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 渚が今いる住所をメモした紙を見ながら、どうやって行こうかと司は悩んでいた。 結局、自分の貯金と少し親に援助をしてもらって、翌日ひとりで大阪に向かった。 太一には、戻ったら連絡するからと言い残して。
 夏休みと言えども、高校生活は結構ハードだった。 進学クラスでは、午前中の補習授業が、前期・後期とそれぞれ十日間あった。 部活に入っている者は、午後から夕方まで練習することがほとんどだった。 太一は、キャプテンである司の代わりを務めていた。その日の部活終了後、後輩が太一に尋ねてきた。
「小澤先輩。ちょっと聞いてもいいですか?」
 後輩部員は、少し躊躇しながら太一の側に寄って来た。
「何?」
「……あの……斎木先輩と、若宮ってどういう関係なのか知ってますか?」
 突拍子もない質問をされて、太一は「はぁ?」と首を傾げてから、質問に答えた。
「どういう関係って、友達なんじゃないの?」
「え? だけど、若宮のこっちのダチは旭だけで」
 “こっち”という言葉に引っかかりながらも、太一は、冷めた視線を送る。
「別に、新しい友達が出来てもいいんじゃないか?」
「だけど、旭のことすら受け入れてないくせに、そんな勝手な……」
「よせ」
 離れたところにいた旭が、内容を聞きつけて、割って入った。 太一と同じ二年部員は、事の成り行きをただじっと見ていた。
「だけど」
 後輩部員がまだ何か言いたそうなのを、旭が制する。
「すみません、気にしないでください」
 旭のどこか落ち着き払ったこの態度を、太一は訝しく思いながら、その一件はそのままそこで途切れると思った。
「そういや、その若宮って、来栖の家に住んでんだって? どうして?」
 二年部員が、唐突にそう質問をした。
「やめろよ。人には言いたくない事だってあるんだから……」
 今度は太一がたしなめる。気にならないことはない。司が、どうして響と一緒にいるのか知りたい気もした。
「火事です」
「え?」
 後輩部員の言葉に、つい太一も聞き返してしまった。 旭が、右手で目頭を抑える。言ってしまった事は仕方ないとでもいうように……。
「火事で、あいつ以外の家族は全員……」




「火事?」
 渚は、祖母の口から放たれた言葉に疑問符を投げる。 大阪へ来てから一週間あまり、大分精神的にも落ち着いた母に安心して、自分がしたかったことのため動き出した。 五年前に出会った少年との再会を求めて、慌てて持ってきた《星の砂》を持って、あの河川敷に行った。
 あの時より、少し暑い日差しの中には、子ども達の姿はなく、 記憶だけを頼りに、あの時少年が入っていったはずの家を探した。 土手を下りたすぐの角の家。たたずまいは違っていたが、建替えをしたのかもしれないと尋ねてみた。 若い母親が、赤ちゃんを連れて玄関先に現れた。その時点で、違うだろうなと思いつつ。 思ったとおり、そこに「まさき」と名の付く少年はいなかった。近くの家の表札にもそれらしい字はなかった。 仕方なく、家に戻る。ここにずっと住んでいる祖母たちなら何か知っているかもしれないと、 聞いてみると 返ってきた答えはこうだった。
「もう、四年経ったやろか? まさき君ていうてたわ、確か。火事でうなったんよ。 家族全員。あ、そん子のお兄ちゃんだけ、修学旅行に行っとって助かったんやったわ」
「あれは、ほんまに可哀想やったな」
 隣で新聞を読みながら聞いていた祖父も、口をはさむ。渚の鼓動が速くなる。火事で死んだ? 四年前……。
「なんや? 渚、知り合いだったんか? 残念やったな」
 あれから、あの子はどうしただろう。渚は、顔を思い出そうとした。ぼんやり浮かんでくる、笑顔。 お兄ちゃんの自慢をしていた得意そうな顔。最後に泣きそうになった顔。 頑張ると約束した時の、紅潮した顔。手の中の小ビンを握り締める。
「ほんまに若宮さんは気の毒だったのぅ……」
 え?! 渚は祖父の呟いた言葉に敏感に反応した。
「若宮? さんって言った? 今」
「ん? どないしたん? 渚。顔真っ青やで。若宮さんがどないかしたん? 違うかったか? 若宮さんちの柾くんと」
「……待って。おばあちゃん。……柾君のお兄さん、助かったんだよね? どこにいるの? 名前なんていった?」
 渚は、動悸を静めようと、ゆっくり言葉を吐いた。しかし一向におさまらない。速くなる……。
「え? あぁ……確か、こっちに親戚のうて、東京の親戚が来てたな。そこへ行ったと思うけど。名前なぁ?」
 祖母が頭を抱え込むようにして、考えている。
「ほれほれ……えぇーと、ちょっと変わった名前。あ、思い出したわ。響とか言よったな、確か。責任感じて可哀想やったわ」
 ドクンッ。
「責任って? 修学旅行に行ってたことが?」
「いや、なんか火事の原因になった雑誌を、外に出しとったんが、そん子だったみたいやで。確かそないな事口走っとったな。 結局、放火かタバコの投げ捨てか、直接の原因は分からんままやけどな」
 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……心臓が悲鳴をあげそうだ。渚は、全身から力がなくなっていくのを感じていた。
 そこへ、玄関のインターホンが鳴った。 渚の顔色の変化に、少し心配そうな視線を送りながら、祖母が「どっこいしょ」と立ち上がる。
「渚、どないしたんや? 大丈夫か?」
 祖父が、新聞から顔をあげると、老眼鏡を押さえながら口を開く。
「ううん……。何でもない……」
 落ち着け! 自分の心に言い聞かせるように、渚は笑顔を作った。
「渚、お客さんやで」
 祖母が玄関から戻ってくる。
「お客?」
 畳から立ち上がった渚に小声で、祖母が客人の苗字を告げると、渚の足が自然に小走りになる。
「よっ! やっと見つけた」
 渚には、救いの神に見えた。一人では、抱えきれないと思った。
「司……」
「ちょっと出られる?」
「うん。ちょっと待ってて」
 渚は、祖母の元へ一度戻ってから、出掛けてくると言った。 外出中の母親には、内緒にしておいてと頼むと、祖母は笑顔で送り出してくれた。
 玄関を出ると、夏の日差しはまだ健在で、目を細める。司と共に、近くの喫茶店にとりあえず入ることにした。 店内は、空調が効きすぎて、入ったすぐに感じた気持ちよさが、徐々に薄れる。 渚はオレンジジュースを、司は、アイスコーヒーを頼む。
 何から話せばいいんだろう? どうやって伝えれば? 自分の中の気持ちの整理すらついてない渚は、迷っていた。 意外に早いタイミングで、注文の品が運ばれてくる。
 喉が渇いていたのだろうか、司は、一気に飲み干した。 その仕種に渚は、少し笑顔を見せる。
「なぁ……なんで黙って来たんだよ」
 司が話を切り出す。喧嘩口調ではなく、少し寂しそうに話す。
「ごめん。あの日……司が、うちに来た日。あのあと、お母さんが倒れて」
「そっか……じゃ、しょうがないな」
 呆気なく、司がそう言ったので、余計に悪い気がした。連絡しようと思えば、出来たはずなのにしなかった。 それを責めることもしない。今日、ここに司がいなかったら、途方に暮れるしかなかった事実を前にして、胸が痛む。 連絡しなかったのに……あれ? 渚はやっと気付いた様子で、視線を司に向ける。
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