◇  ピアス 1  ◇





 あれは、いつのことだったろう。君がこいつのことを尋ねてきたのは。
 あの女王試験がはじまって、間もない頃だったかも知れない。まだ、俺にとって君が、ただの『女王候補のお嬢ちゃん』でしかなかった頃のこと。君にとって俺が、『炎の守護聖様』でしかなかった頃のこと。
 君は覚えているだろうか、あの日なにげなく俺に尋ねたことを。あの日の小さな、たわいないやりとりを、今も覚えてくれているだろうか。



◇◇◇



「オスカー様のそのピアスって、なんで片っぽだけなんですか?」

 綿菓子みたいにふわふわの、軽そうな金の髪を揺らし、小首をかしげてアンジェリークは尋ねた。

 試験が始まってから三度目の日の曜日、炎の守護聖が彼女の部屋を訪れ、二人は連れだって公園へとやってきていた。
 飛空都市にはもう慣れたかとか、育成は順調に進んでいるかとか、あれこれ試験に関する話をしながら公園を歩き回った後、片隅のあずまやに腰を落ち着けた時に、オスカーの左耳に揺れる金の輝きが彼女の目に止まったのだ。

「なんで、と言われても…、そういうもんだとしか言いようがないな」
 突然の質問にちょっと戸惑い、自分の左耳に軽く手をやりながら、オスカーは笑って答えた。
「故郷の習慣でな。成人男子のしるしさ。俺の故郷じゃ大抵十五で成人し、帯剣とピアスを許される。それが一人前の戦士として認められたという、その証なわけだ」
「あ、そうなんですかぁ。じゃ、オスカー様の星では、大人の男の人はみんな片耳にピアスしてるんですか?」
「ああ」

 揺れる彼のピアスを見ながら、ふうん、と納得しかけて、アンジェリークはふとまた首をかしげた。
「じゃあ、女の人は?」
「ああ、女性は両耳だ。既婚女性だけだがな」
「え、なんでですか?」
 緑の瞳を丸くして、アンジェリークが尋ねる。あどけないと言ってもいいようなその表情に、オスカーは小さく笑った。
「まあ、主星でいう結婚指輪みたいなもんかな。男が女に、自分の家の意匠のピアスをひと組贈るのが、求婚の印であり、婚姻の証でもあるのさ。
 ──男が成人する時は、家長がその男の耳に穴をあけて、家に伝わる意匠のピアスをつける。そして妻を娶る時には、夫となる男が同じように自分の手で女の耳につけてやるんだ。それが同時に結婚の儀式でもある」
「えええ、痛そうー! それに結婚式で血を流すのって、何か不吉っぽくてイヤじゃないですか?」
 実際に自分の耳が痛むかのように、両手で耳を押さえるようにして顔をしかめるアンジェリークに、オスカーはハッハと声を上げて笑った。
「しょうがないだろう、そういう習慣なんだ。──例え夫が戦に倒れ、草の海に還っても、同じ意匠のピアスをしている限り、遺された妻もきちんと血族の一員として遇される。その絆を結ぶ儀式だからな」
「うう〜、そうかも知れないですけどぉ」
「もっともそんな習慣も、とっくに廃れてるのかも知れないが。なにせ、外界ではもう何百年も前の話だからなあ。こいつと同じピアスをしている者も、もういないかも知れないな」

 オスカーがなにげなく言った言葉に、アンジェリークははっとして、それから顔を赤らめてうつむいた。
「ご、ごめんなさい。私、そういうこと考えてもみなくて…えっと、あの…」
 慣れ親しんだ微かなほろ苦さこそあれ、さほど感傷的になっていたわけでもないオスカーは、少女のその反応に逆に驚いた。気にするなと言葉をかけようとしたその時、アンジェリークがぱっと顔を上げて、まっすぐに彼を見た。

「あのっ、大丈夫ですよ、オスカー様! だってオスカー様はここにいらっしゃるじゃないですか! オスカー様が、そのピアスと同じものを伝えていけばいいんです!!」

 力の入りまくった少女の勢いに押されて、オスカーはついまじまじとアンジェリークの真剣な顔を見つめてしまった。それから、彼は思わずぷっと吹きだし、上体を折ってくっくっと笑い出した。
「…なんで、笑うんですか」
 ぷうっとふくれて、アンジェリークは苦しげに笑いを堪えるオスカーを恨めしげに見た。
 オスカーはそれには取り合わず、笑いを収めるときれいなウィンクをアンジェリークに投げてみせた。
「お嬢ちゃんには参ったぜ。…そうだな、俺がいつか、本当に愛した女性に求婚する時には、相手にこれと同じピアスを贈ることにしよう。確かに、ありがちな指輪なんかよりよっぽど独創的でいいかも知れないな」
「…お相手の耳に、ピアス穴開いてたらいいですね。痛いのヤだって、断わられたりしないように」
 ちょっとむくれたようなアンジェリークのぶっきらぼうな返事がおかしくて、オスカーはまた大いに笑ったものだった──。



◇◇◇



 あの日の言葉を、君がもし覚えていてくれたなら…。
 賭けではあるが、負ける気はしない。
 ──信じているぜ。だから、勝たせてくれよ、アンジェリーク?