STAGE5.デネブの庭

 

T.

ジャンセニアで天狼シリウスを屠った反乱軍に、レジスタンスを名乗る十数人が入軍を志願した。

レティシアはこれを受け入れ、反乱軍は多少の戦力を向上させた。

この頃にはもうすでに、我々を反乱軍ではなく解放軍と呼ぶ者たちの方が多くなっていた。

「…ゼノビア奪回にはまだ戦力不足は否めないな。」

「ゼノビアの護りには四天王の一人、デボネア将軍がついたようですな。…向こうもそろそろ鎮圧に本腰になってきたと見える。」

「さて…どんな手を講じようか?」

レティシアはさして困った風に見えない笑顔でウォーレンを見た。

「このデボネア将軍、噂によるとゼノビアの護りに就いたのには他に理由もあるようです。調べておきます故、後でまた。」

「よろしく頼む。」

ウォーレンのレポートは随分と細かく、信憑性は高い。

いっそ魔導師とか占星術師なんぞやめて諜報機関にでも入れば良いと思うほどに。

昼をまわったあたりで、レティシアは使者の到着を知らされた。

客間に行くと、ウォーレン相手に数人が詰め寄っているところだったが、ドアが開く音で一斉に全員がレティシアを振り返る。

その光景にレティシアはやや引いた。

恐怖とは別の意味で、コワイ。

「カボチャ頭の怪物?」

バルパライソ周辺の街の代表者が一同にうなづいたと同時に、一斉に喋り出す。

「バルパライソの魔女デネブが畑を荒らして…」

「子供達が森の中で、怪物を見たって…」

「ちょっと…!?」

ものすごい勢いで口々に断片ずつの情報が殺到する。

「どうにかしてもらえませんか、このままでは畑が…」

「いつ家に踏み込まれるかと思うと…」

「前までは若い男ばかり城に…」

「待ってくれッ!」

レティシアが大きな声を出すと、驚いて口を開けたまま一同黙る。

「皆が口々に言ってもわからない、一人一人喋って頂けないか…。」

その後、やや長い時間をかけて内容がまとまった。

「怪物」は、人間の身体だが、その頭部には人間の顔ではなくカボチャが付いている。

背丈は子供ほどで、喋る知能はあり、会話も出来るらしい。

目・鼻・口のくり貫きがあり、目の部分にはぼんやりとした光があり、出没は昼夜問わず。

だが、出没するのはカボチャ畑の近くが多い、といった特徴がまとめられた。

「子供の悪戯みたいな怪物だな。」

レティシアが小さく呟くと、ウォーレンは苦笑する。

街の代表者達は、レティシアのたった一つの言葉を待って沈黙していた。

レティシアは案外、この期待を含む眼差しに弱かった。

「明日、出兵する。周辺が騒がしくなる、子供達が間違って戦場に飛び出さないよう注意されるがいい。」

「ありがとうございます、宜しくお願い致します!」

口々に礼を述べる代表者達を返した後、レティシアはウォーレンを振り返った。

「すまないな、私の一存で。」

「民衆達の支持を受ける事も反乱には必要条件ですから、選択としては間違ってはおりませんよ。ですが、我々の目標はゼテギネアです。あまり時間をかけるのは得策ではございませんぞ。」

「ああ、…そうだなランスロットとカノープスとヒュースパイアを私に貸してほしい。それだけで十分だ。ウォーレンはゼノビアへ全軍を率いて行っていてくれ。1日でバルパライソを落として追い付くさ。」

「大した自信ですが…大丈夫ですかな?」

ウォーレンの言葉にレティシアは苦笑した。

「問題無い。」

 

U.

レティシアはランスロット、カノープス、グリフォンのヒュースパイアを残して、全軍を先に進める事にした。

レティシアはヒュースパイアの喉を撫でながら野営跡地から、バルパライソ方向を見る。

「中央突破なんて、正気か?」

「駄目か?最短距離なんだが。」

コイツ、本気で言ってやがる…。

いかにも不思議そうにレティシアが言うので、それ以上カノープスは何も言えずに頭を掻いた。

「…1日が期限なのならば、いたしかたないだろうが、相手の反撃次第では遅れる可能性もある。」

「だから、二人を選んだんだ。」

そう言うレティシアの顔は、どこまでも真剣なものである。

二人は顔を見合わせ、一拍おいてから破顔した。

「わかりました。ご期待に添うよう粉骨砕身挑みましょう。」

「まあ、俺にかかれば朝飯前だな。」

「そうだろう?」

三人が笑うと、ヒュースパイアが雄叫びを上げた。

レティシアは魔獣の首に抱きつく。

「もちろんだ、お前も頼りにしているよ、ヒュースパイア。」

 

V.

実際、バルパライソまで空から一直線に進むのは最良の判断であった。

デネブが用意した部隊には翼のある者は少なかったので、2.3度の交戦の後、あっけなくバルパライソにたどり着く。

城の中には確かにカボチャ頭の怪物が大量にいたが、3人と1匹の敵ではなかった。

その時レティシアがこっそり、倒したカボチャ頭の接続部(首の付け根)を覗き込んで、嫌な顔をしたのをランスロットが見ていたりする。

「アラ、あなたが反乱軍のリーダー?割と可愛い顔してるのネ。」

城の大ホールまで来たレティシア達の前へ、魔女が歩いてくる。

うっすらピンク色をした白磁の肌、艶めかしく濡れたように光る、瞳と唇。

豊満な身体をウィッチ特有の衣装に包む、類希な美女であった。

カノープスが我知らず生唾を飲む。

「私はバルパライソの魔女、デネブ。何の用事? 私の研究なら、あなたなんかに分けてあげないワ。だって、顔はちょっと可愛くたって性格ブスでショ? 私にはわかるんだから。」

『…………………は?』

3人の声が重なる。

「ふふーん、怒ってもいいワヨ、でもシワになるから気を付けてネ!」

「……研究って、まさかと思うけど、そのカボチャ達じゃないだろうな…?」

レティシアの言葉に、デネブは顔を真っ赤にして怒り出した。

「まあ、やっぱり性格ブスだワ! アタシの研究を馬鹿にするだなんて!!」

どうやら図星だとわかると、レティシアには声もなかった。

「行っくわヨ〜!」

デネブの号令一下、パンプキンヘッド達が頭をこちらに蹴ってくると、ヒュースパイアが翼で風を起こし、その軌道を変えてやる。

その後、パンプキンヘッドを破壊しつくしたランスロットとカノープスは、黙ってデネブとレティシアの戦いを見ていた。

時折ヒュースパイアが無邪気(?)に攻撃しかけるのを宥めてもいる。

女同士の戦いに、割り込むのには勇気が要る。

2人にはどんな戦いでも引くことはなかったが、この戦いにだけは参加するのはひどく躊躇われた。

何せ、得物を手にしているというのに攻撃内容は、殴る・引っ掻く・罵り合う、なのである。

「この年増!」

「ナニヨ、性格ブス!筋肉お化け!意地悪ッ!ロクな男に言い寄られてない証拠ネッ!」

「何の関係がある!」

だが、所詮は剣士と魔女の戦いである。

さして時間を必要とするでもなく、デネブは追い込まれていた。

「キャッ!」

苦し紛れに放ったスタンクラウドもいなされて、後ずさるデネブが、カボチャに足を取られて転倒する。

「もはやこれまでネッ。」

その潔さは意外だと、レティシアが内心デネブを見直しかける。

だが、デネブはその豊かな胸を両腕で押しつぶすようにしてその胸の前で手を組み合わせた。

「ごめんなさ〜い!!お願い、許してぇ〜。」

レティシアの重心がわずかに傾く。

その後ろでは、ランスロットとカノープスも力が抜けたように倒れていた。

「あたしが悪かったワ。反省してるから許して。ネ?」

レティシアは振り上げた剣を馬鹿らしくなって降ろした。

「もう、人体実験などしないな?」

「ええ、もちろんよ。」

「なら、いい。」

「ホントに許してくれるの?アリガトッ、貴方たちっていい人ね。もう他人に迷惑かけないわ!」

レティシアの言葉に、デネブが瞳をキラキラさせて抱きついた。

「だけど…。」

その頬にキスの雨を降らせていたデネブの美貌が突如凍った。

こちらからその表情は見えないが、レティシアから凄まじい威圧感が生まれているのはわかる。

「2度目はない。」

「…わかった…ワ。」

冷たい言葉にデネブは笑おうとしてその美貌を引きつらせるだけに終わる。

デネブの腕を解いて、レティシアはヒュースパイアにまたがった。

3人と1匹を見送った後で、デネブは冷たい床の上にぺたんと座り込んだ。

その額には光るものがある。

「…恐いヒト…。」

先程のレティシアの瞳を思い出して、デネブは身震いする。

死ぬ事を恐いと思わない魔女の独り言に答えるものは誰もいなかった。

「でも…嫌いじゃないわネ