STAGE13.ムスペルム

 

T.

自らを包む白光が薄れていくと、今まで居た場所とはかなり違う景色に驚いていた。

「ここ…は。」

空の蒼が心なしか薄かった。

ランスロットの驚きをよそに、レティシアはふとある事に気が付いて、落ちつきなくそわそわしている。

「あの…ラ、ランスロット…。」

「ん?」

「その手を離せって。」

カノープスがレティシアの腕を掴んだままのランスロットの手首に、軽く手刀を食らわせた。

「カノープス!?」

「おう。そっちにデネブと、アイーシャがいるぞ。」

「ハァイ

「つ…ついて来てしまいました。」

驚くレティシアの腕から、ランスロットの手はまだ離れていない。

カノープスが再度手刀を食らわせた。

「テレポーテーション、ネ。」

デネブが恐れる様子も無く、白い光をわずかに残した魔方陣のサークルから足を踏み出した。

それに続くようにレティシア、ランスロット、カノープス、アイーシャがゆっくりと大地を踏みしめる。

「…ずいぶんと風が強いな。」

カノープスが少しだけ眉根を寄せた。

レティシアが皆より少し先まで歩いて、何かを見下ろしていたが、カノープスを振りかえる。

「ここが上空だから、だろうな、それは。」

「お前、何言って…」

歩み寄ったカノープスは絶句した。

レティシアが見ていたのは、雲を間に挟む様にして遥か下方に広がる、我々の大地であった。

「ワー、絶景〜。実際、来る事になるなんて思っても見なかったワァ。」

「勿体ぶらないで、ここが何処か教えてもらえないか?」

ランスロットが急かすので、デネブは小さく微笑んだ。

「ブリュンヒルドでゲートをくぐったでしョオ?…ここは多分、天空都市ヨ。」

ランスロットが息を呑んだ。

「加えて言うと、愛と自由の女神フェルアーナの住まうシャングリラ、天空の3騎士の赤炎のスルストの住まうムスペルム、氷のフェンリルの住まうオルガナ、竜牙のフォーゲルの住むシグルド。この四つが実在するの。見たところ、火山が多いようだから…多分ムスペルムだと思うワ。」

デネブの説明を聞かず、レティシアとアイーシャは、下の風景に興奮している。

「すごいですねー、ここで足滑らせたり足場が崩れて落ちたら、ひとたまりもないでしょうね。」

「…アイーシャ、怖いことをさらっと言うな。」

レティシアは引きつったような顔でアイーシャの横顔を見ていた。

「しかし、帰ったらウォーレンたちにどやされるだろうなぁ…。」

「今回は不可抗力でしょう?仕方ありませんよ。」

「……………なぁ、それよりも。」

カノープスがガシガシと頭をかいた。

「どうやって帰るんだ?」

「え?」

降り返った先にカオスゲートはすでになかった。

聖剣の共振など微塵も感じない。

道は完全に閉じられていた。

「カノー…」

「俺の翼はこんな上空の気流には耐え切れねぇよ。下降の途中に突風でも吹かれたら、大地まで真っ逆様に行っちまうぞ。」

もう一度カオスゲートの会った場所を見る。

「………………………………それじゃあ、どうやって帰るんだ?」

「だからそれは俺が聞いてる!」

一陣の風が吹き抜ける。

その回答を持つ者は誰もいなかった…。

 

U.

少し行った先に、アルカトンという街があった。

取合えず帰る方法を知る為にも街へ向かう。

門は固く閉じられていた。

レティシアたちの呼びかけに、ややして門が開けられ、見なれない鎧と紋章の騎士が出て来る。

これが天空の騎士軍なのだろうか。

「ゼテギネア帝国と戦っている反乱軍の方々ですね?」

「はい。スルスト様にお会いしたいのと、地上へ向かうカオスゲートを捜しています。」

「まずは街の中へ。」

騎士団の一人が促すまま、レティシアたちは街の中へ入った。

再び門が固く閉ざされる。

何か物々しさを感じて、レティシアが騎士団を見る。

「このムスペルムは天空の三騎士の一人、赤炎のスルスト様が治める天空の島です。帝国軍はスルスト様を仲間に引き込むために、この島にやって来ました。そして協力を断ったスルスト様に、魔導師ラシュディはチャームの魔法をかけたのです。」

「…そうか。」

予想はしていたが、ラシュディは随分とこちらの先手を打っているようだ。

「スルスト様にかけられた魔法はかなり強力なものだったらしく、教会の神父が集まり、祈りによって魔法を解こうとしていますが、一向に効果が現われません。」

「ラシュディの魔法が祈りなんかで解けるものかよ。」

「祈りだけで物事成し遂げられるなら人間苦労しないワヨ。」

カノープスの悪態にデネブも乗る。

「ランスロット、2人を黙らせておいてくれ。すみません。」

最後の謝罪はムスペルム騎士団に向けてのものだ。

「いえ、構いません。その通りです。…スルスト様は自分の意志を失い、今では帝国に従う将軍の一人です。さすがにスルスト様が相手では戦うことが出来ませんし、三騎士様はドラグーンと呼ばれる最上の騎士位です。別名『竜騎兵』とも呼ばれ、ドラゴンなみの攻撃力と守備力を誇っていますから、戦っても負けるのがオチです。…ですが、なんとしてもスルスト様の魔法を解かなくては…。どうか、力を貸して頂けませんか?」

「もちろんです。もともと天空の人々は我々が巻き込んだだけですから…責任は我々にある。それで、具体的に解決策はあるのですか?」

「……想像もつきません。」

「アタマ、ガツーンとやってやるのヨ!」

「デネブ!」

懲りずに口を挟んだ魔女を怒鳴りつける。

だが、軽く挙手をしてアイーシャが喋り出した。
「あの、デネブさんは言い方がアレですけれど、魔法の解呪は本人の精神力もとよりですが、外的ショックによって解呪された例もあるので、あまり非建設的意見とは思えませんけれど…。」

「アイーシャまで、ガツーンとやれって言うのか。」

「まぁ…言っちゃうとそうです。聖剣の力を借りて、ですけれど。」

言われて、レティシアは自分の腰からぶら下がる剣を見つめた。

そして苦笑いを浮かべる。

「天空の三騎士の一人相手に、1発か。叩き込める自信はないんだが…やるしかないか。」

「スルスト様も、もとは勇者殿と一緒ですよ。神々の仲間ではなく我々と同じ人間です。」

「え?しかし…。」

「天に召された時に聖なる父から永遠の命を与えられ、神の戦士として生まれ変わりましたが、三騎士は元々下界の戦乱で戦われた勇者だったとか。貴方も聖剣に認められた勇者でしょう?」

遠回しに基礎は同じだと騎士が言う。

しかし、力量を考慮して聖剣が自分を選んでくれた訳ではない、と思う。

そんな内心の不安を見透かした様にランスロットが軽く肩を叩いた。

「大丈夫だ。」

「そうだぜ、俺にやったようにスルストの横っ面張り倒してやろうぜ。」

カノープスが自分の頬を拳で小突いて笑った。

全員の視線がレティシアに集中する。

その目は皆こう言っていた。

『そんな事したのか』と。

 

V.

元々が小さな島である。

中央の火山帯を慣れた騎士団の助言と助力によって足場の良い場所を選び、越えて行く。

全ての力をスルスト戦に蓄える為に戦闘の多くを騎士団に任せた。

ムスペルム城が近づくに連れて、誰もが自然と口を閉ざした。

「あそこにスルスト様がいらっしゃいます。」

城の門は開いたままになっている。

騎士団に護られ、レティシアたちは城の奥へ徒歩を進め、出会った。

浅黒い肌に黒い髪の、赤炎の鎧をまとった騎士。

その瞳はおよそ正気ではなさそうな、昏くどんよりとした光をたたえていた。

「…ラシュディ様に逆らう愚かな者達よ…。…この天界を荒らす悪しき下界の殺戮者たちよ。…我が剣を受けてみよ…!」

虚ろな声が唇から漏れ、言い終わらぬかのうちにスルストは仕掛けて来た。

レティシアが右へ飛ぶ。

スルストのその鋭い剣先は、床石を叩き壊し、粒手を撒き散らした。

「このッ!」

カノープスのサンダーアローの直撃は、僅かに動きを止めたがスルストにダメージは無い様だった。

デネブのスタンクラウドすら斬り裂いて、スルストがレティシアに迫る。

ランスロットと同時に斬り込むが、力と動きの両方で既に負けていた。

赤炎の鬼神の猛攻にレティシアとランスロットの両名は、防戦の一方を辿った。

アイーシャの回復がなければ、既に戦えなくなっている所である。

距離を取ろうと焦り、大振りになったレティシアに、スルストは情け容赦の無い1撃を浴びせる。

肩当てが粉砕され、地飛沫がスルストを汚す。

「レティシア殿!」

「気を抜くなッ!!」

アイーシャのヒーリングがレティシアの怪我を癒した。

ヒーリングは、怪我を癒すがその代償に体力を消耗させる。

レティシアは肩で息をしながらスルストを睨みつけた。

一瞬でいい、スルストの動きが止められれば!

「カノープス!」

レティシアの呼び声に、カノープスは魔法援護を止め、接近戦に持ちこむ。

防御に徹する事しか出来なかったレティシアたちにほんの僅かな余裕が出来る。

「10秒、もたせてくれ。」

言うなりレティシアが戦線を離脱する。

胸元から1枚のタロットカードを取り出して、全神経を集中させた。

「獅子に挑む勇気、それが我が武器!願わくば、我が勇気を聖なる盾として貴方を護らん。汝、名をストレングス!!」

レティシアを中心に力の波動が放たれる。

剣を持つ手が軽くなり、内側からどんどん力が溢れた。

レティシアは魔力を放出したカードを再び胸元に仕舞い込み、スルストに攻め込んだ。

スルストの顔が醜く歪む。

カノープスの棍棒がスルストの右肩を捉えた。

次いでランスロットの剣がザンジバルと打合い、火花を散らしてスルストの動きを止める。

ランスロットの剣が砕け散った。

「スタンクラウドッ!」

デネブの魔法も、ついにスルストを捉える。

「ブリュンヒルドよ、今こそその聖なる力を!」

レティシアの言葉にブリュンヒルドが呼応して魔力を高める。

スルストがスタンクラウドを弾いた時には、真白い聖なる光を爆発的に燈して、ブリュンヒルドがスルストの胴を薙ぎ払っていた。

「うがああァァッ!」

いつか聞いたガレスの声に似ていた。

スルストは、地獄の底から聞こえてくるような怖気立つ響きを持った絶叫を放ちながら吹き飛び、城の1番太い支柱に激突し、がくりと首が落とした。

殺気が霧散したのを感じて、レティシアは聖剣から力を抜く。

「やった…か。皆、怪我は…?」

「お前が1番ヒドイだろうが、おい、アイーシャ。」

「お見事でした。」

アイーシャのヒーリングがレティシアの肩の傷を癒した。

その背中から、デネブが疲れた風によろよろと近づく。

「間一髪、スタンクラウドが効いて良かったワァ…。感謝してよネ。」

「本当に…皆がいてくれてよかった。」

レティシアは笑顔のまま床にぺたんと座りこんだ。

その様子にランスロットも安心して、スルストの側へ行った。

完全に伸びているスルストを取合えず横にしようと腕に手を掛けた時、ぱかっと目を開けた。

2度ほど左右を見回して、首を傾げる。

「…あれれ?ワタシはいったい何をしていたんデスカ…?」

「お気が付かれましたか。」

ランスロットの言葉で全てを思い出した様に、大げさな身振りで自らの額を叩く。

「Oh!ラシュディのヤローにチャームの魔法をかけられて…。なんてこったいィィ!」

「貴方の意思ではなかったのだから、そんなに気に止む事も無い。―――レティシア殿。」

ランスロットの声に、レティシアは顔を上げ、首を振った。

「スルスト殿、あそこの女性が我々のリーダーで、ブリュンヒルドの持ち主です。」

ランスロットの手を借りて立ち上がったスルストは、レティシアの前で片膝をついた。

「…三騎士の名誉を傷つけただけでなく、ユーたちには悪い事をシマシタ。ごめんなさいデス。」

口調はともかく、声の響きに後悔と誠意が感じられた。

「謝るのはこちらです。我々の戦いに巻き込んでしまって、すみません。」

「悪いのは、ラシュディの野郎だしな。」

レティシアはにうっすら薔薇色に残る傷跡を見ながらゆっくりと右肩を動かした。

ムスペルム城の入口の方から幾つもの足音が聞こえてくる。

ムスペルムの騎士団が遅れながらも駆けつけたようだ。

「スルスト様、気が付かれましたか!」

「エエ、勇者殿のおかげデネ。」

少し考える様にうつむいて、スルストがわざとらしく手を打った。

「そうデースッ!このワタシが力を貸してあげまショー。それがグッドデ〜ス。ワタシがフレンドになれば100人チカラ…」

「スルスト様、100人リキ、です。」

「No!100人リキ!!」

騎士団の一人のツッコミに、スルストはびし!と親指を立てた。

そのままレティシアたちに向かって笑った。

「Hey!ヨロシクッ!」

「よろしくって…三騎士が我々の戦いに力を貸してくれるというのか?」

レティシアの言葉にスルストは人差し指を振った。

「下界だけの戦いじゃアリマセーン!ラシュディのヤローの企みは既にこの天界をも巻き込んでイマス。ネ?」

「それに、スルスト様がいない間、この島は…。」

「スルスト様が留守の間は、我々ムスペルムの騎士団が天空を守ります。」

「ネ?」

問題無いでしょう?とスルストがウインクをして、素早くレティシアの両手を握った。

「アナタに消えない傷を残してしまって、ミーは酷く後悔してマス。…責任を取って、結婚シマショウ。」

「こんな傷すぐに消えますから、責任など取って要りませんッ!」

近づいて来たスルストの顔に手をかけて引き剥がす。

跳ね飛ばされて大げさに、よろよろと今度はアイーシャに倒れ込んだ。

「大丈夫ですか?レッティ様の傷なら、本当に跡も残りませんから。」

アイーシャが気遣う。

「Oh!お気遣いアリガトございマース、可愛いヒト。」

「えっ?きゃあ!」

スルストがアイーシャを抱きすくめる。

「スルスト様、それぐらいにしておかないと本ッッッ気で怒ります…!」

レティシアの怒気に、スルストが遊びがすぎたかと渋々ながらアイーシャを離した。

アイーシャはさっとレティシアの後ろに隠れてしまう。

「アナタたち、とてもチャーミング!だからつい。…許してクダサイ。」

「スルスト様は、もとがこう、騎士とは思えないほど陽気で明るい方なんです。ただ、ちょっと女癖が悪いのが玉に傷なんです。」

こっそりと騎士が忠言する。

レティシアはやりきれない思いで深い溜息をついた。

「ソレはソウと、オルガナの方も心配デスネ…。フェンリルさんは無事デショウカー?」

「オルガナ…?そうだ、この島にはカオスゲートがあるでしょう?何処にありますか?」

「北東の島にココとオルガナを結ぶカオスゲートがアリマース…。魔導師ラシュディもソレに気付いていた様ですし…フェンリルさんが心配デース!」

レティシアはランスロットを振り返った。

「間違いなく、行っただろうな…。」

「だろうな。」

「じゃあ、オルガナへ…」

行こうと決めかけて、ランスロットの柄だけになった剣を見る。

「Oh、もしかしてミーのザンジバルと遣り合いましたネー?何の魔力も持たないフツーの剣では当然の結果デース。ちょっと待っててクダサイネ。」

スルストが奥へ消えて、何振りかの剣を持ち出して来た。

どの剣も逸品であった。

「これがイスケンデルベイ、こっちが神宿りの剣、こっちは覇者の剛剣、これはミーのお気に入りでカラドボルグ!他の剣もどれもこれからの戦い、必ず

役に立ちマース!…サ、この中からドーゾ。」

「どうぞ…って…スゴイな…。」

一振り一振りを確かめるように手に取って握りを確かめ、軽く振る。

ランスロットは最後に手にした剣、カラドボルグを選んだ。

「しかし、ココまでフツーの剣で戦い続けて来たとは、驚きデース。大した手練なんでしょうネー。」

スルストの賞賛にランスロットは困った様にはにかんだ。

その顔を見てレティシアが紅潮する。

二十歳も年上の男に対する誉め言葉ではないが、つい「可愛い」と思ってしまった。

誰もそれに気付かなかったのが彼女にとっての救いだった。

「ただ、ちょっと握りがしっくり来ないが…。」

ランスロットの言葉に、スルストが騎士団員を振り返る。

「じゃあイクトバさんに直して貰いマショウ。彼は今何処に?」

「タウデニに残っていますよ。」

「カオスゲートも近い事ですし、丁度イイデスネ、では膳は急げデース!」

「スルスト様、善…。」

 

W.

鍛冶師としての腕は天界一だとイクトバは言われている。

あのフォーゲルもゼピュロスの歯こぼれを直したと言っているが、それは定かではない。

ランスロットが鍛冶に立ち合うというので、レティシアたちは宿を取って休んでいた。

出来上がりには一晩の時間を要するらしい。

暇潰しに窓の外を見ていたカノープスが笑う。

「…あ〜あ、またやってるぞ?」

「ああそう。」

スルストの女グセの悪さには、レティシアとアイーシャは呆れかえって笑いすら作れなかった。

結婚の約束をしたと言う女性の数は、この"街"で10人を軽く超えている。

「神の戦士が、あんなに軽くていいのか?」

御伽話しでよく聞いた神の戦士といえば、幼いレティシアも憧れたものだったのに、現実はどうだろう。

レティシアが思い描いていたのは、例えばアッシュやランスロットの様な礼儀正しい騎士であった。

確かにその力には感嘆するがスルストは性格的に好きになれるタイプではなかった。

「でも強かったぜ。」

「強いだけでなれるなら…」

言い掛けてレティシアは止めた。

ふと頭をよぎったのは亡き兄である。

「それよりも、アイーシャ、カノープス。聞いただろう、シャングリラの話し?」

2人が神妙な顔でうなづいた。

「帝国軍の手に落ちたって…言っていましたね。」

「それだけじゃねぇ、どこぞに移動しているらしいな?」

「島を移動させて次は何をやるつもりなのか…。」

レティシアは嘆息して聖剣を見やった。

激化していく戦いに、自分はどこまで通用するというのだろう?