STAGE6.スラム・ゼノビア

T.

「デネブを助けたのですか…。」

大方の予想はついていたらしいウォーレンが、苦笑混じりに言った。

レティシアは携帯食料をぱくつきながら冗談めかす。

「殺さずに改心してくれるならそれに越した事はないだろ?…いや、もともと帝国への忠誠心なんてこれっぽっちも無いな、アレは。研究費のためだけの利害関係の一致…違うか?」

「正解です。」

ウォーレンが嬉しそうに頷いた。

「使者たちには忠告をしておきましたから、デネブに非道を行う事はあるまいよ。」

「…何だウォーレン。初めから殺さないと思っていた訳か!」

「まあ、そうです。」

レティシアの恨みがましい視線を受け流す。

部屋のドアが数度叩かれた。

「そろそろ時間です。」

「…やれやれ。」

レティシアは携帯食料の残りを一気に口の中につめた。

「軍議も結構だが…食べるものは食べさせて欲しいよ。」

 

U.

ゼノビアの護りに就いているのは、ゼテギネア帝国の四天王の一人、クアス・デボネア将軍である。

武人として名を馳せている事から、聞いた事のある者は多いはずである。

「四天王の一人なのに、中央から遠ざけられたのか?」

「左様。清き水には魚住まず、と言うところではないだろうか。彼は、義を重んじ、礼を尽くす…真面目な男で、どちらかと言うとそれを敬遠されたのでございましょうな。」

中央…つまりゼテギネアでは政治の腐敗が進んでいるようだ、とウォーレンは括った。

察するにデボネアはその真直ぐな気性が災いして遠ざけられたと言うのであろう。

「懐柔は…。」

「彼は忠臣で知られております。」

ふぅん、とレティシアは鼻を鳴らして迫るゼノビア城を眺めやった。

大陸一美しい都と言われたゼノビアは、今ではただのスラムと成り果てていた。

スラムには、戦乱によって家族を失い、住む家も奪われた貧しい人々が集まっている。

都に来ればなんとかなると考えていた者たちが多かったのだろうが、その淡い希望すら打ち砕かれていた。

そして、愛する故国の崩壊を再び目の当たりにした反乱軍たちの落胆ぶりは、見ていて心が痛むほどであった。

「それにしてもあの城壁は厄介なものだな。」

「フム…それについの攻略には心当たりがございます。」

「何?」

「今は…。」

ウォーレンが不確定な物事を口にしたがらないのは今に始まった事ではない。

しかし。

よくそれで占星術師、なんて言っているものだ、とレティシアは思わずにいられない。

星を読み、(その時には全くと言って言い程)不明瞭な言葉を告げに、私達のもとへ訪れたのは彼だったのだから。

「レッティ様、ウォーレン様!バイロイトから伝令です!」

兵士の声で思い出に入りかけていたレティシアの意識は呼び戻された。

「ああ、ウォーレンはいい。城壁攻略の為に一刻も早くその心当たりとやらを当たってくれ。」

「承知。」

レティシアはウォーレンと別れ、伝令兵のもとへ走った。

途中で、都市解放の任でここアンベルグを留守にしていたはずのランスロットと出会う。

レティシアが率いている軍が苦戦と聞いて早々にアンベルグを目指したのだ、と言う。

「苦戦ではない、城壁が邪魔でまだ攻め入るまで行っていないさ。…防戦一方だ。」

レティシアは悔しそうに小声で呟いてそっぽを向いた。

その肩をランスロットは軽く叩いた。

伝令を聞くなり、顔色を変えたのはランスロットだった。その豹変ぶりに、レティシアの方が驚いたぐらいだ。

「アッシュ…って誰だ?」

「ゼノビアの騎士団団長だった男だ。…アッシュ殿は、恐れ多くも王家の方々を皆殺しにしたのだと聞く。その為今は狂戦士と呼ばれているが。」

ようやく口を開いたレティシアに、答えたのはギルバルドだ。

「違う、団長は王族殺しなどしていない!あれは…あれは全くの別人だったのだから!」

言うランスロットの顔は苦渋に歪んでいた。

「オレも信じてはいないが…そういう噂だったよ。だが、その後アッシュ殿を帝国陣内で見る事も、話を聞く事も無かった。もし彼が裏切ったとして、…オイオイそんな恐い顔をするな、例えばの話しだよ。」

困った顔でギルバルドは自分の髭を撫でる。

レティシアはランスロットに座るように言ってからその仮定の話しを促した。

「王の御首を取り、ある意味あの戦乱を終結させたアッシュ殿を召抱えぬなど、おかしい話ではないか。どう思う?」

「だから、あれは別人なのだ。」

ランスロットが獰猛に唸る。

ギルバルドは神妙な面持ちで頷いた。

「オレもそう思う。アッシュ殿はグラン王に心酔していた。到底王族殺しなど出来様もない。」

「それじゃ、バイロイトに言って確かめようか。ランスロットやギルバルドであれば本人かどうかわかるだろう?…私は残念ながらアッシュ殿を知らないのだから。」

「そうだな、彼の名を騙る別人だとしても何故か、その理由を知りたい。」

ランスロットは無言のままだ。

騎士見習いであった頃、まだ宮仕えになって日も浅いランスロットには、アッシュは高い目標であった。

彼の気骨を見習うべく精進を重ねた日々はまだ胸の中にある。

それは、二十五年経った今でもあの悪魔とは結びつかずにあるのだ。

 

V.

バイロイトは都市とは全くの名ばかりの、余りにも厳重な獄舎であった。

兵士の案内で、3人は歩を進めていくと大きないかめつい扉に辿り着く。

明けた時に放たれたものであろう黴臭い匂いが辺りに溜まっていた。

7〜8センチくらいの鉄製の扉はゴリゴリと重い音を立てながら左右に開かれていく。

部屋を二分する形で鉄格子がはめられていて、窓はごく小さいものが唯一つだけである。

闇の奥からは、年老いた男の声がした。

「誰だ…?」

「私はレティシア。貴方は誰?」

「わしの名はアッシュ。…死にぞこないの老いぼれだ。」

レティシアは手に持っていたランプで辺りを照らそうとしたが、ランスロットがそれを押し止める。

声で判別がついたらしい。

ギルバルドも間違いない、とレティシアに頷いた。

どうするつもり、と聞く暇もなくランスロットは鉄格子の錠前を叩き斬った。

「団長…、ランスロット・ハミルトンです。」

「ランスロット…? おお、見習い騎士の、あのランスロットか。」

「ランプで照らします。」

レティシアは光に慣れていないだろうアッシュへ、断わってからランプを高く掲げた。

ランスロットはアッシュの側に膝をついて手械・足枷を外そうと手を伸ばすが、しかしアッシュはその手を引いた。

「団長?」

「わしは…。」

「貴方が王族を殺したなど、ランスロットは信じていませんよ。」

アッシュの言葉をレティシアは遮った。

「王族殺しの冤罪を纏ったまま死に行くなど、馬鹿な事はやめるんだ。…悲しむ人がいるのだから。」

彼女の声と思いは、驚くほど純粋にアッシュの心に染み込んだ。

護るべき主君を失い汚名を着せられ、輝かしい名誉はとうに地に落ちた。

あれ以来心を塞ぎ、なんの為に生きているかもわからぬ日々を淡々と生きていた。

「アッシュ殿、捨てる命ならば、彼女に預けてはみないか?」

「ギルバルド…?」

彼が帝国に寝返った事は風の噂で聞いた。

それには理由があるのだろうとアッシュは思ったが、今後帝国を捨てる時が来たとしても、再び戦士として立ち上がる事はあるまい、とも踏んでもいた。

確かに目の前の彼女には賭けてみたいと思えるほどの魅力がある。

考え続ける彼に、レティシアは切り捨てるように言った。

「死ぬのなら、ゼノビアの騎士として誇り高く、逝け!」

少しでも意味を取り違えるのならば、これほど冷たい言葉はないだろう。

だが、アッシュには正確に届いた。

アッシュは悪くない、と笑った。

「どうやら貴方はわしの死に場所を見つけてくれるらしい…。どうだろう、このわしを反乱軍に加えてはくれんかね?」

「歓迎する、アッシュ殿。」

レティシアが華の様に笑った。

「ありがとう。残り少ない命を君らに預けるとしよう。」

アッシュはランスロットとギルバルドの肩を借りて立ち上がった。

永い幽閉は、彼の若さと体力を奪い続けていた。

ゼノビアの守護神と詠われた頃はもう遠い。

それを誰よりも悲しむのは、アッシュ本人であった。

 

約、丸1日をかけてウォーレンが戻ってきた。

聞けばエルランゲンの南の小島の教会を訪ねたのだと言う。

そこは地図には載っていない。

「あの教会は秘密裏に建てられた物でしてな。…これを護り続けていたのですよ。」

ウォーレンはバックパックから木馬を取り出した。

レティシアはそれを見て絶句する。

「お…お馬さんか?」

「…ま、まあそう見えて然りですが、これは"トロイの木馬"と呼ばれるマジック・アイテムです。」

ウォーレンがなんとも言えない顔をしたが、気を取りなおして説明を開始する。

「使う事によって地震を起こします。内部に溜まっている魔法力の桁から言って、城壁は跡形もなく崩れ落ちるでしょうな。では、総攻撃の準備を始めて下さい。」

得意げなウォーレンとは対照的に沈んだ顔で、民家への被害を考えると随分と物騒な品だなと、レティシアはこぼした。

ゼノビアの城に詳しいアッシュを交え、綿密に作戦を練り仮想を立てて対処を考えて行く間も、アッシュを歓迎するものはいず、帝国のスパイではないかと疑う者も多かった。

二十五年前の噂は帝国方がゼノビアの決壊を促すために蒔いたものだという説明は、上滑りのようだ。

いた仕方あるまいとアッシュは言うが、レティシアにはそれが随分と狭量に映り、身じろいだ。

どうやらそれはランスロットも同じ事らしい。

作戦が決まり、各持ち場へと散っていく中に、アッシュは含まれてはいない。

彼の身体は戦うほどに回復していないのだから。

 

W.

レティシアは火矢を上空へ向けて放った。

それはウォーレンへの合図であり、トロイの木馬の魔力を解き放つ時でもあった。

轟音と共に大地が震えた。

とても立っていられるものではなく、誰もが腰を抜かすように大地にへたりこみ、地震が去って行くのを待った。

それはそう長い事ではなかったと思うが、無二の信頼を置く大地が震えているのは恐ろしい事である。

レティシアなどは幼い頃に家具の下敷きになった経験からどうにも地震だけは好かなかった。

我知らず、ランスロットの腕にしがみついていたのに気付いて顔を紅潮させる。

地震がおさまった頃には、ゼノビア城の城壁は崩れていた。

反乱軍たちを拒んだ、醜い城壁はもうない。

レティシアは立ち上がり剣を天上へと突き出した。

「我等に勝利と栄光を!」

レティシアが鬨の声を上げると反乱軍は奮い立った。

ゼノビア城では、原因不明の大地震に続く城壁の決壊、反乱軍たちの総攻撃に混乱しきっていた。

戦意がある者は全体数の半分程度であろう、反乱軍の姿を認め一目散に逃げて行く者たちすらいた。

ランスロットはその中にデボネア将軍を探す。

その思いが通じたとでも言うのか、ランスロットの前方に威風堂々とした青年が、二頭のレッドドラゴンを引き連れ、姿を現した。

ゼテギネアの紋章の入った鎧と、他の兵士とは一線を隔した雰囲気で、それがデボネア将軍と知れた。

「よくここまで来たものだな。その勇気をほめておこう。だが、今からでも遅くはない。投降するならば命だけは助けてやろう。さもなくば、このデボネアがハイランドの名誉にかけてお前たちを倒すことになる。さあ、命を粗末にするな。速やかに投降するのだッ!」

いくらデボネアが一人持ち堪えようとも、この城は落ちるだろう。

彼の姿は哀しくも滑稽に映った。

それがわからないほど彼は愚かだというのだろうか。

「馬鹿な事を!」

一喝してランスロットがデボネアに挑んだが、何十号と刃を合わせても、決着はつかなかった。

双方とも息を乱してはいるが、付け入る隙が無い。

技量と駆け引きはランスロットが上であったが、デボネアには一撃必殺のソニック・ブームがあるのだ。

その威力はつい先日、レティシアを見て知っている。

だからこそ、ランスロットは間合いを詰めながらも決定打を与えられずにいた。

レティシアが辿り着いたのはその時である。

「ランスロット!」

デボネアがその声につられて顔を上げ、目を見張る。

炎を模したような鮮やかな紅の髪、そして迷いの無いまっすぐな情熱を秘めたエメラルドの瞳。

その美貌も若さも何もかもが違うと言うのに、デボネアが忠誠を捧げた頃のエンドラに通じるものをそこに見た。

苦いものがデボネアを満たして行く。

「…君が反乱軍のリーダーか。」

「レティシアだ。デボネア将軍、これから問う事に答えよ。これが、ゼテギネアの言う理想国家か?」

他を弾圧し、力でもって抑えつけ自由を奪う、それが本当にエンドラが望む国の姿だと言うのか。

デボネアは常々からの自分の思いを問われ、言葉を紡ぐ事が出来なかった。

言い返そうにも自分にはそれを否定する要素は何もない。

「…最近、エンドラ殿下はお人が変わられた様だ。確かに以前とは違う……。」

レティシアが片眉を上げた。

「私はエンドラ殿下の御為ならばこの命をいつ捨てても構わないと思っているが…。」

デボネアが眼光鋭くレティシアを見る。

「エンドラ殿下ではない者の為に死ぬのはごめんだ。…どうやら反乱軍と戦う前にやらねばならぬことが出来た様だな…。ひとまず、ここは潔く負けを認め退却するとしよう。また会おう、諸君。」

「あっ…!」

思いもよらぬデボネアの退却に、数人が出遅れつつも捕らえようと動いた。

だがレティシアは、必要ないとそれを止めた。

「デボネアは捕まえられないさ。手負いの獣は甘く見ると大怪我どころか命を落としかねない。…それよりも、怪我人たちの治療と、民衆たちへの配給をしよう。」

トロイの木馬によってこうむった被害は城壁を崩すためとはいえ、いささか手段を選ばない手口であった。

始めに懸念していたように民家への被害も次々に報告されよう。

レティシアは資金不足を予感して、軽く溜息をついた。

そして、反乱軍たちは故国の奪回を心から喜んだ。

約25年ぶりに取り戻した城では、ささやかな酒宴が開かれ羽目をはずす者もいた。

だが、そこにレティシアの姿は無かった。

大ホールには、スラムの貧しい民衆たちを収容している。

剣をぶら下げたレティシアに怯えた視線を送るだけで、誰も口を固く閉ざしていた。

レティシアには彼らにしてやるべき政事の知識は無い。

どうすればこの状況を改善してやれるかが、あまりにも漠然としていてわからないのだ。

考え付く策はどれも目先の事ばかりで根本的な解決策とは言えない。

レティシアが何度目かの溜息をついた時、城門の見張りについていた兵士がレティシアの名を呼びながら走り込んで来た。