときに会ってしまったことがある。 渚を見つけるや否や、司から引き離し、「うちの娘をたぶらかさないで」とまで言われた。
 次の日に、渚の口から事情を聞くまで、どれだけ落ち込んだことか。
 それ以来、渚の家の近くへは行かないように、母親の神経を逆なでしないように気をつけていた。 そんな母親も、父親の帰宅が早い日は、比較的落ち着いているのだった。 昨日も、遅く帰った訳を問いただされる覚悟で帰ると、父親から珍しく早く帰ると連絡があったようで、 母親の関心はそちらへ注がれていた。気は抜けたけれど、安堵した渚だった。
「で、今日どうする?」
「う……ん」
「昼休みにでも行くか?」
 思ったより明るい声で司が軽く言ったので、渚は微笑んでうなずいた。 その日の四時限目は、教科担任が出張のため自習になった。 始めこそ静かに自習をしているものの、ある程度の時間がたつと、そこここで雑談が始まるのは仕方のないことだった。
 司は、親友の小澤 太一おざわ たいちの側で、数人と雑談に加わっていた。
 渚は、そういう司が好きだった。自分と付き合い始めることで、司には今までの友達付き合いを止めて欲しくはなかった。 司が側にいないときは、自分だけで過ごす。それが寂しいとか思ったことはなかった。 窓の外を見つめながら、今後のことを想像していた。
 これから、自分はどうなるんだろう。どうしたいんだろう? 響のこと、どうしてこんなに気になるんだろう。
「だけど、一年も持つとは思わなかったよナ〜」
 司に向かって、男子生徒が唐突に話題を変える。
「何?」
「城山との付き合いさ」
「それは俺も思ったな。苦労してんじゃないの?」
「何だそれっ」
 司が笑い飛ばす。苦労という言葉が、あまりにも今の自分とかけ離れていたからだ。
「あいつ、美人だけどキツそうじゃん!」
「女達からも一目置かれてるしな」
「そうそう、あの木山事件の時なんか、マジびびったもんナ」
「木山事件って……」
 なんて大げさな表現だと、司が苦笑する。
「まぁ、付き合ってみなきゃわかんないんじゃないの? 本質なんてものはさ」
 黙って聞いていた太一が、口を開く。
「そうだな」
 周りが妙に納得すると、話題はすりかわった。気の利いた太一の発言に、司は感謝の視線を送る。 付き合い始めたきっかけは、渚からだったものの、今は司のほうがご執心だった。 渚の後姿を見ながら、司もまた、これからを模索していた。
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