STAGE8.カストラート海


T.

反乱軍ははやる気持ちを押さえ、ここ、諸島の集まったカストラート海へと来ていた。

地理的に要所と言い難いこの地を訪れたのには、理由がある。

「この地の賢者にも確認致しました。聖剣はこの先の教会にあるようです。」

「天空の三騎士の一人が地上に残した伝説の剣…ブリュンヒルド…か。」

ウォーレンの調査結果の締め括りを聞きながら、広がる広大な海を眺めていたレティシアが独白した。

オウガバトルの伝説を紐解くとその名が出てくる、聖剣ブリュンヒルドは、その聖戦において人間達の危機を救った三人の騎士のうちの一人、氷のフェンリルが携えていたと言われる剣である。

神に仕えるこの三騎士は、今も天界のどこかで下界の争乱を見守っている。

聖剣とは、王道を歩み、神から祝福を得る事が出来る者だけが持つ事を許されている。

そして天空に浮ぶ島への門を開き、三騎士と会う事が出来るという。

「…この海はオウガバトル伝説の中で最終決戦が行われたところといわれています。」

「オウガ、悪魔、天使、伝説の剣…まるでヒロイック・サーガだな。なぁ、ウォーレン。」

ウォーレンにはレティシアの心中は手に取るようだった。

もともと表情豊かな彼女がポーカーフェイスを演じようとも人生経験の長い彼には簡単に看破出来る。

「私に聖剣を携える資格は備わっているか?」

「恐れながら…愚問でございますな。」

こちらも予想通りの返答である。

レティシアは苦笑して太陽の光を受けてキラキラと光る水面を眺めた。

神聖都市ピトケアンから北西の島にある教会まではあと2刻もあれば到着できる。

ウォーレンは何も言わずに、その場を静かに離れて行った。

レティシアは昨日までの事を反芻しながら、ずるずると手摺に頭を落としていった。

冷たい感触が額にあたり、少しだけ自分の熱を冷ましてくれる。

―――反乱軍が到着するまで、カストラート海を統治するのは人間ではなく人魚であった。

武力問題で二の足を踏んでいた人魚たちの女王ポルキュスは帝国の力を後ろ盾にし、カストラート海から人間を排し、自分たちだけの国家を建設しようとしていたのである。

そのため、平和だったカストラート海は今では争いの絶えない、呪われた戦場となっていたが、それに終止符を打ったのは皮肉な事にゼノビアの生き残りが大半を占める、反乱軍である。

『貴方たちは何故、私達の邪魔をするの?グラン王が何をしてくれたというの、私たちは長い間迫害され続けて来たのよ!けれど、エンドラは約束した。マーメイドが安心して暮らせる世界を創ると!私たちの平和を、理想を!貴方たち反乱軍なんかに邪魔されてたまるものですかッ!』

『人間なんて、大嫌い…よ。』

ポルキュスの最後が眼の奥に焼きついて離れない。

何故あんな風にしか終れなかったのだろう?

サイノスならば、もっと上手く彼女らを説得し事無きを得たのではないか?

私は全くの無力であった!

今まで死者を出さずに進撃して来られたのが自分の技量と勘違いをしていた節がある。

だからこそ自身に腹が立った。

「よう、こんな所にいたか。」

雄々しい羽音がしても、レティシアは顔を上げる気にはならなかった。

既に無力感は全身を支配していたのだ。

そして、カノープスはそれを薄々知っており、それを承知でここへ来た。

他人に頼る事を拒否し続ける彼女の力になれればいい、と。

わざと彼女の様子に気付かない振りをして、カノープスはレティシアのすぐ隣に降り立つ。

「落ち込んでるんだろ?」

「……。」

「お前は出来る限りのベストを尽くしたよ。それ以上を望むのは、酷って言うものだぜ。」

「…ありがとう。」

レティシアは顔を上げて、にっこりと笑った。

「そう言ってもらえて、気が楽になった。…感謝する。」

カノープスはやおらレティシアの両頬を無骨な手でつかまえて、その額へ向けて自らの額をぶつけた。

ふぎゃ、とレティシアが奇妙な悲鳴を上げる。

「バーカ、俺に要らん気を回すんじゃない!全く、不器用者が一人でなんでも解決しようとするからそうなるんだ、少しは回りの奴らを信用して、弱音でもなんでも吐きやがれ。解ったか!」

易々と嘘を見破られたレティシアが狼狽しながら喚きかえす。

「そんな真似は出来ない!」

「…ふぅん。」

カノープスは意味ありげにニヤリとすると、レティシアを抱きかかえた。

一瞬思考が停止した後、猛然と暴れ出すが、鋼のごとき筋肉の檻はレティシアの抵抗をものともしなかった。

「何する気ッ!離せぇッ!!」

「やかましい。しばらく黙ってろっての。」

カノープスが翼をはためかせて、潮風に乗る。

すぐに視点が上昇した。

船室からレティシアの声を聞きつけ真っ先に飛び出してきたランスロットの姿が、もうかなり遠い。

「レティシア殿ッ!?」

「ランスロット!た…」

助けて、と言うのも何か変だと、レティシアは金魚の様に口をパクパクするだけになった。

反乱軍の兵士達が騒ぎ(?)に気付いて、空を見上げる。

なんだか既に見世物のようだと思った途端、レティシアは真っ赤になった。

「カノープス、なんのつもりだ、レティシア殿を下ろさないか!」

「嫌だね。」

「い…?」

「明日の朝までにゃあ確実に戻ってくるから、セッキョーはその後にしてくれ。じゃあな。」

『カノープス!』

ランスロットの怒号と、レティシアの驚愕の声が重なる。

なんの事やらわからない兵士たちも、カノープスとレティシアの逃避を呆然と見つめていた。

そのうちの数人がゴシップ風に騒ぎ立てる事だろう。

カノープスは飄々として、暴れまくるレティシアを拉致して行った。

 

U.

神聖都市ピトケアンに戻るようにカノープスは飛んだ。

ピトケアン周辺には無人の小島がいくつか点在している。

そのうちの一つへ向かっているようだ。

そうして空を飛んでいるうちに、レティシアの精神は落ち着きを取り戻して来た。

始めのうちは落とされる事も覚悟しながら暴れていたのだが、どんなに暴れようが、カノープスの頑強な腕はレティシアを放しはしないだろう。

抵抗をやめたレティシアは、ただ前に広がっている空と海との境界線を眺めていた。

レティシアの故郷には湖が近くにあっただけで、海へは少し遠い内陸の地である。

だというのに、なぜだろう?

―――還りたい。

胸には郷愁が溢れる。

カノープスの腕に、暖かいものがパタパタと落ちて濡らした。

瞑る事を拒んで毅然と前を見つめているその双眸からは涙が零れている。

「…カノープス。」

レティシアが不意にか細く名前を呼んだ。

「ん?」

「…カストラート海はな、ゼノビア王朝だった時には、人間が統治していたそうだ。人間たちは、もともと人魚たちが住んでいたカストラート海を我が物顔に支配して、人魚にまつわる残酷な迷信の為に捕らえて殺し、その肉を食べていた…知っていたか?」

「知っていたら、ここに来ている。」

そんな非道が許された時代を、カノープスは本当に知らなかった。

ゼノビア王国にいた頃は、遠いこのカストラート海に興味を引かれた事もない。

そんなに、人間が偉いのか?

人間でなければ家畜も同然なのか?

カノープスとて、亜人である。

だが、バルタンたち有翼人種はある程度の差別は受けもしたが、割とすんなり人間社会に受け入れられた。

その背景には空へ憧れる人間たちの淡い羨望があったからであろう。

これが翼ではなかったのなら、その先は考えるだに恐ろしい。

「エンドラが…人魚たちの長であるポルキュスに約束したそうだ。人魚たちが安心して暮らせる世界を創る、と。彼女には、我々の言葉はもう伝わらなかった…。」

後半のくだりは声が震えていた。

カノープスは細く華奢な身体を抱く腕にほんの少しだけ力を込める。

そして彼女も承知の上の思いを言葉にする。

「俺たちがやる事には、犠牲が必要な時がある。だが、それを仕方ないのだと許すのではなく、俺たちがそれを決して忘れず胸に留めておけばいい。踏み台になった者へ、同じ過ちを繰り返さぬと誓うんだ。お前がこの事で立ち止まってしまったら、皆、ただの犬死だ。もちろん、そんな事をするとは思っていないが、…頼むからあんまり自分だけを責めるな。物事には限界というものがあるんだ。」

「…うん。」

子供の様にうなづいた。

カノープスは大きな樹が一本だけ生えている小島に降り立つ。

レティシアを解放すると、翼を確認するかのように2度羽ばたかせてからしまい込んだ。

それからレティシアの頭を乱暴に(本人は優しいつもりらしかったが)くしゃくしゃとかき混ぜて魅力的に笑った。

「お前はよくやったよ。」

カノープス仕草が、笑顔が懐かしい人にだぶる。

「強引で悪かったな。だけどこうでもしな…」

まだ自分の熱が残る胸に飛び込んで、大声で泣きだしたレティシアに、カノープスは始めは驚き戸惑ったが、ゆっくりと抱きしめる。

ポルキュスを殺す事でしかカストラート海を解放できなかった自らの力不足。

それによって残した傷口に何を残してやれるというのか。

ゼノビアの貧民たちを眺めた時にも感じた、焦燥にも似た無力感、自らの不甲斐無さ。レティシアは5年ぶりに、大声を上げて泣いた。

―――お前を誇りに思う―――

サイノスが最後に残したという言葉とカノープスの優しさが重なって、レティシアはついにリーダーとしての仮面を剥ぎ取られた。

子供の様に恥も外聞もなく泣きじゃくる彼女を、カノープスはじっと見つめる。

全くもって騙されていた。

リーダーとしての責務、回りの監視をといた後、中核にいたのはこんなにか弱く優しい女であったとは。

男を意識した言葉で話すのはリーダーとしてある為の…誰かの模倣なのだろう。

ガレスと対峙した時に言った「サイノスがすべき天命が私に受け継がれた」という言葉。

あれから察するに、レティシアは"サイノスとして"反乱軍を指揮しているのだろうか?

シャローム地方での出会いや、ポグロムの森、そしてアヴァロン島で垣間見せた感情の渦。

あれこそが"レティシア"であり、反乱軍の中では"サイノス"として個人を封じているのだろう。

時々感じていた違和感の謎が解けた気がする。

レティシアが繰返す。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。」

強くなくて。サイノスでなくて。…"私"で。

カノープスはその嗚咽混じりの謝罪と、レティシアの泣き顔を見てどうにも我慢が出来なかった。

思う存分胸の内に溜まったものを吐き出させる為に来たのだが、泣くのを見るのは辛く苦しい作業になり、胸の奥に正体のわからない熱いものが込み上げる。

次いで暴れたくなるような狂暴な感情がカノープスを苛立たせた。

泣くな、と言いたかったが言えない。

今、自分に出来る事は抱きしめて髪を梳く事ぐらいであった。

 

やがて泣き止んだレティシアは、冷静になるにつれ自分の現況が恥ずかしくなった。

カノープスが子供をあやすかのような手つきで髪を撫で梳いて、あまつさえ自分はその胸の中にいる。

恥ずかしさで顔を上げるのが躊躇われているうち、カノープスが空に向かって一息付いた。

「気がすんだか?」

「う…、うん。」

気が付けば、既に日は落ちかけていた。

茜色の色彩が辺りを染めている。

「それじゃ帰…」

カノープスが吹き出して、そのまま笑い転げた。

どうやらレティシアの顔を見て、である。

「なっ…何よ!何がそんなに可笑しい訳?」

「鏡持っていたら、自分の顔見てみろ…。す…凄い泣き顔ブスになってるぞ…。」

息も絶え絶えにカノープスが言うので、レティシアは腰の辺りをバタバタと触った。

ポーチがない。

考えれば用意もしていない状態で攫われたのだから当然である。

とりあえず、手袋を脱ぎ捨て自分の顔に触れて更に顔を紅潮させた。

目蓋は腫れている気がする。

涙の跡は、慌てて擦って消した。

顔がまだ火照っているという事は、赤いのだろうし、瞳はまだ潤みきっているだろう。

鏡を見なくても、壮絶な顔である事は予想された。

「ほら。」

まだ笑いの発作から解放されていないカノープスが、白いガーゼを差し出した。

レティシアはそれをひったくると海の水に付けて濡らし、自分の目許を冷やした。

「あー、珍しいもの見せてもらった。それで駄賃は相殺してやるぜ。」

勝手に連れて来ておいて駄賃も何もあったものではないだろうに、とレティシアは内心毒付く。

「……。」

「…怒ったのか?」

無言で通すレティシアに、カノープスは一寸狼狽した様子を見せる。レティシアは照れていただけである。

それがわからない辺り、やはりカノープスは女性には慣れていない。

「カノープス、…アリガト。」

うつむいているせいで覗いている細いうなじまでが、羞恥に赤く染まっている。

何故かカノープスはそれにどぎまぎした。

「お、オウ。」

正視出来ずに視線が泳いだ先、ふと一つの灯りに目を止めた。

2人がいる小島から海を挟んで少し南に進んだ場所にポツリと灯りが燈っている。

「レッティ、あの島には行ったか?」

「…どうだろう、報告は受けていない。」

「じゃあ行って見るか。」

カノープスが翼を広げた。

 

V.

「きゃあぁぁっ!レッティー!!会えて良かったっ。」

居たのはカボチャを愛する魔女、デネブと数体のパンプキン・ヘッドであった。

何故こんな無人島で一人で火を起こしていたのかと問うと、デネブは勢い込んで身を乗り出し、相変わらずの、語尾が舌っ足らずで甘える様な独特の喋りで(これが男性陣には評判がすこぶる良い)まくしたてた。

「それが聞いてくれるー?アレしちゃ駄目、コレしちゃ駄目でワタシの研究蔑ろにされるのよ!その上、扱き使われてッ。冗談じゃないワ!!それで、これならレッティと行けば良かったと思って荷物まとめて出て来たは良いけれど、行き先の座標を間違ったらしくっテ、ピトケアンに着いちゃったのヨ。行き先、そこより北西の教会なんでショ?距離もそうだけど人数もこうだからテレポートの魔法なんて残ってないし…。、それにピトケアンじゃあカボちゃんたちがいぢめられるから、こーんなトコで野宿なんてする羽目になっちゃって。ああ、でも会えて良かったワ☆…ねぇ、連れて行ってくれるデショ?」

擦り寄るデネブを呆れ顔で眺めて、レティシアはつい笑った。

もともと研究しか頭にないこの魔女に、バルパライソで統治を命じた所で殆ど意味を持たなかったようだ。

不満を募らせて何かやらかされるよりは、連れていった方が良いと判断して、レティシアは首を縦に振った。

「……なぁに?一寸離れているうちになんか可愛くなった気がする。ナァに?」

デネブが探るような視線をレティシアに絡めた。

ここでカノープスが視線を泳がせるので、デネブはいらない事に気がついて意地悪く笑ったが、何も言わなかった。

「ま、いいワ。それより、なんでこんな所に来たの?人魚が統治しているのが気に食わなかったワケ?」

「違う、聖剣ブリュンヒルドの入手の為だ。」

「フゥン。ねぇ、レッティはオウガバトルの伝説はどれくらい知っているノ?」

「?大体の概略くらいしか…。」

「それならいい機会カナ。ビパオア…だったわよネ、…にマンゴー婆さんがいるから、会ってみて?あのマンゴー婆さん、オウガバトルの伝説の話には詳しいノヨ。まあ、200年だか300年だか生きてるから、耄碌してボケていなきゃ良いケドネ〜。」

「200…300〜?」

ついカノープスは干物同然の老婆を思い浮かべた。

とても人間の年齢ではない。

「ありがとう、デネブ。」

「…やっぱり可愛くなってるゥ。」

ピンクのルージュを塗った唇が突き出されて、頬が膨らんだ。

レティシアは何故デネブがそう言うのか、そしてなんと返して良いものかも解らず、笑うしかなかった。

 

W.

翌日、反乱軍に合流するとレティシアには不可抗力として、大した説教もなかったのだが、カノープスは冗談半分・本気混じりにほぼ全員からボコられた。

憤慨著しいのは、ウォーレンとランスロット、そして彼女の幼馴染みであるギルフォードとアルバートである。

ウォーレンはレティシアと腕を組んで立つ、魔女に目を止めた。

「何故デネブまで一緒なのです?」

「反乱軍に参加する事となったんだ。」

「ハァイ、よろしくネ。オジイチャマ

投げキッスをウォーレンは黙殺した。

効果がなかった事にさすが年の功と誰もが思った。

「では、行って来る。…皆、あまりカノープスを苛めないでやってくれ。」

「あ。」

デネブが短い言葉を発する。

その一言が火に油を注ぐ結果になるとは、レティシアは思っていなかったのだろう。

密かに彼女の事を想う男は多いのだ。

 

教会はその辺のロシュフォル教会と何ら代わりはなかった。

レティシアは、自分には本当に伝説の聖剣を携える資格があるのかと疑うが故に心拍数が上昇する。

息を吸って止め、扉に手をかけた。

中ではステンドグラスが落とす極彩色に染められながら、レティシアの到着を待ち、神に祈りを捧げる僧侶がいた。

扉の開く音で、恭しく頭をもたげレティシアを振り返る。

その目がレティシアを見て軽く見開かれた。

「お待ちしておりました、貴方がレティシア・ディスティー様ですね。」

「はい。」

瞳に優しい光をともした僧侶は微笑む。

「ええ、貴方…貴方がたならば神の祝福を得る事が出来ましょうね。どうぞこちらへ。」

「…あ…。」

レティシアは通された場所で言葉を失った。

オウガバトルの様子を描いた絵が壁を埋め尽くしており、天上部分にはステンドグラスがはめ込まれている。

長い年月によりくすんではいても、入った者を萎縮させる魅力がそこにはあった。

しかしそれより何より神々しいものがレティシアを釘付にする。

「ここは、オウガバトルの終結の地。氷の騎士フェンリル様が、オウガバトルの再来の予言を…この世界の行く末を案じ、お慈悲を下さいました。そして、これが伝説により伝えられた剣。」

「聖剣…ブリュンヒルド!」

女神フェルアーナ像の前で、ルビーに似た光沢を放つ石に突き立っているその剣は、実物を知らなかったレティシアにさえそう確信させた。

驚くべき純度で構成されているらしいその刀身は、透明で向こう側が透けて見えるが水晶やダイヤといった鉱物ではない。

分類不能な、未知のもので構成されている。

自ら淡い燐光を放ち白く浮き上がっており、手に取るのは憚られた。

レティシアは感動で震えていたが、ゆっくりと伸ばした手がついにブリュンヒルドの柄を握った。

―――リィィィィィ……

ブリュンヒルドが振動しはじめ、自らを封じるルビーを粉砕する!

打ち砕いたルビーの粒が宙を舞い、室内は神々しい深紅で埋め尽くされた。

不思議とその深紅は舞い落ちることなく聖剣を中心に渦を巻き浮遊を続ける。

「凄い…。」

ブリュンヒルドを手にしたレティシアの胎内を聖剣の力が駆け巡り、叫び出したくなる様な高揚感をもたらした。

全身が熱く弾けんばかりに奮い立つ気持ち、それを押さえ込むのには随分とレティシアを苦労させる。

「さあレティシア殿、この聖剣ブリュンヒルドを使いカオスゲートを見つけるのです。そして天空を目指しなさい。」

「はい。」

毅然と、そしてやや恍惚とした表情でレティシアは返事をした。

ブリュンヒルドを携えて戻ったレティシアを歓声が包んだ。

聖剣入手は思った以上に反乱軍の士気を高める結果となり、レティシアも喜ばずにはおられない。

その中で、デネブだけが違う理由でニヤついている。

それに気付いたウォーレンが問う。

「ん〜、これでやっとゼテギネアと同等なのよネ。なんせ、ラシュディは三騎士が反乱軍の味方になんない様に、天界にむけて多数の飛行部隊を派遣したそうだからネ。」

「な…。」

「頑張りましょうネ、オジイチャマ?」

デネブは伽羅伽羅と無邪気に笑った。

魔女にはこの革命の行方もどうでも良い事なのだ。