期末試験を明日に控え、部活動も試験休みに入っていた。
司は、太一と二人で部室の片付けを済ませ、帰路につこうとしていた。
「明日なんだっけ?」
「化学と現国と英Uだな」
「あ、忘れてる」
司は自分のカバンを覗き込んで、現国の教科書がないことを確認する。
「教室取りに行って来る。先帰っていいぞ」
「じゃ、カギ返してきてやる」
「サンキュ」
部室のカギは、六月に三年生が引退してから、キャプテンになった司の管理だった。
それを太一が、受け取ると、「じゃ〜な」と軽く手を振った。
司は、教室へ少し小走りで向かった。頭の中で、数ヶ月前のことを思い浮かべる。
あの時も、確か忘れ物を取りにひとりで戻ったんだっけ?
俺って、忘れっぽいな……そんなことを考えながら、同じようなことはもうないだろうと思っていた。
心に引っかかる出来事。
「あった、あった」
後ろのロッカーの中に、現国の教科書を見つけると、それをカバンにしまった。
「斎木君」
急に声をかけられて、心臓が聞こえない悲鳴を上げる。
振り向かなくても誰だか分かる。嫌な予感というものは、結構当たるものだ。司は憂鬱な気分を抱えた。
「何?」
「友達ごっこは楽しいですか?」
氷のように冷たい台詞に、司は振り返る。
「ごっこ?」
木山早百合が、表情のない顔で立っていた。
「何だよ。それ」
「三人でいて、楽しいの? って聞いてるの」
司のほうへ近付きながら、早百合が少しいらだちの混じった表情を見せる。深い溜め息が、自然に司の口から漏れる。
「何が言いたいんだよ」
早百合は、司のすぐ前まで来ると、足を止めた。
「見てられないの……」
司の脳裏に、あの時のことが蘇る。半年前のあのこと。渚に知られたくないこと。
忘れ物を取りに教室に戻った司は、ロッカーの前で座り込んでいる人に気付いた。
「わっ、びっくりした。え? ……誰?」
そんなところに人がいるとは思わなかったので、驚いて思わず大きな声が出た。
うずくまって顔を隠していたので、それが誰だか、女子であること以外は、容易には分からなかった。
「え? っと……? 泣いてんの? 何かあったのか?」
声を押し殺して、泣いているらしい彼女の肩に、遠慮がちに手をかけて尋ねる。
ふと目をやると、その足もとに濡れているコートがあった。
「何? これ? 一体どうしたんだよっ?」
思わず声が荒くなる。司は、彼女の肩を揺する。顔をゆっくりあげたのは、木山早百合だった。
「また……やられた。これで二回目」
「えっ? 木山、それって、もしかして……イジメ?」
「もう、やだ……私何かした?」
いや、そう聞かれても困るんだけど……内心そんなことを思いながらも、司は早百合の肩を軽く叩いて、
「そんなことする奴らは、理由なんてどうでもいいんじゃないの? 木山がどうとかじゃなくてさ」
励ます言葉を一生懸命考えてみた。司は、早百合に椅子に座るように促した。自分もその隣の席に腰掛ける。
濡れたコートは、そこでたたずんでいた。それに目をやってから、司は自分の着ていたコートをおもむろに脱いだ。
一月の放課後。誰もいなくなった教室は思いのほか寒い。
「今日は、これ着て帰れよ」
早百合の座った席の机の上に、自分のコートを置いた。
「え? でもそれじゃ、斎木君が」
「俺は、大丈夫。家近いから。木山は結構遠いだろ? 風邪ひいちまうぞ」
立ったまま、司が言う。
「……斎木君、優しいね。城山さんの気持ちよく分かった」
「は? なんでそこで、渚が出てくんの?」
司は椅子に座ろうとしたが、そこで動作が止まってしまった。
「だって、城山さん……。前は、誰にも心許してない感じだったけど、斎木君だけは特別って感じするし……心療内科に通ってた頃とは、大違い」
あまりにも軽く早百合が言ったので、司は一瞬聞き逃すところだった。
「え? ちょっと待ってっ! 心療内科って?」
司の言葉に、早百合のほうが驚いたように、マジマジと顔を見た。
「斎木君、知らなかったの? 城山さんが通ってたこと。斎木君にはなんでも話してるんだと思ってた。……どうしよう……」
早百合は、まずいことを言ってしまったとうつむく。その言葉に力を無くしたように、司は椅子にドスッと、腰をおろした。
“何でも話してるんだと思ってた”そう思ってた、司自身。そんな過去があったこと。
「なぁ、なんで、通ってたのか、知ってる?」
「……」
「木山から聞いたなんて言わないから」
司は早百合の顔を見ずに、うつむいたまま言葉を吐き出す。早百合の言葉を待った。
「……詳しくは分からないけど、人に触れられること、極端に嫌ってるでしょ? そういう関係じゃないかな? ……」
「そう」
やっぱり……。
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