第256代女王にして新しき宇宙の初代女王陛下は、最近すこぶるご機嫌である。
大事な親友、金の髪の女王補佐官を占有できる日々がここしばらく続いているためだ。
この二週ほどロザリアは、ともすれば赤い髪の某守護聖にひとりじめされがちな彼女を、公務やプライベートのあれこれにかこつけて、ほぼ毎日宮殿にひきとめておくことに成功していた。ロザリアとて、アンジェリークの幸福をこそ誰よりも強く願っているから、彼女の選んだ恋人との仲を引き裂こうとまでは思わない。しかし、あの自信過剰の気障男にあっさりと譲ってしまうというのも、それはそれで業腹だった。
無論オスカーに不足があるというわけではない。公平に言って、有能で忠誠心も篤く、アンジェリークを愛してからは、かつてのプレイボーイの名もすっかり返上してひたすら一途に彼女に尽くしていることは、傍目からみても明らかだ。何より、アンジェリークのあの幸せそうな微笑を見れば、彼等を祝福してやるべきだということも、十分わかってはいる。だが、あまり簡単に彼にいい思いをさせるというのは、やはりちょっとばかり癪でもあった。
要するに、天使のようなあの微笑みを、他人に独占などさせたくはないのだ。できるかぎり、自分の庇護下において甘やかしてやりたい。いずれは許してやるつもりだとはいえ、それまではオスカーにはせいぜい苦労をしてもらおうと思っていた。
(そんなにあっさり、共棲みなんか許しませんことよ、オスカー?)
女王試験が終了し、聖地へと戻った時、オスカーはアンジェリークを炎の館へと住まわせたがった。当分の間は二人の結婚を許す気はないと、ロザリアがほのめかした為だ。それならせめてと、かなり強硬に食い下がってきたオスカーの願いを、当然のことながら気高き宇宙の女王は一蹴した。いわく──『今すぐの結婚を認めないのも、周囲への影響に対する配慮である以上に、これから新任の補佐官として慣れない仕事に追われることになるアンジェリークのことを思ってのことですのよ。それなのに、だったら同棲したいだなんて、あなたは一体何を考えているんですの! だいたい、けじめというものがございますでしょ。一緒に住むのは、結婚後ですわよ、よろしいわね!!』──と。
女王陛下の忠実な臣である炎の守護聖は、内心大いに不満げではあったものの、諾としてその命に従っている。けじめ云々の部分については、ジュリアスとルヴァに揃って懇々と説教されたということも影響してはいたようだ。
なんのことはない。アンジェリークの微笑みに惹かれ、彼女に心を奪われた守護聖はなにもオスカー一人ではなく、皆の天使をさらっていったオスカーに対して「奴一人にそう簡単にいい思いをさせてなるか!」という気運は、女王一人のみならず残り八人の守護聖の間にも大いに高まっていたのである。
中には結構過激な者もいて、あの手この手で二人の仲を割けないものかと──そしてあわよくば自分の手にかっさらえないものだろうかと──画策もしているらしい。
無論、アンジェリークを悲しませかねない振るまいに至るようならロザリアも黙ってはいない所だが、今のところとりあえずは「オスカーだけには独占させないぞ・アンジェ囲い込み共同戦線」程度のようなので放っておいてある。
当のアンジェリークは相変わらずほややんとしていて、「オスカー大好き、でもお仕事も好き。陛下も他の方々も、新しい女王候補さん達もみんな好き〜」という状態であり、それはそれで独占欲の強い恋人にそれなりにせつない思いをさせているようではある。それもかれこれ半年にはなろうとしているのだが、今の所はオスカーも、女王の意に背いてアンジェリークに求婚することもなく、一応はおとなしくしているようだった。
彼のプロポーズを受けたアンジェリーク自身に『お願い』をされたら、自分があっさり二人の結婚を許すであろうことを、ロザリアも充分承知している。
だから、さりげなくオスカーに釘を刺して、求婚自体も封じておいてある。表向きは、新々宇宙の女王試験でとりこんでいるうちは、あなたも彼女もそれどころではないでしょう、ということにしてはあるのだが。(でも、そろそろ何やら企んでいるような気配もありますわね…。試験の方も思った以上に順調に進んでいるし、ほどなく決着もつきそうですものね。試験の終了までには、なにか他にいい理由を見つけておかなければ。──その前に、とりあえずは明日のパーティあたりが危ないといえば危ないかしら。いざとなればわたくしを出し抜くことくらい、あっさりやってのける男ですもの。油断はできませんわ!)
明日は、補佐官アンジェリークの誕生日である。こういったイベントがらみな日に、オスカーに彼女を独占させておくロザリアではない。親友の日頃の労をねぎらう、という名目のもと、女王主催のパーティが催されることになっていた。炎を除く八人の守護聖も、願ってもないことと大賛成で協力している。そろそろ試験も大詰めということもあって、女王候補や教官達も招いての息抜きパーティの意味合いもあった。
オスカーのことだ。いっそ二人きりになれないのならそれを幸い、誕生日プレゼントにかこつけて指輪の一つも贈り、衆目の中でなしくずしにプロポーズに持っていくくらいのことはしかねない。
アンジェリークがそういう劇的でロマンチックなシチュエーションに弱いことは、オスカーはもとよりロザリアもよく知っている。(…今日は警備がらみの件でオスカーに聞くべきことがあるから、ちょうどいいわ。呼びつけたついでに、明日アンジェリークに指輪なんか渡したら承知しませんわよ、くらいのことは言っておきましょう)
慧眼にして、聡明なることこの上ない女王陛下は、実に的確に状況を把握していた。
──しかしながら、ロザリアといえども把握しきれてはいなかった、ささいな情報の欠落ゆえに、女王陛下のそのささやかな意地悪のもくろみは、いとも簡単に突き崩されることになるのである──。