『心が還る場所』

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 入学式は雨だった。バスから降り立った私は人波にもまれながら、校門へと向かった。 校門前は結構いつも込んでいて、もっと広い校門を作っておけばいいのにと思う。
 人との接触は苦手だ……それでも、リハビリのつもりでバスを使う。
 雨の日は特に嫌だった。他人の傘をよけながら、歩いたつもりだったけど、 誰かの傘と交錯する。慌てて強く握り締めた私は離さずに済んだけれど、相手は手離してしまっていた。
「あ……すいません」
 一応謝る。真新しい制服のブレザーに雨が染み込む。 彼は、慌てるそぶりも見せずにゆっくりとした動作でそれを拾い上げる。
 私の声を微かに耳に止めたのか 「いえ」 と小声で呟き、少しこちらに視線を動かした。 その瞬間、私の心は惹きつけられた。
 彼はどうして、あんなに寂しそうな瞳をしているんだろう……。
 それ以上、交わす言葉もなく、彼の後姿を見送りながら、立ちすくんでしまった。
「何やってんだよ、こんなところで突っ立って」
 後ろから、聴きなれた声が飛んできて我に返る。
「別に」
 素っ気なくそう言うと、校舎へ向かった。
「チェッ」
 面白くなさそうに、舌打ちした 斎木 司 さいき つかさは、私、 城山 渚 しろやま なぎさ の彼氏。 少し元気をもらう。新学期が始まる。その時はまだ、司の存在が何より大事だったのに……。
 雨に濡れた桜の花はどこか寂しげで、強烈な印象を残したあの瞳を、もう一度頭に浮かべていた。




「新入生代表、 若宮 響 わかみや ひびき
 入学式で、新入生代表挨拶をするのは、その年の首席入学者だと決まっていた。
 わかみやひびき……。渚は心の中で、彼の名前を繰り返していた。 今朝、校門前で傘をぶつけた相手だ。 響の表情は全く変わらず、何もかもを拒絶するような印象さえ受け取れる。
 入学式を終え、体育館から出てくる生徒の波の中では、 すでに新入生を物色するような態度の上級生で溢れていた。
「よかった〜〜。今年の代表〜〜。なんて言ったっけ?」
「若宮 響とかって」
「そうそうそう!!! めちゃイケてるし〜」
「あっ、ぬけがけはダメダメ!」
「放課後、行くよ〜」
「ラジャ〜〜!!」
 渚はその会話を、耳障りだと思いながらも気にしていた。 仲間に入る気など毛頭ない。彼女達は三年のギャル高校生。 ここへは遊びに来ているとしか思えないような連中だ。
 二年の教室に入った渚は、席についてもどこか落ち着きなく 窓の外に視線を動かしたり、机に顔を伏せてみたり、 担任が前で説明している明日からの予定も、耳には入ってないようだった。
 渚の奇麗に編みこまれた髪を、後ろから引っ張ったのは司だった。
「なぁ、今日うちくる?」
「行かない」
「チェッ」
 後ろも見ずに答えた渚に、司はまた舌打ちをする。
「どうして?」
「ちょっと、用事ある」
「ふ〜ん、どんな?」
「司には関係ない」
「チェッ」
 それでも諦めきれないように、渚の椅子を後ろから足でつつく。 渚はそんなことには気も留めず、HRが終わるのを今か今かと待っていた。

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