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「さっきから溜め息ばっか」
「ん? あぁ……。悪い」
「いいんだけど……。まだ、話せそうにない?」
 並んで歩いていた太一の問いかけに、司は目をキョロキョロさせた。
「え? あれ? えっと」
 司があまりにも慌てたので、太一は苦笑して 「無理しなくていいけど、まだ大丈夫なら」と言った。司は肩がふっと軽くなったのを確かに感じた。太一はいつも慌てず騒がず見守ってくれた。 太一に彼女が出来ても、それは変わらなかった。久しぶりに一緒に帰る道のりで、 見透かしているような問いかけをした太一を、もう一度見やった。
「ん?」
「かなり……参ってるよ。俺って、何を見てたんだろうってさ」
「吐き出しちゃえば?」
 駅までの道のりを歩きながら、太一に言われたその言葉に司は胸にある疼きの種を見せ始めた。 それを黙ってうなずきながら聞いている太一。
 響が好きなのは渚だという事実。転校前に渚が伝えたであろう想い。 響が凪と付き合い始めた理由。そして今日、凪から聞いた言葉。
 “響から話があるって呼び出されたの。もうこれが最後だね” 誰も救えないもどかしさ。自分の不甲斐なさ。吐き出す度に胸が痛む。
「キツかったな。だけど、司一人が責任を感じることはないさ。若宮だってその彼女に愛はなくても、 情はあるんだろ? だから、今まで悩んでたんだろうし。それって、人として必要なハードルなんじゃねーの?」
「そうかな? だけど、俺がもっと響の気持ち、ちゃんと見てやっていたら、傷つけることもなかったのに。凪ちゃんだって」
 太一は、司の肩に腕をまわしてポンポンと二回叩いた。
「傷つかないで生きていけるほど、人生甘くないんだって。あいつ……若宮。人間らしくなったって、俺は思うけどね」
「え?」
 司は、太一の顔をマジマジと見つめた。太一はその視線に応えるように、次の言葉を出す。
「分かんない? 高校入学したての若宮は側で見てなかった俺でも、一人で壁作ってんの分かったよ。 辛い過去を知ったときは、気持ちも分からなくないとは思ったけどね。 でも、司や城山に出会って変わったじゃん。一人で乗り越えられなかった壁をあいつはちゃんと乗り越えてんじゃん」
 救われる思い。響といた時間に意味があるんだと、思いなおせる瞬間。
「サンキュ」
 司は自分のこぶしを、太一が構えた左手にぶつけた。 久しぶりに笑った。抱えていた疼きがやわらいでいくのを感じていた。
 二人が改札を抜け、ホームは出るとかすかにざわめきが聞こえた。見て見ぬ振りをする人の流れ。 不審に思った二人は、その異空間で、足を止めた。




 乗り気ではない合コンだったが、ルミが見立ててくれた服が少しだけ明るい気分にさせてくれた。 人付き合いは相変わらず苦手なのだが、たまにはにぎやかな席に身を置いてみるもの悪くないと渚は思い直していた。
「出来た?」
 ルミの声。渚は、東京近郊の大学に通うため、同じ大学に入学したルミと同居生活を送っていた。 お互い干渉はせず、必要な時には助け合って、いい関係が保たれていた。 司といた頃に感じていた安心感。時々、司が同性だったらよかったと思ってしまう自分の浅ましさに嫌悪感を感じながら、 響への募る想いは封印したままだった。ルミは誰とは知らなくても、渚の心に誰かがいることは、理解しているようだった。
『……ぎさ……なぎさ』
「ん? 何?」
「え?」
 渚の問いかけに、驚いたルミが玄関先で振り返る。
「今、名前呼ばなかった??」
「呼んでないよ。空耳じゃない??」
「そう? ……」
 確かに自分の名前を呼ばれた感覚があった渚は、首をかしげながらも、促されるまま合コン会場ヘ向かった。 とある居酒屋。ありふれた五対五の形式。しかし男性陣は、まだ揃っていなかった。 とりあえず向かい合った席について、自己紹介をはじめようというときに最後の一人が姿を見せた。
「わるい。遅くなって」
「あ!!!」
 渚の隣にいたルミが、大きな声を出したので、渚はその男性を見た。
「わっ……ウソ。マジで? 中川? ゲッ! 城山もかいな」
 といって、慌てて口をふさいだのは港帰だった。 真島港帰。大阪の高校時代の同級生。 懐かしい出会いもありながら、コンパは盛り上がっていた。
「そいじゃ、真島、渚のこと頼んだからね」
 ルミも意気投合した相手と次の場所に移動していった。 居酒屋を出たところで、アルコールを元々飲む気がなくほとんど口にしていない渚と、 下戸だからとまったく飲んでない港帰は最終的に二人になった。
「そいじゃ、家まで送るわ」
「あぁ、大丈夫だよ。酔ってないし。まだ電車もあるから」
「アカンて。中川にあぁ言われた以上、一人で帰したりしたら、殺されかねん」
 渚は、切羽詰った表情を作って話す港帰の言葉に甘えることにした。 アパート前まで送ってもらって、お礼にと部屋に誘った。
「お茶でもどう?」
「え?」
「……深い意味はないよ。感謝の気持ち」
「いや、別にそういうんやのうて……。俺かて、二回も振られたないからな。別に変な期待はしてへんけど……。じゃ、ちょっとだけ」
「うん」
 渚は微笑みながら、港帰を部屋に招き入れた。高校時代に一度告白されたことがある。 確かに港帰は、親切でよく気がついて、一緒にいるのは楽だったけれど。 もう二度と司の時と同じ過ちを犯さないように、渚は胸に誓っていた。
「テレビでも見てて」
 お茶の準備をしながら、渚は港帰に話し掛けた。
「うん」
 テレビは、十一時のニュース番組が始まって少したった時間帯で、 港帰はチャンネルを変えることもなく、そのままニュースを見始めた。
「あれ……またやん」
 港帰の溜め息交じりの言葉に、渚は微かに反応した。
「何が? またって?」
「あぁ、高校生がナイフでっちゅうやつ」
 若者の重大犯罪が取り沙汰されるようになって、久しい。最初に感じていたような、身の毛のよだつ感覚が 最近では、“また”と片付けらるくらい多くなっていて、気味が悪い。 テレビからは、日常茶飯事的に凶悪事件が報道され続ける。
『……たのは、T大学二年の斎木司さん二十歳で、斎木さんは近くの病院に運ばれましたが、意識不明の重体です……』
 渚の耳を駆け抜けたアナウンサーの言葉は、渚の体を凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。 運ぼうとしていたお盆は手からすり抜け、港帰が驚いて渚の方を見た。渚は落としたそれを拾い上げる素振りも見せずに、 そこに呆然と立ちすくんでいた。港帰は、その様子に立ち上がり側に近付いた。
「城山? どないしたん? 怪我してへんか?」
「行かなきゃ……」
「え? 行くってどこへ?」
 放心状態の渚は、落としたコップを片付けることなく、そのまま玄関の方へ歩き出した。
「ちょっと、待ちぃや。どこ行くねんてっ」
 港帰は思い余って渚の腕をつかんだ。渚はハッとして、港帰を見た。
「とにかく行かなきゃ……。私……どうしよう」
「分かった。どこか行かなあかんねんやったら、送っちゃるから。ちょっと深呼吸しいや」

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