STAGE21.滅びの都・シグルド

 

T.

男は、自らの強さに憂えていた。

国で一番強いと噂させた豪傑も、大陸一と呼ばれた英雄も、自分の前には容易く膝を屈した。

最強を詠われた怪物ですら相手にはならなかった。

男は、強さを求めるあまりに暗黒道に手を染め、やがてその道すらも極めた。

そうして男はより強い相手を求めて旅立ち、人間も魔物も問わず求め、流離った。

天竜・ディバインドラゴンの話を聞きつけ、シグルドを訪れたのは旅立って幾年過ぎた頃だっただろうか?

シグルドは『神々の庭』の名に恥じぬ、自然豊かで美しい島であった。

命あるもの全てが共存し、争いはここにはなかった。

だが男の目にはその楽園は酷く怠惰で不愉快に映った。

男が求めるものは、最強の名を冠する竜の中の竜。

天竜・ディバインドラゴンの命であった。

男は周囲の制止を振り切り、ディバインドラゴンの住む深山へと突き進んだ。

男は天竜の神々しい姿を見るなり、剣を構えて戦意を叫ぶ。

ディバインドラゴンの言葉を待たずに、男は舞うように流麗で、そして荒々しい猛き剣をディバインドラゴンにぶつけた。

天竜と、人の力を大きく超越した暗黒の竜騎士の戦いは、大地を、山々を削り、木々を薙ぎ倒し、街を破壊しながら幾夜にも及んだ。

誰もが男の愚かで身勝手な行為を呪った。

誰もが男の死を望んだ。

しかし、7日と7夜を数え、ついにディバインドラゴンが島中を震わす恐ろしい咆哮を上げて、倒れた。

男は全身を竜の血と自らの血で染めながらも、ついに得た最強の称号に打ち震えた。

『神々の庭』と呼ばれた楽園は、もうそこにはなく、戦いによって島中が荒廃していた。

だがそれすら男にはどうでも良いことであった。

天竜の目がギロリと男を見据えた。

『愚かな騎士よ、お前の、その閃光の如き短き生では決して贖えぬ咎故に、私はこの地に呪いをかける。幾つもの尊き命を奪った罪深きその身を厭え!』

天竜が事切れたその瞬間に呪いはシグルドを蹂躙した。

男の目の前で大地が大きく裂け、今まで気付かなかった人々の、動物たちの、植物たちの、命ある全てのものたちの嘆きと絶望が男を打ち据えた。

『呪われよ、騎士フォーゲル!』

それは、命あるものたちの叫びか、それとも天竜の嘆きか。

フォーゲルには判別することが出来ぬまま、突然眉間に走った激痛にうめき、その場に倒れた。

 

再び意識を取り戻したフォーゲルが見たのは、変わり果てた…そして大きく2つに割れてしまったシグルドであった。

僅かな命だけは残っていたが、フォーゲルを恐れ、誰一人、何一つ近づこうとはしなかった。

フォーゲルは巨躯を横たえたディバインドラゴンの死体に、首がそっくり無くなってしまっている事に気付いた。

あたりを見回しても、見つからず、フォーゲルは額に手をやった。

彼が困った時の癖なのであるが、その手が異質なものに触れて、フォーゲルはギョッとして手を離した。

今の感触は何だ?

フォーゲルは側に湧き出る泉を覗いた。

そして愕然とした。

そこにディバインドラゴンがいた。

フォーゲルは慌てて顔を上げた。そこには誰もいない。

どくん、とフォーゲルの中で血流がこだまする。

まさか……これが俺か?

フォーゲルは信じたくない思いで再び泉を覗き込んだ。

こんな馬鹿なことがあるものか!

フォーゲルは吼えた。

シグルドに初めての嵐が起きた。

僅かに残った命は風の前のろうそくの明かりのようにか細く消えた。

フォーゲルの耳にその絶望が突き刺さる。

…シグルドは、1人の騎士が起こした忌まわしい事件によってこの日、崩壊した。

 

U.

「…ここは?」

デボネアが眼下に荒廃した廃墟を見て誰にともなく呟いた。

レティシアはデネブやウォーレンに聞いていたとおりの島だ、とデボネアと同じ場所に立って島を見やる。

「多分、最後の天空の島、シグルドだ。」

「では世界最強の竜騎士フォーゲルの島か!」

「ほら、大地が南北2つに割れてしまっている。伝説のとおりだから、多分そうだろう。」

「向こうに街があるぞ。」

カノープスが飛び上がって、遠く離れた街を見つけた。

とりあえず5人は街を目指して進んだ。

目指した街では、見慣れた色の鎧の騎士が数人、警備配置についていた。

「あれは、オルガナの騎士団章だな…。」

「…俺は嫌な予感がする。」

レティシアは横を歩くカノープスの言葉に眉をしかめて頷いた。

これは、最悪の予想が当たってしまっているかもしれない。

アイーシャも珍しく可愛らしい顔をしかめていた。

意味のわからない2人だけが、悠然と後ろをついて来る。

そして、その予感が正しかったとすぐに思い知る所となった。

聖剣ブリュンヒルドの輝きを、オルガナとシグルドの古参の騎士が知っていた為、すぐに街の中へと招き入れられる。

町の外で見かけたオルガナの騎士は、先日、三騎士の一人フェンリルが住むオルガナから、フェンリルの危機を救うべく逃れて来た騎士達であった。

レティシアがフェンリルを無事に正気に戻すことが出来たと言うと、安堵の表情を一瞬見せて、再び引き締めた。

「我々がたどり着いたとき既に遅く、ラシュディの魔の手はフォーゲル様に及んでおりました。我々の力では、フォーゲル様を正気に戻すことはおろか、近づくことすら容易ではありません。」

「お願いです、勇者殿。フォーゲル様を…!」

レティシアはともすれば苦くなる笑いを、必至に微笑へと変えた。

「わかりました、出来る限りの事をさせて頂く。ここの責任者の方は?」

「私がシグルドの騎士団長をさせて頂いております。」

立派な口髭をたくわえた壮年の男性が名乗り出る。

「戦いに出る事の出来る騎士の人数を確認して、これから1刻以内に報告をお願いします。そして、明朝手出立予定として、備えをして下さい。」

「承知致した。」

 

5人はそれぞれに適当な部屋を貰って疲れを癒すことにした。

湯を借りて身体を洗った後に部屋の中に入り一人になったレティシアは、報告を受けた人数で可能な戦略を考えながら、ベッドに身体を投げ出した。

身体の疲れを自覚すると、連動するように目蓋が重くなってくる。

ドアの外では誰かが歩く音が、窓の外では時折獣の咆哮が聞こえた。

だが部屋の中までは届かない。

喧騒に包まれた世界から隔離されたかのような静かな部屋の中で、久しぶりにレティシアはつかの間の安らぎの只中にいた。

レティシアはまどろみかける意識を必至に繋ぎながら、右手を天井へ向かって伸ばす。

「…掴めなかったな…。」

拳をぐっと、握りこんでそのまま力を抜いて身体の横へと落した。

あと数瞬転移が遅ければ、あと数瞬早くランスロットの手が自分に触れていれば、シグルドで共に戦うことが出来たのに。

レティシアはそれが残念でならなかった。

振り向けば必ずそこにいた騎士は今、天地を隔てて遠く離れている。

「ランスロット、今は何をしている…?」

呟きに返る答えなどあるわけもなく、レティシアはそのまま、吸い込まれるように深い眠りに落ちた。

 

「…レティシア殿。」

ランスロットは遠く天空を見上げた。

シグルドと呼ばれる島が天の何処にあるかは知らない。

しかし今、レティシアが自分を呼んだ気がした。もちろんただの勘違いかもしれない。

彼女が自分を呼ぶ理由はないのだから。

ランスロットはじっと自分の掌を食い入るように見つめ、溜息をついた。

もう少し早ければ、彼女の手を取ることが出来た。

「今、貴方は何をしているのか…。」

無事に帰って来て欲しい。

そうしたら、まだ自分が護ってあげられる。

今以上に傷つかないように見ていてやる事が多少なりとも出来る。

今のように離れてしまっていては、それすらも叶わない。

「神よ、彼女にご加護を。」

ランスロットは自らが吐く白い息を眺め、そしてもう一度天を見上げた。

 

V.

「今日は随分と顔色が良いな。」

デボネアに指摘されて、レティシアは困ったように笑った。

「いつもそんなに切羽詰った顔をしていたか?心配をかけていたなら謝る。」

「そうではないが、一昨日の夜は随分と悪かったから、あれから小なり気になっていた。」

「ああ…なるほどね。」

レティシアは言われて一緒に色々なことをも思い出した。

確かにあの日は、トリスタンの事で混乱していたし、明かりの落ちた闇の中に人がいるなどとは思っていなかったから、ありのままの自分でいた。

リーダーの仮面を外せば、もろいだけの、甘ったれた自分が残る。

それは自覚していた。

「まぁ、無理をして全てを抱えようと思わないほうがいい。女が悩んでいいのは恋人についてだけだぞ。」

レティシアが思い患う事の全てを、この戦争についてだけだと思っていた為、デボネアは全くの冗談でそう言った。

内心ぎくりとしたものの、レティシアはそれに調子を合わせる。

「そうだな。恋人が遠い空の上じゃ、ノルンが大変だ。」

「違いない。さっさと我らが母なる大地に戻るとしよう。」

「レッティ様、こちらへどうぞ。」

アイーシャが招くコッカトリスの背にレティシアは乗り込む。

レティシアたちのいる街・エンテペは南シグルドにあり、フォーゲルが待つシグルド城は北シグルドの北西の端に位置する。

そして南と北の大陸を繋ぐ道は、遠回りになり、その先には険しい山岳地帯が待つ。

徒歩では数日かかる上に帝国軍も控えている。

多少のリスクを伴うが空路が無難と思えた。

幸い珍しく雲が低く、シグルドは靄に包まれている。

「はぐれるなよ。」

「ぬかせ。誰がそんなヘマをするものか。」

ギルバルドの軽口を流して、カノープスが真っ先に翼を広げた。

次々とシグルド城へ向けて大地を蹴って、大空へと舞った。

途中遭遇した帝国軍をシグルド騎士団が打ち倒していく。

レティシアたちは思惑通り、全ての力を温存したままでシグルド城へと降り立った。

「勇者殿に、神のご加護がありますように!」

「フォーゲル様をお願い致します!!」

レティシアは期待を負うて、片手を挙げて声に応え、城の中へ突き進んだ。

外にはたくさんの帝国軍と竜を放ってあったわりに城の中はがらがらであった。

フォーゲル自身もいないのではないかと思え始めた頃、全員が一同に同じものを感じて足を止め、得物を構えた。

まだ見えないこの廊下の先に、とんでもない威圧感を伴って歩いてくるものがいる。

コツン…。

靄は朝日を受けて緩やかに晴れ始めた。

コツン…。

こうして黙って対峙しているだけでも、本能的な危機感に悲鳴を上げて逃げたい程の震えが来る。

間違いなく、最強の名を冠した男が、今に目の前に現れるだろう。

コツン…。

やがて靄は恥らうように消えうせ、朝日の光がついにその騎士の全身を照らした。

竜の頭に人間の身体。

ガツッ。

竜頭の騎士がブーツの踵を打ち鳴らすように立ち止まる。

それだけの動きであったのにもかかわらず、恐怖に似たものに背筋が引きつる。

竜の双眸は紅く、そして昏い光をたたえていた。

「…ラシュディ様に逆らう愚かな者達よ…。…この天界を荒らす悪しき下界の殺戮者たちよ。…我が剣を受けてみよ…!」

フォーゲルは手にしていた長剣を独特の形に構え、床を蹴った!

その攻撃を予測していた筈のデボネアが、フォーゲルの剣撃の重さに数歩後じさる。

すかさずギルバルドの鞭がフォーゲルの足を狙い済まして放たれたが、易々とかわした。

だが再び距離を取る事はせずに強引なまでの強さでこちらを圧倒した。

間違いなく、スルスト・フェンリルよりも強い。

レティシアは隙のない攻撃に晒されながらも活路を見出す事を諦めなかった。

フォーゲルの剣が迫った瞬間、一度の好機を見逃すまいと全神経を集中させて時を待った。ぎりぎりまで引き付けてから、

「フォーゲルッ!」

レティシアは叫び、自らの左腕を切り裂いた。

溢れ出した鮮血がフォーゲルの視界を一時奪う。

レティシアは迷わずに聖剣から手を離して、胸元のタロットカードに手を伸ばす。

聖剣は落下する前に、ギルバルドの鞭が絡め取った。

カノープスとデボネアの攻撃を受けて、フォーゲルがたまらず距離を取った。

そしてレティシアが選んだカードは…

「我が右腕は汝の剣!我が左腕は汝が盾!我らの前に立ち塞がりし愚かなる者へ速やかなる死を齎さん!汝、名をエンペラー!!」

タロットの魔力は、我々に高揚感を与えた。

じっとしているとまるで弾けてしまいそうだ。

今戦闘何度目かのアイーシャのヒーリングが、皆を癒す。

レティシアはギルバルドから聖剣を受け取ると、今度はこちらから仕掛けた。

フォーゲルは失った視界を取り戻そうとしていたが、その間にカノープスの棍棒がフォーゲルの嘴(?)を跳ね上げ、ギルバルドの鞭が彼の首に巻きついて、その場に引き倒した。

フォーゲルはその首に巻きついた鞭を掴み、渾身の力を込めて引く。

「うおっ!」

「うわぁっ!?」

ギルバルドの身体が宙を舞って、フォーゲルへと迫っていたレティシアに激突して数メートル先へ滑っていく。

続くカノープスとデボネアの攻撃を辛くもかわして、転がるようにして体勢をなおす。

「ちっ。逃したかっ!」

カノープスが舌打ちし、得物を握りなおした。

レティシアとギルバルドも起き上がる。

だが、レティシアのきき腕は不自然な形で曲がったまま垂れ下がり、ギルバルドはアバラの辺りがみるみる紫色に変色していた。

「レッティ様、ギルバルド様ッ!」

アイーシャが駆け寄って魔法を唱える。

レティシアはギルバルドを頼む、と言い残して、カノープスの隣へと並んだ。

額に浮かぶ脂汗がなければ、痛みを我慢している事すらわからない、実に巧妙な表情である。

「駄目だ、下がっていろ!」

「馬鹿を言うな、2人でどうにかなる相手かッ!相手はまだダメージらしいダメージもありはしないッ!」

カノープスをレティシアは一喝した。

「大丈夫だ、私は死にたがりなどではない!…絶対に生き延びてやる!」

「もちろんだ。」

レティシアの言葉をデボネアが受ける。

デボネアは一風特殊な構えを取った。

「この技は時間がかかる上に後が続かない、だからフォローを頼むぞ。」

フォーゲルが咆哮を上げ再び遅いかかって来る。

カノープスの奮闘とデボネアの技量、そしてレティシアの体捌きをフォーゲルはいなしながらも、どちらも決定打を与えられずに戦いは長時間に及んだ。

その最中、デボネアの剣がついに風を纏った。

風を切る音と共に剣圧から生まれた真空が、フォーゲルの身体に無数の傷を刻みだす。

だがこれはまだ彼が真に望む技の、ほんのはじまりに過ぎない。

デボネアは体内のボルテージを最高まで高め、剣気を一気に叩きつける為に神経を尖らせる。

太刀捌きの速さが音速に近づいて、風から真空を纏うまでになった。

「…行くぞ、我が必殺の剣・ソニック・ブレイド!!」

デボネアが吼え、ついに剣を振り下ろす。

空気すらをも切り裂いてソニック・ブレイドはフォーゲルの胴を捕らえた!

「グワァァァ!」

今までうめきすら上げなかったフォーゲルが悲鳴を上げ膝を屈する。

「今だ、レティシア!」

「…ブリュンヒルドよ、今こそその聖なる力を!」

レティシアの言葉にブリュンヒルドが呼応して魔力を高める。

真白い聖なる光を爆発的に燈して、ブリュンヒルドがフォーゲルに打ち下ろされた。

「ヴガァァァァァッ!」

フォーゲルは胴を薙がれ、地獄の底から聞こえてくるような怖気立つ響きを持った絶叫を放ちながら血を吐いてどう、とその場に倒れた。

至近距離からのデボネアのソニック・ブレイドの威力で、鎧に亀裂が走っていたのだろう。

利き腕ではない左腕で、例え渾身の力を振り絞ったとしても彼を傷つけるには至らないはずなのに、聖剣はフォーゲルの鎧を切り裂いていた。

どくどくと、血が流れて床に広がる。

「アイーシャ!」

呼ばれて顔を上げた彼女は、ギルバルドに2.3言言ってから駆けて来て、フォーゲルに治癒の光を投げかけた。

アイーシャの額にはびっしりと汗が滲んでいる。

「助かるか?」

「常人では無理でしたでしょうけれど、流石は天空の騎士様。大丈夫です。」

「ギルバルドは大丈夫か?」

「…折れた骨が内臓を傷つけたようです。けれど1週間もかかれば大丈夫ですわ。」

アイーシャの言葉に気が抜けて、レティシアはその場にぺたりと座り込んだ。

本当はギルバルドの側へ行きたかったのだが身体が動かない。

やがてむくりとフォーゲルが上体を起こした。

 

W.

「グ…これは一体?」

眩暈のする頭を抑えて、まずレティシアを見つめ、その手のブリュンヒルドを確認する。

「そうか…オレはやつらの術に…。君達がオレにかけられた魔法を解いてくれたのか…。とりあえず礼を言わせてもらう。」

「いえ、騎士フォーゲル。私たちはやむを得ず貴方を殺そうとまで致しました。その非礼をお詫び致します。」

レティシアは床に額がつく寸前まで深く頭を下げた。

「フム…確かに胸を斬られたようだが…こんなものでは死ねぬ。安心しろ。」

「は?」

ちょっと、論点が違う。

「それよりも、名前はなんと言う。」

「レティシアですが…。」

「レティシアか。聖剣の担い手たる勇者よ、敵は帝国か?ならばこのオレもお前たちと一緒に帝国のやつらと戦ってやろう。ラシュディにはこの礼をしなけりゃならんしな。」

「わっ!」

フォーゲルは勝手に話をつけると、レティシアを抱き上げた。

「ついて来い。」

4人を促すと、フォーゲルは先に廊下を進む。

ややあっけに取られていた4人は、フォーゲルの背中から覗くレティシアのピンと張った足(抵抗したいけど出来ない為に身体に力が入るのだろう)を見て、慌てて後を追った。

城のエントランスに立ち、その無事な姿を騎士団に見せるとフォーゲルは声高に言った。

「オレは下界に降りて、反乱軍の共に帝国へ向かう!島の留守を頼むぞ!」

騎士団の返事を待たず、フォーゲルは再び反転して城の中へ戻る。

背中越しにフォーゲルの無事を喜び、新たな使命に歓声が上がっていた。

 

フォーゲルはそれから一室に寄り(私物があったので、彼の部屋と思われる)、レティシアを降ろした。

そして彼女の折れた骨をまっすぐにして添え木を当てて包帯で巻く。

「どうだ?」

威嚇でもされているかのように鋭い口調に、レティシアは怒られているのかと不安になった。

とにかく竜頭からは表情が読み取れない。

それを読んだか、フォーゲルはレティシアの側を離れバルコニーに出て行く。

戻ってきた時にはその手の中に、一輪の鉢植えの花を持っていた。

それをレティシアに手渡した。

「わ、綺麗…!」

横からアイーシャが感嘆の声をあげると、フォーゲルの眼光が一瞬光をなくした。

それが微笑だったと知るには、もう少し時間が要ってからだったが。

レティシアの笑顔に、満足したようにフォーゲルは荷物を手早くまとめ、再びレティシアを抱き上げる。

「行くぞ。ついて来い。」

「あの、フォーゲル様!」

アイーシャがそれを止める。

「何だ?」

「何故、レッティ様に応急処置をなされるのです?私がヒーリングをした方が早いではありませんか。」

「…それ以上魔法力を使えば、今度はお前が倒れるだろう。」

「それは困る。」

反論しかけたアイーシャを遮るようにレティシアが続ける。

そしてアイーシャがそう言い出したのは自分がフォーゲルに抱えられているからだと考えた。

「フォーゲル様、私を降ろして下さい。」

「何故自らを削りたがる。オレとの戦いは確かに終わったが、だからと言って無茶をしていい道理はない。手を貸してくれる者がいるのだ、その好意に甘えるがいい。」

フォーゲルはぴしゃりと言い放って、再び歩き出した。

レティシアはこれ以上彼に反論することを控えて、言葉に従う。

ぶっきらぼうな言い方ではあるが、優しい男だった。

彼が向かった先は、城の最奥。

カオスゲートのある部屋だった。

門を開き、光の渦に次々飛び込んで行く。

その際にフォーゲルはこの場にいない友人を思い、呟いた。

「これがお前の望みなのだな…?」

「? フォーゲル様、何か?」

「いや…ただの感傷だ。行くぞ。」

 

そして再び我々が生きるべき場所、母なる大地へと―――。