STAGE14.オルガナ

 

T.

オルガナへ訪れたレティシアたちは、フェンリルもやはりラシュディによって強力な魅了の魔法をかけられている事を知った。

オルガナ騎士団の騎士たちも、フェンリルを相手に戦う事も逃げ出す事も出来ず、街を固く閉ざし打開策の無いままに数日を過ごしていた。

スルストの姿を見つけた騎士団が彼の回りに殺到する。

彼は少しだけ真面目な調子で今までの経過を話し、そしてくるりとレティシアたちを振り返った。

「レッティ、アイーシャ、他の皆も少し街でも回って来るとイイデス。ワタシは彼らと少し話があるのでノープロブレム。」

笑みをたやしていないものの、我々をやんわりと遠ざけた。

レティシアたちはそれに気付かないフリをして街を回る事にした。

「女のコ同士で買物しまショ。」

デネブがレティシアとアイーシャの手を繋いで颯爽と街に繰り出す。

後を付いて来ようとしたランスロットとカノープスを迷惑そうに睨んで

「シツコイ男は嫌われるんだカラ。あっち行っててチョーダイ!」

と手で追い払った。

幾らか店を回り、魔法に関連するものを買いこんで、デネブはご満悦で足取り軽く2人の前を歩いている。

ムスペルムと違いオルガナの住民は我々下界からの来訪者を快く思っていないようだった。

もちろん、ムスペルムでも厄介者として見られていなかった訳では無いが、オルガナほどあからさまな嫌悪を向けられることもなかったのである。

レティシアの足元に小石がぶつかった。

「……。」

あまり彼らを刺激しない方がいいだろう、とレティシアは2人を呼び、バルデラの街へ戻る事にした。

「チョット待ってて。ココの店だけ…。」

下の大地では見る事も出来ない珍しい品がたくさんある為、デネブはちょくちょく足止めされる。

アイーシャがそれに付き合い、レティシアは店の外で待つ事にした。

「……。」

初老の僧侶がレティシアに声を掛けて来た。

「もし、そこにおられるのは反乱軍の方か?」

レティシアの肯定に、僧侶は破顔する。

「よくぞ、このオルガナまでおいでくだされた。待ち焦がれていました。さあ、さっさと帝国のやつらを追い出してくだされッ!!この下界の野蛮人どもめッ!」

彼の顔が憎悪に歪み、手にしていた僧侶の杖がレティシアの額を強かに打ち据える。

右の視界が赤く染まった。

「チョット!何してるのヨッ!!」

「レッティ様!?」

「やめろデネブ!…すまない…。」

店を出てくるなり魔法を唱えかけたデネブを叱り付けて、レティシアは僧侶に頭を下げた。

杖を避ける事など容易に出来た。

あえてそれを受けたのは、この島の混乱の中心に自分が関与しているという負い目があるからである。

僧侶はまだ何か罵ろうとしていたが、デネブとアイーシャのキツイ視線に気圧されて鼻息荒くその場を去った。

静かだった回りに、ざわめきが起こり始める。

レティシアたちもすぐにその場を後にした。

 

今だ興奮冷めやらぬデネブを諌め、アイーシャによって傷を癒してもらったレティシアは予定通り街へと引き上げる。

カノープスとランスロットは暇を持て余して戦闘訓練の途中であった。

カノープスの棍棒と翼を駆使した上からの攻撃に、ランスロットは怯む事なく剣を繰り出している。

ランスロットの手中のカラドボルグは彼の気迫を刀身に現し、発熱していた。

思いの他彼の手に馴染んだ様子で、ランスロットの剣戟を一層高めている。

上空へ飛び上がりかけたカノープスが視線を少しずらす。

「お、レッティ。」

「何?」

ランスロットの集中力が途切れた瞬間をカノープスは狙った。

「うわっ!」

派手に尻餅を付いたランスロットを見下ろして笑う。

「今のは卑怯だろう、カノープス。」

「戦いの間に油断すんなって事だ。…これで舎弟決定だな。」

「…むむ。」

「何が舎弟だ、今のは卑怯だろう。」

レティシアが呆れた顔で口を挟んだ。

カノープスもそれを否定せずに悪戯が成功した子供のような顔で笑っている。

「ランスロットを騙すのに、私を引合いにするな。」

「レッティが見えたのは嘘じゃねぇよ。お前の赤い髪は目立つからすぐ見つけられる。」

笑いながらレティシアの髪に触れる。

「…レティシア殿、どこか怪我でも?」

「えっ?」

「手袋についているそれは血ではないか?」

ランスロットが目ざとく指摘した。

違う、と否定しかけたが、デネブが待っていたように大声で言う。

「チョット聞いてヨォ!あのジジイったら血が出るほどレッティの事叩いたのヨッ!」

「…デネブ…。」

口止めはものの10分で効力を失っていた。

目の色を変えた2人にレティシアは慌てて手を振る。

「痕も残らない。大丈夫なんだ!」

「…私だって、レッティ様が止めなかったら烙印くらい灼き付けてあげましたよ。」

「アイーシャまで…」

「だって!レッティ様だって好きで天界を戦いに巻きこんだんじゃないです。ラシュディが巻き込んだから、結果として来ているだけでしょう!?それをレッティ様がそもそもの原因みたいに言って…!!」

「アイーシャ、それは違う。我々下界の人間が天界を戦いに巻き込んだのは確かだ。ラシュディだって、我々がここまで帝国を脅かさなければ天界に手を伸ばさなかっただろう。」

「イイエ、そうではアリマセーン。」

スルストが何時の間にか側に来ていて、レティシアの額に優しく手を触れる。

「レティシアが帝国を追い詰め様と追い詰めまいと、彼はやがてコノ天界に争乱を起こしたデショウ。貴方が気に病む必要はアリマセン。優しいデスネ、貴方は。」

スルストがギシッと身体を硬直させた。

雰囲気で騙して抱きしめようとしていたのをレティシアが気付いたのだ。

僅かに鞘から刃を見せるブリュンヒルドを見てスルストは動きを止めている。

「とにかく、今度あんな事があったら私は我慢出来ません。」

胸に下げたロザリオを指が白くなるほど握り締め、アイーシャの瞳が怒りで燃え上がっていた。

 

U.

天空の三騎士の一人、氷のフェンリル。

彼女は聖なる父の命令に背いた罪人と言われている。

聖なる父はかつてオウガバトルと呼ばれた戦乱で、人間に手助けした事を悔やんだ。

何故ならオウガバトルが終結した後になっても、人間は争いを止めようとしなかったからである。

聖なる父は天空に住む、他の神々や戦士達に下界に関わるべからず、との命を降した。

だが一人、下界を哀れんだフェンリルは命令に背き、聖剣ブリュンヒルドを地上に残す事で一つのチャンスを与えたのだった。

「人間にチャンスを与えずして、信用しようとしないで神は何をするのか!」

『そうまで言うのなら、フェンリルよ。我が命に背いた罪人としてその地に繋がれるがいい。聖剣ブリュンヒルドがお前の封印を解くまで、この地から出ることは叶わぬ!』

それから、永い時間をこのオルガナで過ごした。

だからこのオルガナが流刑地と呼ばれていても実際の罪人は、フェンリル一人なのである。

人間を信じた心が揺らぐまで時間がかかった、しかしそれでもブリュンヒルドを持つ人間は現れない。

彼女はやがて戦乱の絶えない下界を哀れんで、いっそ騎士などの地位を捨てて、天に召される日が来ないものかと嘆く毎日であったと言う。

彼女が笑顔を見せたことがないというのも、それが大きく起因していると思われた。

「それでもネ、レティシアがブリュンヒルドを手にしたと知ってからのフェンリルさんは明るくなったデス。」

スルストはにっこりと笑った。

レティシアたちはモガディッシュの街を経て、ついにオルガナの城へ至った。

「では、レッティ。フェンリルさんをヨロシクお願いするデス!」

ザンジバルの剣から発せられる火炎が、タロスの動きを牽制する。

続く余波は、プラチナドラゴンの強固な鱗を焦がすまでで留まった。

「この城では殺したくアリマセーン!フェンリルさんを悲しませマース!!だから、一刻も早くフェンリルさんを救ってクダサイ!」

スルストの攻撃は、我々から見るならば荒々しいものではあったが、殺さない程度の手加減はされていた。

レティシアはスルストに握った拳を高々と掲げて応える。

そのまま、大理石造りの冷たい床に靴音高く進むと、精神的圧迫感を伴う暗黒の瘴気が濃く立ちこめて行くのを感じた。

レティシアの先を行くランスロットとカノープスが歩を緩め、そして立ち止まる。

「レティシア殿、あれを。」

エントランスに佇むシルエットを確認してランスロットが構えた。

蒼い鎧に映える金の髪、冷たい美貌…そしてスルスト同様に瞳が昏く淀んでいた。

「…ラシュディ様に逆らう愚かな者たちよ…。…この天界を荒らす悪しき下界の殺戮者たちよ。…我が剣を受けてみよ…!」

フェンリルの剣が窓から入る僅かな陽光に光を返して煌いた。

初めの一撃は、ランスロットが制す。

カノープスと同時にレティシアが打ちかかるが、フェンリルはそれを引いてかわした。

「距離を与えるな!」

レティシアが叫び、ランスロットとカノープスが応える。

フェンリルの切先が再びレティシアを狙い定めた。

レティシアが受身に回ると、ランスロットとカノープスが攻撃へ転じる。

3人のコンビネーションはフェンリルを少しずつ押して行った。

だが、能面の如く変化のない冷たい美貌は歪む事もなく、身体だけが少しずつ後ろへ下がっているだけであった。

まるで、何かを誘っているかのように。

フェンリルの呼吸が変化したのにレティシアが気付いた。

ふと感じた嫌な予感に、2人を庇う様にレティシアが踏み込む。

フェンリルとレティシアの剣が激しくぶつかった。

「うわっ!」

大気が切り裂かれ、レティシアを無数の真空が襲い、鎧が紙切れの様に容易く切り裂かれる。

だが、フェンリルのソニック・ブームを最後まで撃たせなかった事でその威力は半減させていた。

「聖なる父よ、御慈悲を…!」

アイーシャの声がレティシアを包む。

そしてソニックブームの後に生じたフェンリルの僅かな隙を見逃さず、ランスロットのカラドボルグがフェンリルを斬った。

僅かにフェンリルの美貌が歪む。

続いてデネブのファイアストームがフェンリルを焦がすが、ダメージを受けた様子もなくフェンリルの鋭い攻撃は我々を脅かした。

そしてレティシアの負傷がもたらした劣勢は、だんだんと姿を現し始めた。

ランスロットもカノープスにも次第に浅いとは言えない傷が目立ちはじめる。

タロットカードの魔力を放出する隙がない事も、レティシアが焦燥している理由であった。

フェンリルの剣戟のスピードが更に回転を上げる。

さばききれなくなったレティシアがとうとうレティシアがフェンリルの凶刃をまともに受けて吹き飛ばされる。

新調した筈の鎧は衝撃を受け止めきれずに砕け、仕舞っていたタロットカードがあたりに散乱した。

数メートル先の床に強かに身体を打ち付けて声が詰まる。

「……ッ!!」

「レティシア殿ッ!!」

「レッティ!!」

大丈夫だ、と言おうとしたが喉に込み上げた血がそれを許さなかった。

おびただしい血を吐いてレティシアがその場にうずくまる。

「レッティ様!」

アイーシャの手を借り、血溜まりで滑る床に手をついて、レティシアは辛うじて立ちあがった。

その姿を見たデネブが眉を寄せる。

「ランス坊や、カノぷ〜!!どいてッ!!!」

デネブの声に2人が飛び退った。

デネブの上空を中心に肌を焦がす熱量が集中している。

「ストライクノヴァ!!」

「!?」

フェンリルの目が見開かれ、形相を変える。

デネブの放った超高温の光球はフェンリルをかすめ、その背後の壁を熔かして大きな穴を穿った。

間髪なく続いたカノープスの一撃がフェンリルの態勢を崩すに至る。

レティシアは力を振り絞って血が混じった祈りをあげた。

「…ブリュンヒルドッ!」

レティシアの言葉にブリュンヒルドが呼応して魔力を高め、真白い聖なる光を爆発的に燈した。

アイーシャの手を離し、余力全てを継ぎこんでフェンリルに突進する。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

耳を塞ぎたいほどに怖気立つ悲鳴を発して、フェンリルから殺気が霧散して行く。

悲鳴が途切れ、再び城を静寂が支配すると、フェンリルは糸の切れた人形さながらにそのまま床に倒れ付し、動かなくなった。

同時に、レティシアもブリュンヒルドを取り落とし、その場で崩れ落ちた。

2人共完全に気を失っている。

「レティシア殿!」

助け起こしたレティシアの顔色は蒼白で、冷たかった。

 

V.

「アイーシャ…」

「駄目です、体力の消耗が激しすぎていて治癒魔法をかけるのは危険です!」

治癒魔法は対象者の体力を基に怪我を治す仕組みである。

今のレティシアにかける事は、今ある僅かな体力を根こそぎ奪うという事である。

そうなれば返って命を危険に晒してしまう。

打つ手なく、彼女が死に至るのを見届けなくてはならないのだろうか。

誰もが戦慄する考えであった。

やがてフェンリルが額を押さえながら起きあがり、こちらを見る。

「あ…。私は一体…。あなた方は…?ああ、そうね…ラシュディとかいう魔導師が現われて…それから…その娘は?」

ランスロットの腕の中のレティシアに目を止め、次第にはっきりとする記憶に顔をしかめた。

靄がかかった様に不鮮明ながらも、彼女を斬り付けた感触が手に残っている。

フェンリルは軽やかに立ち上がった。

そして彼女の細く長い指先が1枚のタロットカードを拾い上げた。

「慈愛の教皇よ、如何なる不純な誘惑も彼女の耳を届く事はなく、神の愛を実践せし彼女の慈しみはあまねく心に響かん。プリエステスよ、彼女に力を…。」

タロットは、レティシアに暖かな光を投げかけた。

レティシアの傷が癒え、頬に桜色がわずかに戻る。

「ん…。」

皆が見守る中、レティシアの唇が震え小さな声が漏れた。

「レティシア殿!」

「…え…ランス…ロット?…フェンリル…。」

朦朧としている目を必死に開けて、皆を見回し、そしてその少し後ろに立つ女性を見上げた。

別名・氷のフェンリルはレティシアたちに向かって頭を下げる。

「…私は操られていたようね。貴方達のおかげで助かったわ。ありがとう。感謝します。…そして」

フェンリルはレティシアに負担がかからない様に優しく抱きしめた。

「待っていたわ…神に祝福された勇者…私をこのオルガナから解き放ってくれる貴方を…!」

 

レティシアの怪我はプリエステスの魔力で回復傾向にあった。

1日寝込んだだけで翌日には元通りに振舞っている。

ただ、貴重なタロットの魔力を自分に使ってしまったことをまだ悔やんでいたが。

そんな中、フェンリルはオルガナを騎士団たちに任せ、反乱軍へ身を投じる旨を告げた。

スルストと同様にオウガバトルの再来を予感しての申し出である。

レティシアはそれを歓迎した。

「…あら、顔の見えない者がいるわね。」

フェンリルの言葉に騎士団が答える。

「帝国の追っ手から逃れた者のうち数名が竜騎士フォーゲル様の住むシグルドにへ向かいました。フォーゲル様の力を借りてフェンリル様にかけられた魔法を解こうとしていたのですが…。」

「…遅すぎるわね。」

「エエ、もしかしたらシグルドも帝国軍の手に落ちたのカモ…。」

フェンリルとスルストはその予測が外れている事を祈った。

三騎士の中でもフォーゲルの剣は、ずば抜けている。

2人が力を貸したとしてもフォーゲルには勝てる確証がないのである。

それほどまでにフォーゲルは剛の者であった。

「ともかく地上に戻りましょう。貴方も下界が心配でしょうし、仲間も心配しているでしょうから。」

フェンリルはオルガナ城の裏のカオスゲートをブリュンヒルドの力を借りて開く。

次々にサークルの中に消えて行くレティシアたちを見送り、最後に1歩踏み出した。

しかしフェンリルは立ち止まって空を仰いだ。

空と同じ蒼色の瞳が細められる。

「聖なる父よ、永い…永い時を要しました…。」

それは充足からか、哀愁からか…誰にもフェンリルの言葉を聞いた者はいない。