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 HRが終わると、慌てた様子で渚は教室を出て行った。 声をかけた司の存在すら、目に入らぬ様子でそこへ向かった。 そこは、一年A組の教室。
 A組だけは毎年、入試の成績上位者で構成されるようになっていたので、 新入生代表挨拶をした彼がいることは確実だった。 すでにHRの終わっていた教室を覗く。
 その場所は、確かについこの前まで自分達がいた空間だったのに、 顔ぶれが変わっただけで、ひどく異質なものに見えた。
 渚が教室を覗き込むのを、訝しげに見ながら帰路につく新入生達。 一足遅かったのかと諦めかけた時に、反対のドアから出ようとする彼が目に入った。
「あ、ちょっと待って!」
 誰に対する呼びかけなのか、数人が視線を動かす。 それでも、彼は自分ではないと確信しているように、反応を見せず歩き出していた。
「若宮君」
 やっと、彼の肩が反応する。周りの生徒は、何もなかったように歩き出し、 いつしか、そこにはふたりだけになっていた。
「何か?」
 彼は、表情一つ変えずに言葉を返す。
「あ、あの、今朝はごめんね」
「今朝? あ……いえ」
 やっと思い出したように、少しだけ眉を動かしたものの、何事もなかったように踵を返す。 渚はその後姿に、思わずもう一度声をかけていた。
「あの……」
「まだ何か?」
 表情が険しくなる。完全に拒否されているのが渚にも分かった。 声をかけて何を言うつもりだったんだろう。渚は心の中で自問自答していた。
「あ……ううん」
 渚の言葉にふっと肩を落とし、彼、若宮 響は階段を下りていった。 その後姿を見送ると、渚は虚無感に包まれた。
 仕方なく自分達の教室へ向かおうと、廊下を曲がると、司が不機嫌な顔で立っていた。
「誰?」
「ん? 別に」
 視線を合わさず、そう答えた渚に、司は大げさに溜め息をつく。
「思い立ったらすぐ行動に出るんだから……しょうがないな」
 諦めがにじむ声に、悲壮感は感じられない。歩き始めていた渚が振り返る。
「寄ってくだろ?」
 司の二度目の誘いに、渚は少し微笑んで軽くうなずいた。
 二人で靴箱までくると、とっくに帰ったと思っていた響が上級生の女子生徒達に囲まれていた。
「ね、一枚だけでもいいから一緒に写真とらせてよ」
「ダメならひとりのでもいいからさ〜」
 口々に話し掛ける上級生に、うんざりした表情で
「急ぎますから」
 と響が答えているのだが、聞く耳を持っていないようだ。 その様子を見て、渚が止めに入ろうとするのを、司が腕をつかんで引き止める。
「待てよ」
「だって」
「あれ」
 司が、響に寄って来た別の新入生らしき学生を見つけて、納得させる。
「すいません。こいつ写真苦手で……。勘弁してもらえませんか?」
「あれ? 君も新入生?」
「イケメ〜ン」
「なんか君達二人、似てない?」
「ね、名前なんていうの?」
 矢継ぎ早に話し掛ける上級生に、苦笑いしながら響をかばうようにその生徒は答えた。
「こいつの従兄弟で、来栖 旭くるす あさひって言います。同じクラスです」
 一斉に歓声に似た声があがる。先ほどまでの執着心も消えて、響のことなど目に入らないように、新たな的である旭に集中する。 旭が、響に向かって目で「もう、行けば」と促す。 特に感謝の意を表すでもなく、響は校門のほうへ歩を進めた。
 従兄弟……その、風貌は確かに似ていたけれど、 かもし出す雰囲気はまさしく陰と陽。対照的だった。

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