STAGE25.シュラマナ要塞


T.

ハイランドを凌駕するであろう軍隊に膨れ上がった反乱軍だが、レティシアがトリスタンに指揮を委任した頃から徐々に損害をも増大させていた。

よってその進軍にやや遅れが見え始め、軍の中には再びレティシアの復権を求める声がちらほらと上がりはじめている。

良くない傾向だと反乱軍の重鎮らはそれらを上手く諌めたり聞こえないふりをしていたが、ここ最近の戦績不信に僅かな不安を抱く者もいた。

しかし、彼らが心配するほどトリスタンの手際は悪くはない。

もともとトリスタンが戦人ではない事を考慮するなら、彼のこの戦績は実に天才とも言える。

だがそれを易々と上回るレティシアの采配が如何に素晴らしいものであったか。

トリスタンは思い知るに至り、彼女から反乱軍の実権を譲り受ける事の大変さに悩んでいた。

どんなに頑張っても届かない、その差。

それはほんの僅かなものだというのに、周りはそれを許してくれない。

命を懸けているから当然と言われればそれまでだ。

だが、その僅かながらのレティシアとの差が、

いつも最高の結果を望む者たちの目に付いてしまう。

やがてトリスタンは、彼女に僅かな焦燥と嫉妬を抱くようになった。

その才能を愛し、彼女自身を愛しいと思いながら、心の端から何かが黒い染みを広げようとする。

いっそ彼女がまわりにただ祭り上げられていただけの女性だったなら、自分は彼女を大切に腕の中にしまっておけたのに。

彼女が必要なのに、一方で彼女をもてあます。

自分はいったいどうしたいのだろう? どうすればいいのだろう?

…ああ、窓を叩く雨の音さえ忌々しい。

トリスタンはそう思い患う事で、ここ何日か、眠れぬ夜を過ごしていた。

 

クリューヌ神殿で3種の神器のうちの2つ目、『聖杯』を手に入れた反乱軍は、ついにシュラマナ要塞へと迫った。

ここを抜けるとゼテギネアの首都、ザナデュは目前である。

半島の先に見えるシュラマナ要塞には、熟練した魔法剣士としてその名を知られており、四天王の中では貴族出のエリート仕官であるプレヴィア将軍が駐在している。

彼もまたラシュディが導く暗黒道に魅せられ、最近ではそのラシュディのもとで暗黒魔法を学んだらしい。

昔の彼を知る僧侶たちは信心深かった彼の変貌を悲しみ、反乱軍へ、あるルートで手に入れた暗黒剣・ファフニールを託して彼の魂の救済を願うが、レティシアには何も答えられなかった。

多分既に彼の心は暗黒道に墜ちてしまってあるだろう。

今現在での救済は、奇跡を起こせと言われているのと同じ事だ。

「その可能性があるのならやろう。だが、確約は出来ない。」

トリスタンが代わって答える。

その言葉を聞いた僧侶たちは十分だと言わんばかりに頷き、ロシュフォルの印をきった。

「ありがとうございます、反乱軍に神のご加護があります様に。ああ、それと…ゼノビア王国の王妃フローランをご存知と思いますが…。」

ゼノビアの者たちは25年前の件では過敏なくらいに神経質になっている為、他国民が何を言う気だ、と数人が気色ばんだ。

トリスタンとレティシアはその様子を察して視線で諭す。

「25年前の大乱でグラン王と共に亡くなったと聞いていましたが、どうやらプレヴィア将軍のいるシュラマナ要塞に監禁されているという話です。王妃フローランといえば多くの人々から愛されたお方…。是非ともお助けして下さい。」

その言葉にトリスタンが鋭く息を呑んだのを感じ、その場に居合わせた全員が彼を見やる。

だが彼は顔色一つ変えてはいなかった。

「…母上は何故、いまだ生かされているのだろう?」

母上?と僧侶がオウム返しに呟いて、目の前の青年が某国の皇子と知って慌てて平伏した。

「それは、聖なる腕輪について王妃が知っているからでございましょう。」

「三種の神器の…」

「その通りでございます。」

「……そうか。」

トリスタン皇子は心配げに見つめる者たちの視線を絡め取ると、にこりと微笑む。

「何だ?私はもう母に恋焦がれる小さな子供はないのだぞ?そんなに心配する必要はない。」

皇子は冷静だった。

かえってゼノビアの生き残りたるランスロットたちの方が狼狽していたように見える。

レティシアは軽く息を吸い込んでトリスタンの心の奥を量るかのように深く彼を見た。

彼の中には驚愕と苛立ち、そして義務の為に凍らせた望みがあるだけで、今のこの状況を気負っているようではなかった。

 

その翌日、進軍ルートを検討終えて出撃準備に追われた反乱軍に、帝国・ゼテギネアの印章が押された一通の文書が届けられた。

外からの来訪者があった場合には、集合等に使われる鐘が5度、一定の間隔を空けて3回繰り返される。

レティシアはその時、魔獣たちの様子を見て回っていたが、その音を聞いて砦へ戻った。

トリスタンは書状に視線を落としていたが、ドアの開く音でこちらに目を向ける。

「やあレッティ。 来たのは、プレヴィアからの使者だったよ。」

「今更白旗を振るしおらしいタイプには見えないが?」

「おやおや君らしくもない。珍しく察しが悪いな。」

トリスタンが片頬を引きつらせるように吊り上げて笑う。

やはりフローラン王妃を使って取引を仕掛けて来たか。

レティシアは眉を寄せて溜息を吐いた。

「要求は何だ?」

「プレヴィアというのは大層な強欲者だな。母上一人の命と引き替えに、3つの要求だ。我々が入手している聖剣ブリュンヒルドと聖杯、そして君の身柄、だそうだが。」

トリスタンがレティシアへ向けて文書筒を投げてよこす仕草を見せたが、レティシアが手を出さないので行き先の無くなった書簡を手元でくるくると回転させる。

「で、殿下のお考えは?」

「トリスタン、だ。」

「…トリスタン。」

「当然の事ながら、私は君を切り捨てるつもりなどない。」

「………。」

「…おいおい、信用していないのかい?」

黙り込んだままのレティシアに、トリスタンが困ったように話し掛ける。

「え?いや、違う。そう言ってくれるだけで嬉しい。だけど…」

「母上の事はどうするかって?」

レティシアは頷いた。

その拍子に覗いたレティシアの細い首に触れたい衝動がもたげるが、視線を反らす事でそれを断ち切る。

こんな時に触れたいと思うなんて、思ったより気弱になっているようだ。

「…そうだね。」

トリスタンは筒ごと握り潰して不意に遠くを見た。

レティシアはそれを促したりせずに彼が言う決心をつけるまで黙って待った。

「…私は…いや、私たちはこの戦争に敗北するわけには行かない。ゼノビアの王妃ならば、その命を国に捧げる覚悟は出来ているのだろう。」

長い沈黙の果てに絞り出した声はやや上擦っており、本心なのかそうでないのか、レティシアにはわからなかった。

だが遠くを見つめたトリスタンの横顔に、姿のない涙が見える気がした。

 

U.

戦いに備え、身体を休める事にしたレティシアは浅い眠りの中で夢を見た。

戦いの最中で命を落としたレティシアの魂のすぐ傍に、いつの間にかサイノスがいた。

そして共に地の底へと吸い込まれていく。

嫌な夢だった。

粘つく汗が全身にまとわりついている。

「…夢…?それとも…」

警告?

レティシアは唇をきつく噛んだ。

じわりと鉄の味がする。

サイノスの命の行方が自分にかかっている、そう知った時から、レティシアは常に不安だった。

本当ならば、サイノスが生き残るはずだった運命を私が奪った。

だから、サイノスの成し遂げるはずだった偉業を代わりに成し遂げなければ。

オウガバトルの再来を食い止めなければ。

…だが、それが叶わなかった時、私はともかく、サイノスはどうなるのだろう?

転生も叶わずにずっと永遠の時の狭間に閉じこめられ、再び会う事もないのだろうか?

わからない。 きっとわかるのは神だけなのだろう。

だから、今の私は無様にも命を惜しむ。

他人の命の束を預かり、しかし自分の命を惜しむ指揮官にいったい何が出来るというのか。

「今になって、これは裏切りだよなぁ…。」

トリスタンに言えずに飲んだその言葉、その後悔が、ジクジクと身体の中を蝕んでいる。

今のレティシアは、フローラン王妃の救出の為の囮になる事すら躊躇う有様であった。

 

V.

結局レティシアは十分な眠りを貪れないまま、朝を迎えた。

だが戦いに向かうレティシアの意識は鋭い刃先の様に尖り、集中していく。

いつの頃からかそういう体質になっていた。

山岳を越えてシュラマナ要塞の裏の都市・セローウェを押さえる西ルートは、その進軍の難しさを考え、レティシアが先頭を指揮していく事になった。

トリスタンは東ルートの貿易都市オチロワンゴ及びロシュフォル教会の2点を拠点に正面からシュラマナ要塞を攻める手筈になっているが、万が一の事を考え、レティシアはトリスタンの隊にサラディンとデボネアを従軍させた。

ゼノビアの者が多くトリスタンのもとにいた場合、もし王妃フローランを使ってプレヴィアが仕掛けて来た時に冷静に対処出来るかが疑問視されたからだ。

トリスタンの意思が硬く揺るがなかったとしても、その手足となる人間が暴走しては元も子もない。

それだけに今回の従軍調整は慎重に行われた。

そしてレティシアは、今回、ブリュンヒルドではなく備前長船を持っていく事にした。

だが備前長船の黒塗りの片刃は、小柄なレティシアが腰にさすには長すぎた為、やむなく背に負う事にする。

戦いの最中にルバロンが見せた瞬殺の『居合抜き』が封じられるが仕方がない。

レティシアは軍が揃ったのを確認すると、ぐるりと時間をかけて命を共にする同胞たちの顔を見渡した。

「シュラマナ要塞へ、出立!」

号令を待っていたと言わんばかりに反乱軍兵士たちが沸く。

レティシアはそこでふと視線を感じて上を見た。

拠点となる砦の窓からその様子を見下ろすトリスタンたちと目が合う。

レティシアはその視線の中に含まれたものを感じたが、気づかない振りをして軽く手を振った。

 

反乱軍の勢いは波に乗っていた。

2日ほどでシュラマナ要塞の周囲、上空までをも包囲した。

騎士や侍を主力として、第二陣に魔獣を引き連れたビーストマスターやテイマー、そしてヴァルキリーやフレイア。

この後方支援部隊としてアマゾネスやニンジャマスターたち。

上空は首尾よくカノープスとギルバルドが率いる大空部隊が制した。

だが自然の助けを得て堅固な守りとなったこの要塞を外から陥落させるには時間がかかる。

レティシアはいくつかの策を用いてプレヴィアに揺さぶりをかけたが、最後の砦となったシュラマナ要塞から出て来る様子はなかった。

もしこのままプレヴィアが要塞の中で迎撃だけに徹するのならば、本国ゼテギネアからの増援部隊が到着する事も考慮せねばならない。

そうすれば、レティシアが率いる部隊は帝国本国からの増援部隊とシュラマナ要塞の両軍から挟み撃ちとなる。

如何に素早い撤退をしたとしても、被害報告が膨れ上がる事は容易く予想出来た。

大空を包囲する部隊の伝令を受けてレティシアはぎりっと皮手袋の先を噛む。

「流石は四天王の一人、アルフィン・プレヴィア、と言う事だな。」

見事な守備の布陣であった。

「ギルバルド。ザナデュから別部隊が出てくるとして、後何日の余裕があると見る?」

「3日…いや、2日と僅かと思った方が良いな。それ以上留まって戦うのは危険だ。ザナデュを守備する将軍はヒカシュー大将軍だからな。」

寡黙ながらその覇気と武力と知恵により、ヒカシューは希代の巨人だと言われている。

ギルバルドはシャローム地方に篭りがちだったが、四天王とヒカシューの噂はよく聞いていた。

「そうか…多少強引でも今日には足がかりを作ってしまわないとならないな。」

レティシアが続いてトリスタン側の情報を聞こうとしたところで、ついに要塞の内側に変化が起こった。

トリスタンが率いた一団が、ついにシュラマナ要塞の一部分を破り突き進んだのである。

「レッティ!殿下が北西の外壁の一部を突破した!」

上空を制していたカノープスは叫びながら、連動するように素早い反応を見せた。

動揺が走る要塞の手薄部分を指示して、その近くを守備する帝国兵をホークマンや魔獣たちがなぎ払う。

レティシアたちは梯子をかけて城壁を乗り越え、ついに要塞の中へと乗り込んでいった。

「ギル、ルチア、ついて来いッ!」

外部だけではなく内部の守りも堅実な為、迂闊な動きは死に直結する。

安全を期す為に多少機動力は落ちているものの、レティシアは迅速に要所を押さえ制圧していた。

「レッティ様、こちらへ!」

雷が集まる力場に感応して、ヴァルキリーのルチアが叫ぶ。

帝国軍兵士の包囲を易々と切り抜けて、レティシアは要塞の奥へと進んだ。

突如、轟音が鳴り響いた。

「5番隊並びに6番隊、壊滅!壊滅ッ…!!」

少し遅れる様にして悲痛な叫びが上がった。

レティシアはぎょっとしてその声の方を見た。

方々から上がる黒煙の中では一際大きいものが視界を遮っていた。

「馬鹿な…っ。」

5番隊を束ねていたのは、血気盛んでいつも手を焼かされたセルジオだった。

その燃え上がりやすい性格から、過去に1度命令違反を犯して一兵卒に降格した事がある。

だがその後は口が悪いのは変わらないものの、軍紀を犯した事はなかったので、その機転や才能をただの兵士で終わらせるには惜しいと、再び1隊を任せたのだ。

そして6番隊を束ねていたのは幼馴染みのアルバートだ。(兄ギルフォードも同じく1隊を任せるに値する人材なのだが、彼は固辞した為、未だにレティシアの隊にいる。)

気が良く、人から好意を集める性格で人望が厚かった。

何より初めから自分に賛同してついてきてくれた幼馴染みで、そう言う意味でもレティシアにはなくしたくない一人である。

はっとして振り向くと、ギルフォードが心配そうに黒煙を見つめていた。

「…行くぞっ!」

全滅、とは言わなかった。

まだ残っている者がいるのだろう。

レティシアたちは望みを捨てずに走った。

黒煙の向こうには屍が累々と積み重なっていた。

反乱軍たちの、帝国軍兵士たちの。

「まだ向かってくるか、愚かなり反乱軍。」

朗々とした低い声が響いた。

声の種類はレティシアたちのそれにとても近い、上に立つ種類の者の声だった。

精悍な顔つきの、銀の髪を持つ美丈夫。

帝国軍特有の首周りを高くガードするその鎧の形と、緻細なデザインで、すぐにその銀髪の男がプレヴィア将軍だと知るに至った。

「レッティ…!」

アルバートが肩を押さえて膝をついたまま、名前を呼んだ。

他にも数名が生きている様で、レティシアはとりあえず安堵する。

プレヴィアはレティシアに目を留めると低い哄笑をあげた。

「見事なまでの紅い髪…。貴様がレティシア・ディスティーだな?」

「そうだ。卑怯者のアルフィン・プレヴィアよ。」

レティシアの挑発を鼻で笑い飛ばすと、プレヴィアは足下で息絶えている反乱軍の誰かを蹴飛ばした。

さっと顔色を変えたレティシアの様子に笑いを堪えきれない様に口の端を歪ませる。

「…案外短気だな。フローランを見捨てる決断を下した女とも思えん。」

「……。」

「ああ、意外と今になって条件を飲む気にでもなったのか?」

やりとりが分からず、当惑した顔でギルフォードはレティシアの後頭部を見ていた。

その視線がプレヴィアの背後で動く人影に逸れる。

ルチアも同じようにそれを見て青ざめた。

「悪魔…!?」

光沢のない毒々しい色の皮膚に、ぽっかりと落ち窪んだ眼下に赫く光る宝石。

人よりも長い舌がチロチロと口元から覗いていた。

「悪魔…ふふ、悪魔か。では平和を乱し、帝国を滅ぼさんとするお前たちは何だというのだ?」

「人の道理が分からぬ者と問答する気はさらさら無い。構えろ、プレヴィアッ!」

レティシアの緑の双眸が、心の奥底まで射抜くかの如き鋭い煌めきを放つ。

サイノスへ続く自分の命への執着を捨て去れた訳ではない。

だが、それを理由に逃げる訳には行かないと、レティシアは覚悟を決めた。

「残念だが、私は魔法の将だ。剣の腕前で貴様と互角に渡り合う事は出来ないだろう。」

ちらりとレティシアの手の中の備前長船を見やる。

その剣のかつての保有者が、誰であったか、プレヴィアは気づいていた。

ぱちん、と指を鳴らすとサタンやレイヴンたちが彼を守る様に進み出る。

「まずはお手並み拝見。」

おどけた声音に、レティシアは全ての憤りを吐くように吼えた。

ビリビリと壁を震わせ、人の心に恐怖を呼ぶ叫びをあげ、レティシアは相手を次々と屠った。

その様子に余裕を見せていたプレヴィアが顔色を変えていく。

まさか、ここまでの腕前とは思っていなかった。

所詮は女だと、どこかで侮っていた事を後悔する。

ルバロンは再び指を鳴らした。

 

W.

「! レッティ様、あちらを!!」

ルチアの言葉にレティシアは指差された方向を見た。

多少薄汚れているが、見た目ですぐに素材の良しがわかる上等な白いドレスに身を包んだ婦人。

その両腕をサタンたちが捕らえていた。

婦人は弱々しい抵抗を繰り返しており、時折乱れた髪の間から苦悶の表情が見せている。

荒く息を付きながらレティシアはありったけの蔑みを込めて睨み付けた。

ルバロンは小剣を王妃に突きつける。

彼女は猿轡を噛まされ言葉を失っていたが、侮蔑を含んで睨み付けるその瞳に恐怖はなかった。

その姿からはただ、誇り高い者の気風が見える。

長い幽閉も彼女の王妃としての誇りを汚すことなく、姿は薄汚れようと彼女は紛れもなく王妃であった。

「さて、どうする。レティシア?」

切り札を出しい、プレヴィアは再び優位に立つ。

反抗心はあっても動けない相手を嬲るのは酷く小気味よかった。

「…良いだろう、条件を一つ飲んでやる。だがそれだけで満足しておけ。」

レティシアは惜しげもなく備前長船を戦いで疲弊した石畳に置いた。

「王妃をこちらへ引き渡せ。」

プレヴィアはしばし考えたが、反乱軍の中枢、要はレティシアである事を見抜いていた。

まとまりを欠いた反乱軍などすぐに瓦解出来よう。

「良かろう。貴様が大人しく死んでくれれば王妃を進呈してやろうではないか。何か遺言はあるか? 好きに言うが良い。」

「先に地獄で待っているぞ。」

背筋が凍り付くような実に迫力のある恫喝だった。

外見からは想像も出来ないような恐ろしいものへ、今にも変化を遂げる、そんな思いさえした。

「ははははははははッ!全く、反乱軍にいるのも女にしておくのも、惜しい女だ、お前は。」

プレヴィアはサタンに、レティシアが少しでも怪しい動きを見せればフローランの腕を落とせと言いつける。

肩に乗せられた冷たい刃に、王妃が身体を一瞬こわばらせた。

「では、こちらへ歩いて来い…。」

レティシアは大人しく、プレヴィアに従った。

反乱軍の外形は既に作り上げてあるのだから、自分がいなくなっても機能するとそう信じている。

以降はトリスタンを軸にこのままゼテギネアに攻め入るだろう。

ただ心配なのが、サイノスの事。

そして心残りなのはランスロットの事。

もっと傍にいれば良かった。

彼にもう一度私の名前を呼んで欲しかった。

「…ごめん。」

誰にも聞こえない小さな声で、レティシアは謝罪する。

剣を構えレティシアの命を完全に掌握すると、プレヴィアに僅かな失望が生まれた。

ほんの少し対峙しただけで彼女に惹かれてしまった事に、プレヴィアは気づかなかった。

「亡国の王妃になど縛られおって、愚か者め。 下らぬ義理に死ぬがいい!」

レティシアの細い首を狙って、剣が空を凪ぐ。

それとほぼ時を同じくして誰かがその場へ走り込んで来た。

「!!」

レティシアの首を狙った剣は、代わりにとばかりに赤いマントを二つに裂いた。

当のレティシアは、長い髪を数本切り裂かれて空に散らばらせたのみに終わった。

ごろごろと転がって、その場からレティシアを救い出した騎士は、すぐさまプレヴィアへ向けて威嚇の構えを見せる。

「何を…馬鹿なっ!何故手を出したッ!!」

レティシアは怒鳴った。

ランスロットは取り合わずに、前のプレヴィアを睨み付けている。

その身体が、鎧を鳴らすほどに震えていた。

よく見ると荒く息をつき、兜に隠された顔にびっしりと汗が流れていた。

「…馬鹿な事を…ッ!!」

ランスロットがレティシアへ向けて、うめくように低く獰猛につぶやく。

それに込められた怒りと失望が、レティシアをきつく打ち据える。

何故、自分を一番大事にするという生存本能が彼女に働かないのだろうか?

その精神は、本来美徳とされるものなのだろうけれど、今のランスロットには腹立たしいだけであった。

ランスロットの中で抑制していたものが勢いよく弾けた。

「私に貴方が死ぬのを黙って見ていろと言うのかッ!!そんな事が出来る訳がない、私には貴女が必要なのだ!!」

その言葉にびくりと身を竦ませる気配に、ランスロットは自分の言葉が過ぎた事を知るに至った。

新しいゼノビアの為にではなく。

主君たるフィクス・トリシュトラムの為でもなく。

貴女が、私に、必要なのだ。と。

彼女の気持ちを知っているからこそ、永遠に言うつもりのなかった言葉だったのに。

後悔にどっと冷や汗が噴出す。

背にしたまま見えないレティシアの唇が恐ろしかった。

プレヴィアは、静かな怒りでランスロットを睨んだ。

「茶番はそこまでにしてもらおう。…お前は、フローランが惜しくないと見える。」

「何…? 今、何と言った!?」

「腕1本ではまあ死ぬまい。やれ。」

プレヴィアはランスロットの問いに答えず、サタンに指示した。

猿轡の為に言葉にならない女の悲鳴にレティシアは蒼白になる。

「やめ…!!!」

「ソニック・ブレイド!」

レティシアの制止の声をかき消して、音速を超えるスピードから成る衝撃波がプレヴィアの側をかすめる。

同時に忍者マスターのハルのクナイがフローランを傷つける小剣を見事にはじいた。

「何…っ、この技は…。」

プレヴィアが視線を巡らせると、デボネアは全身に殺気をみなぎらせて仁王立ちしていた。

彼の後ろにはまとまった数の反乱軍が控えており、その先頭をトリスタンが率いている。

「年貢の納め時だ、プレヴィアよ。これ以上足掻くのは見苦しい、速やかに投降か死かを選ぶが良い。」

トリスタンの静かな声に、プレヴィアはじりじりと後退さった。

まだ反乱軍の制圧を許していないヶ所の兵力を素早く計算するが、正直、追撃を避けて落ち延びるのにぎりぎりの人数であろう。

死んでは全てが終わってしまう。

体裁が悪いがこの女を有効に使って逃げ延びる事を選択した。

「トリスタンよ、この女の命が惜しければ、その場を動くな。」

プレヴィアは王妃の首に小剣を押し当てた。

その女性の顔には全員見覚えがあった。

いや、見覚えというのではなく、面影と言うべきだ。

背中にレティシアをかばったままのランスロットが、目を見開いてフローランを見ていた。

「…王妃…様?!」

「あれは、フローラン王妃様…。」

ゼノビアの旧臣たちが口々につぶやく。

トリスタンと目鼻立ちがよく似ており、彼女とトリスタンの間に繋がりがあるのは明らかであった。

「……。」

答えないトリスタンに、してやったりとプレヴィアが勝ち誇る。

予想通り、まわりの兵士たち全ての動きを封じるのに成功した様だ。

ランスロットが咄嗟にレティシアが出ていかないようにとその手を掴む。

「プレヴィア、そこまで落ちたか…!」

デボネアの噛みしめた唇から血が流れ、ノルンがそれを心配気に見やった。

長い沈黙を肯定と受け止めて、プレヴィアが後退をはじめた。

「…四天王たる者が命乞いか。無様だな。」

トリスタンは氷を越える冷たさで言い放つと、弓矢を取り出した。

「トリスタン!?」

ラウニィーが驚いて声を上げたが、取り合う風はない。

信じられないものを見るように皆の視線が彼に集まった。

「貴様……馬鹿な…っ!」

「他の誰を騙せても、私は騙されん。その女は…」

「駄目だやめてくれ!」

「母上では、ない。」

引き絞った矢が、弦を放れたのは次の瞬間だった。

飛び出そうとしたレティシアの身体は、ランスロットに抱き止められる。

トリスタンの放った矢は、狙いを過たず王妃を貫き、そしてプレヴィアを射抜いた。

それを信じられない思いで見ながら、プレヴィアが鮮血で汚れた胸を呆然と見て、その場に倒れた。

「馬鹿な…。」

間違いなく、この女性はゼノビアの王妃、フローランその人である。

それを実の息子であるトリスタンが断じるとは予想も付かなかった。

それでもどうにか命を繋ごうと、はいずる様にその場から逃れようとするプレヴィアに近付いたのはかつての仲間、デボネアである。

ついに観念したプレヴィアは唇を曲げて笑った。

「裏切り者め、呪われろ…!」

「裏切ってなどいない、オレは袂を分かとうともゼテギネア帝国の民だ。」

きっぱりと言い切ると、デボネアは彼の首に剣を突き立てた。

 

X.

フローラン王妃は治療を受けたが、結局出血量と衰弱で助かる見込みがないと判断された。

ゼノビアの臣であった少数の者たちを除いて、全ての者たちを見事に騙しきったトリスタンは、無感動にその報告を聞いた。

レティシアはその場に居合わせる事がどうしても出来ず、その場を退出している。

「では、あの女性はいったい誰だったのでしょうか?」

「さあ。そこまではあずかり知らんが、私によく似ていたな。」

真相を知らぬ者の残酷な問いにトリスタンはその場では笑って返す。

が、自分でも思った以上に自分のした事への罪の意識に苛まれている。

はじめは、母と呼べる人間が生きていた事に戸惑った。

今まで諦めていたその人が、自分が無理に望めば手に入る位置にあった。だけれど、望めば代償を払わねばならなかった。

知りたかった温もりを目の前にして諦めるのは辛い事だったが、今までだってそうしてきたのだから出来ない事ではない。

実際に目にした時には、さすがに心が動いたが、それをさせまいと躍起になったレティシアの顔を確認した時、それが皮肉にも背を押す結果となった。

彼女を失いたくないが為に出来た事であった。

だが、それが辛い選択であった事は否めない。

トリスタンは月が明るい空に消えかけた頃に、やっとフローランを訪ねる事を決意した。

重体と言う事で他の怪我人たちとは違って彼女は1室をあつらえられている。

夜のとばりが落ちるまではプリーストたちがうろついていたが、今は数人の巡回だけであるから、簡単に人の目を盗む事が出来た。

部屋の中には消毒液や血の匂いが漂っている。

「…どなた?」

か細いがしっかりした声の方向へ、トリスタンははっとして顔を向けた。

これが、抱かれた記憶もない、その温もりを知らない母の、声。

ゼノビア城にあった肖像画は全て焼き払われていたから、トリスタンは両親の顔すらも知らないままであった。

そしてこれからも知る機会はないのだと、きっぱりと諦めていたものを…。

声を返す勇気と決心がなかなかつかないまま、トリスタンは一歩一歩踏み出した。

初めて見る母は、蝋燭の明かりでとても心もとなげなく、そして痩せ衰えて真白かった。

「…母上、トリシュトラムです。」

フローランは息を飲んでトリスタンを見つめた後、彼の手を自分の両手で優しく包んだ。

微熱が指先から手の平へ、そして心へと広がると共に視界がみるみる滲んでいく。

その滴が落ちる事はなかったが、どれほど「親」というものが、孤独だった心を癒してくれるかを知った。

「申し訳、ありませんでした…。」

ぎゅっとその手を握り返して、トリスタンは謝罪した。

「何を謝るのです。自分のした事を正しい事と思うのならば、胸を張りなさい。」

「人を束ねるものとして、あの時、母上を射抜いたのは間違った判断だったとは思っていません。ですが、私も人の子です。…母上を傷つけた事を後悔しています。」

フローランはその言葉にきゅっと顔をしかめる。

「ありがとう…あんなに小さかった赤子が、こんなに立派になったなんて…。出来るならば、あなたの成長を傍で見たかった…。」

口元を隠す手の平から液体がしたたり落ちる。

濃厚な血の匂いがした。

「母上!?」

「母で…は、ありません!私は、フローランの…名を騙った、あなたにとって見知らぬ女。決して…母ではありま…せん!」

喋る所々で咳き込むのと一緒に大量の血を吐いた。

死相が色濃く現れる。

「東の…塔の、壁を調べて。そこに…。」

「母上、喋らないで下さいっ、今プリーストを…。」

みるみるうちに白かったシーツが真っ赤に染まった。

彼女は最後の命を吐き出していた。

トリスタンは命が出ていかないようにと必死にフローランを抱きしめる。

「あなたの御代に、神のご加護が…あり…ますように。あ…愛し…てい…。」

「母上!!!!」

呼びかけたその時既にフローランは息絶えていた。

まるでトリスタンに会う為だけに命を長らえていた、そんなあっけない幕切れであった。

「……!!」

喉の奥が熱く、今にも叫びだしたい無念さをトリスタンはシーツに埋もれてかみ殺す。

この思いは涙ではあがなえない。

苦しい。 苦しすぎる。

トリスタンは胸中に荒れ狂うどす黒い嵐の中で、鮮烈な輝きを見いだした。

それはレティシアだった。

そうだ、彼女なら自分を沈めてくれるだろう。

彼女と一緒ならば自分は再び力を取り戻せる。

トリスタンはおぼつかない足取りで何かに操られる様にしてレティシアの部屋を目指した。

だが、その途中で丁度部屋に戻ろうとして歩いていたラウニィーがトリスタンに気づく。

皇子の服はフローランの血で真っ赤に染まっており、それに驚いたラウニィーはトリスタンに飛びついた。

「トリスタン、どうしたの!?どこか怪我でも!!」

驚いて大声を出してからしまったと思う。

夜明け近い事が幸いしてその声を聞きつけたものは少数と思うが、自分が出した声のせいで人が集まるのを恐れて、一番近くの部屋に手を引く。

トリスタンは正気を疑うかの様な濁った瞳で棒立ちしていた。

「失礼するわね、トリスタン。」

ラウニィーは一言断るとトリスタンの前あわせを解き開いた。

鍛えられたしなやかな肢体にまでべっとりと血が付いていたが、どうもトリスタンの怪我ではない様に見える。

「…ねぇ、この血、あなたのものではないのね?大丈夫なの?」

再度、心配そうにラウニィーが呼びかけ、トリスタンの手を掴んだ。

その指先から感じる温もりに、トリスタンは涙を零した。

ぎょっとしてそれを見上げたラウニィーが突然抱きすくめられる。

「…すまない、見ないでくれ。」

謝罪の声は震えている。

ラウニィーは迷わずにトリスタンの背に手を回した。

その手の平の温もりに怯える様にトリスタンが身体を震わせた。

「何があったの?どんな事でもいい、少しでも貴方の力になりたいわ。話さないでいる方が貴方の為というならもう聞かない。だけど、心配だわ。」

トリスタンの腕に力がこもり、ラウニィーは締め付けられる痛みに顔をしかめた。

「…母上をこの手で…殺した…ッ!!」

血を吐く様な、苦しそうなトリスタンの声。

「…え?」

「プレヴィアに捕らわれていたのは真実、私の母だった。」

「…そうだったの…。」

ラウニィーはそれ以上何も言わずにトリスタンの身体を抱きしめ、その顔に何度もキスをした。

額に、まぶたに、涙の流れた頬に。

不思議そうに顔を上げたトリスタンと、ラウニィーが見つめ合う。

「トリスタン。一人で辛いなら、私に半分背負わせて。」

ラウニィーが微笑む。

「私、貴方を愛しているわ。貴方の力になりたいの。」

「ラウニィー…。」

トリスタンはぽっかりと穴が開いていたような心の孤独が、彼女の笑顔と優しさで埋められた様な気がした。

レティシアを想う激しい気持ちとはまた別の、今度はゆっくりと全身に浸透していくような愛しさ―――。

自分の中にこんな気持ちがあったなんて。

トリスタンは思いを込めてラウニィーを抱きしめる。

そしてまるでそうなるのが自然であるかの様に、唇が重なった。

 

同時刻。

カノープスはやっと眠りについた娘の身体に毛布を掛けてやっていた。

トリスタンが、レティシアの命と母親の命を天秤にかけ、選んだのはレティシア―――。

その事実が重くて、レティシアは身体を縮こませて現実から逃げたがっていた。

夕方頃、フローランへの弔いの様に雨が降ったので、カノープスは彼女を少しの間逃がす事も出来なかった。

仕方なく相部屋の相手に、以前に勝ったゲームの借金をチャラにする、と言う約束で一晩部屋を貸し切る事にして今に至る。

その賭けの代金はちょっとしたものだったので、諦めるには未練があったのだが。

カノープスは規則正しい寝息を立てるレティシアに優しい眼差しを向けた。

初見の頃に残っていた少女めいた愛らしさは、今はもう無い。

ランスロットに恋をして、その恋が彼女から残っていた幼さを払拭させ、そしてその成長と共に恋は愛へと変わった…。

「いつまで、俺はこうしていられるんだろうな。」

溜息混じりにつぶやいた言葉と、つい先日デネブに言われた「役不足」という単語が重なり合う。

最近では特にランスロットへと向かうレティシアの背中を夢に見る。

いつかレティシアは、カノープスには見えない翼でここを飛び去っていく事だろう。

自分は彼女にとっては傷ついた時にのみ訪れる、ただの宿り木なのだ。

共に飛び立てる日は来ない事を知っている。

「…カノープス、起きているか?」

ドア越しのランスロットの鬼気迫る声音に、カノープスは思考をうち切った。

思考の迷路に陥りかけていたので、丁度良かったとばかりに立ち上がる。

レティシアの眠りの邪魔はしたくなかったが、それを気にしている場合でもなさそうだ。

それでもカノープスは、レティシアがこの部屋にいる事についてしばし逡巡したが、下手に隠すのもどうかと考えて彼女を隠したりせずにドアを開けた。

気づかなければ良し、気づかれたなら相手が相手なだけにどうとでも出来るだろう。

「どうした?」

「殿下がいらっしゃらないのだが、何か知らないか?」

「王妃様の部屋は探したのか?」

「…王妃様は、既に事切れておいでだった。だから、もしかしたらいらしていたのかもしれんが、定かではない。」

カノープスは顔色を変える。

「参ったな…。皇子とは、皆と一緒に会ったのが最後だ。その後は部屋に居たんでわからん。」

「そうか…。」

ランスロットは顔を曇らせた。

「実は、レティシア殿も留守の様なのだ。もし彼女が殿下と一緒ならば心配はないのだが…。」

「レッティなら一緒じゃない。」

「え?」

「レッティは単独行動だった。皇子とは別行動だ。」

ランスロットはいつもとは違って静かな室内に違和感をおぼえた。

確かこの部屋は相部屋で、カノープスと同じ有翼人であるランディとカインが居る筈だ。

泳いだランスロットの視線をカノープスはあえて止めなかった。

ランスロットは彼の翼と逞しい体躯にかくれるようにしてベッドに中に、女性が眠り込んでいるのを見た。

顔はカノープスの翼に隠れてうかがう事は出来なかったが、何よりも特徴的な長く赤い髪。

ランスロットは目を見張った。

「…何故、今の時間にレティシア殿がここにいる?」

「しぃっ、声が大きい。ついさっき寝たばかりなんだ、起こしたら可哀想だろうが。」

「……何故…。」

大きく開いた目は瞬きを忘れてしまったかの様にレティシアを凝視している。

「おい、今はそれより皇子の事だろうが!」

小声で怒鳴りつけ鎧の胸を殴ると、ランスロットはハッとしてカノープスに焦点を合わせた。

「他にこの事を知っているのは?」

「ああ、それなら…。」

ランスロットはカノープスに手早く説明をして、協力を得るとすぐにその場から離れた。

だが今はトリスタンの行方よりも、レティシアが何故カノープスの部屋に居たかという事で一杯だった。

彼女が部屋にいない理由を、トリスタンと一緒なのだろうと解釈した時、ランスロットは彼女にそうなる事を望んだ筈なのに胸が軋んだ。

以前は不可思議だった、この感情の正体を今は正確に理解している。

レティシアが選んだ相手であるトリスタンを、自分は痛みと羨望と嫉妬で眺める事だろう。

自分はこれから、心穏やかにそれを見る事が出来ない事など、理解っていた。

だが、これで彼女と自分は今までの様にやって行けるとどこかで安堵もあった。

これで、彼女を護り、妻とは別の形で彼女に一生を捧げられる。

そう思ったのに…。

ランスロットは知らずに胸のあたりを鎧の上から強く押していた。

まるで痛みを和らげようとするかのように。