「戦闘が行われているのは、このあたり……だよな?」
キャシーの、形のよい眉が、すっとひそめられる。
明らかな不信感と不快感。
当然だ。ただでさえ非番の呼び出しと、マリアを泣かせてまで出動してきたのだ。これでなにもなかったら、キャシーでなくとも怒る。
だが、先の電話は、はっきりここだと告げた。念のため、キャシーの受けている電話を、ESPで全員がきいていたのだから、間違いようがないはずだ。
「エルンスト。」
「いうと思ってさっきからサーチしているけど、過去数時間、ここで戦闘が行われた形跡はないよ。ここだけじゃない。この周辺のブロックでも、なにも起こっていない。……なんだよ。これ。」
全員で顔を見合わせるが、やはりなにも起きない。
「エル。マリアが心配だ。どうしてる?」
キャシーがそういうと、皆、一様にはっとする。
テレパシー能力のもっとも高い、エルンストがマリアの様子をうかがっている間、それでもキャシーは、油断なく周囲を見回して、落ち着かない。
「大丈夫。何ともないよ。」
それならいいのだと、キャシーが小さく口の中でつぶやき、ふと顔を上げた瞬間だった。
黒い影が、彼女たちの頭上を襲った。小隊の全員は一斉に散開し、体勢を立て直そうとするが、影は、ひとりふたりではない。たくさんの影が、あとからあとから、息つく暇もなく襲いかかってくる。
キャシーの手のひらに、光る、剣のようなものが現れた。彼女の得意とする武器だ。ESPによる攻撃は、目に見える形でした方が、相手へのダメージが大きい。当然、訓練校でもそれを教え込む。
キャシーの剣が、黒づくめの男たちの数人を、一気になぎ払う。
と、黒い服の裂け目から、小さなバッジがみえるのを、キャシーはめざとく見つけた。
「シェピュア兵?そんな。まさか。連絡があったのはエナシュ軍の専用回線……!」
それが意味するものを、気がつかない彼女ではないはずだが、あまりの衝撃に一瞬、頭が混乱してしまったようだ。当然、隙ができる。
「!」
「キャシー!」
白刃の光線が、キャシーの心臓付近を背中から貫いた。
その場に崩れ落ちるキャシーに、動転したダニーが駆け寄ろうとするが、相手からの攻撃の激しさに、なかなか近づけずにいる。
「裏……切者……。恥を知れ……。俺の小隊に、手を、……だすな……」
ぎりぎりと歯を食いしばりながら、キャシーは、ようやく上体を起こした。立ち上がろうとして、なおも集中砲火を浴びて、崩れる。
「もっとだ。もっといためつけてから殺せ!」
「きゃあ!」
エリナを、また、白刃が貫いた。そして、かすむ目の向こうに、次々と倒れていく小隊のメンバーの姿。
「エリナ!ダニー!エルンスト……!」
血みどろになりながら、キャシーは立ち上がり、もうろうとした意識の中で、彼女の部下たちを救おうと、テレポートを試みる。
せめて。メンバーだけでも助けたい!
「だめだ。キャシー!俺がそこに行く!待っていろ!」
決死のダニーの声は、もう、彼女には届かない。
白濁する意識の中で、キャシーは、跳んだ。
上空から繰り出した、精神の刃が、この無法者たちへ襲いかかる。
だが、彼女の攻撃は、そこまでだった。
またも襲いくる光線を避け、小隊メンバーの元へとテレポートをした。その瞬間だった。
すさまじい爆発とともに、敵味方入り乱れてなぎ倒される。
あとには、襲撃してきたものたちとされたものたち。しかし、そのターゲットであったはずの少女は、そこには、いなかった。* 「ききたくないわ。」
「マリア……。俺たちは……」
「ききたくないっていっているでしょう!守ってくれるんじゃなかったの!必ず、帰ってくるって、いっていたわ!キャシーを探してきてよ!あの子は生きている!絶対に生きているわよ!わたしにはわかるんだから!」
耳をふさぎ、かたくなに、婚約者からの報告を拒否し、それでも、マリアは、キャシーが二度とこのアパートメントに帰ってくる日がないことを、誰よりも承知していた。生きていることだけは、なぜか確信していたが。* さくり。ゆらゆらと風に揺れる草を軽く踏んで、男がひとり、少女を見下ろしていた。
その少女の姿は、長い金色の髪をしている。かたく閉じられた瞼。顔のあちこちに擦過傷。服も、胸部腹部といわず、あちこちに焼けこげた跡。べっとりと服についた血が、少女の、直前までの戦闘の激しさと、容赦のなさを思わせる。
男は、まだ若い。少女と、同じくらいの年代だろうか。うすい茶色の髪と、青い瞳。理性的な顔立ちの、「少年」というにふさわしそうな年齢だ。
少年はかがみ込み、少女の呼吸を確かめ、脈を診て、少し考え込む。
そして、おもむろに抱き上げて、いずこかへと去っていった。後に残されたのは、まだ流れていた血で湿っている草と、吹き渡る風ばかり。
<第一部終了>