(シミュレートしたモノと違う・・・？) 初めて遭遇した規格外の違和感に、若きクローン技師・千秋修平の精神は激しく混乱する。 (俺の設計ミスか？いや、違う。設計は完璧だった。上から来た要望との誤差はコンマゼロゼロ以下だ。) 「直江・・・。」 依頼者がその名を呼ぶ。 名を呼ばれ、地に伏せた顔をゆっくりと上げる『直江信綱』のその様は、絶対者に縋る殉教者の様であり、またそれの目であった。 「綾子・・・クライアントの脳波、気付かれないようにスキャン出来るか。」 「そう言うと思って、もうやってるわよ。」 依頼者には気取られぬ、脳波通信でのやり取り。 「いくらカスタマイズクローニングだからって、生まれたばかりのクローンがあんな行動を取るのはおかしいわ。」 女の憮然とした声が、千秋修平の脳内に響く。 「あの・・・。」 恐る恐る、若しくは警戒心を剥き出しにして依頼者が千秋修平に声をかける。 「は・・・、何か。」 いたって冷静に、切り返すだけの自制心は十分にある。 一瞬の沈黙。 「もう、連れ帰って良いんでしょうか。」 「いえ、まだもう少しかかります。『それ』・・・」 睨まれた。 これが自分よりも6〜7歳は下であろう青年が発する威圧感か。 「・・・失礼しました。『直江信綱』に関しては表皮や毛髪に付着した溶液の除去を行います。その間、貴方には向こう五年間のメンテナンス契約書、及び秘密保持契約書に目を通し、サインして頂きます。」 千秋修平の脳裏に、一つ疑問が浮かぶ。 「別室で門脇君から説明させますので。・・・・ああ、念の為確認いたしますが、依頼主ご本人様でいらっしゃいますね？」 依頼者の顔に狼狽が浮かんだ。 (・・・何故。大体にしてこんな尻の青いガキが、上を動かせる訳は無い。) 依頼者は「俺は・・・」、とだけ呟いて黙る。 「まあ、結構です。詳細は門脇君が伺います。私の所に下りてきた行動指針書は間違いないものですし。」 弱気に頷き、綾子と共にドアを抜けた依頼者はただのガキだった。 最後の最後に、不可解な事が多すぎる。そう思って『それ』を振り返る。 ギリシヤ彫刻の様な立姿で、媚びる事無く、怯む事無く、依頼者の立ち去った扉をじっと見据える『それ』。 「お前はこっちだ。シャワーでも浴びてこい。」 生まれたばかりの『それ』に声をかけ、胸ポケットに忍ぶ煙草を取り出す。 ぴちゃぴちゃと溶液を滴らせながら。 シャワーブースに向かう『それ』の背中を見つめながら、クローン技師・千秋修平は生涯最後の煙草に、火を付けた。 付き纏う違和感が煙となって、肺腑に染み込む。 思金が、コンソールでエラーを返していた。 ― |