STAGE2.シャローム地方


T.

祝宴の後、ウォーレンは遠くに離れたレティシアの姿を見て感慨に耽った。

……永かった。

炎に包まれたゼノビア城から逃げ延びたあの日から、既に25年余りの歳月を数えている。

ウォーレンはこの圧制を覆す事の出来る強い意思力を持った若者が現れる事を知っていた。

星占の啓示を見て驚きながらも、細く繋がれた希望に感謝をする。

星が指し示す人物は若く活力に溢れ、王道を違えぬ機知に恵まれた「ゼノビア」を預けるに足る人物であるらしい。

ウォーレンは早くその時が満ちる事を願い続けていた。

だが、その我々を導く光は、5年も前にその光を無くした。

ウォーレンはそれを知った当時はひどく落胆したものだった。

もう、自分の生あるうちに別の光は生まれまい、そう思い余生を「ただ生きる」覚悟を固めようとしていた時、

その脇星だった微かな光に目を止めた。

同じ光を宿していたものの、その輝きは始めの星とは全く比べ物にはならない。

やがて我々を導くほどの強い光になるのはいつの事か。

ウォーレンは再び肩を落とした。

だが、その星は見る見るうちに輝きを放ち始め、今では始めに見た星と同じぐらいの光を纏うようになった。

…始めに消えた星、それは彼女と運命を分かつ者ではないか、とウォーレンは推測する。

同じ運命、志を持って生まれ、片方の死によってもう片方が使命に目覚めた…。

だとすれば、合点がいく。

そして輝きつづける星が示す人物が間違い無く、彼女、レティシア・ディスティーだろう。

だが。

「星は、この先を示してはおりませぬ。」

ウォーレンは一人呟いた。

そう、星すらもこの戦いの行く先を知らないのだ。

 

U.

「ティンクル・スター?」

レティシアは小島にひっそりと隠れるようにして在ったロシュフォル教会で、ペンダントを受け取った。

形を整えていない黒い原石に紐を括りつけたそれを、よくよく覗き込んで見ると、透明度の高い闇の中にキラキラと光るものがいくつも見て取れた。

まるで小さな星空のようだ。

綺麗だと見惚れるプルミナとラーラにそれを渡そうとすると、慌てて制止され、

「それは、勇者である貴方様がお持ち下さい!……行く先々で必ずや貴方の助けとなる事でしょう。」

言われてレティシアは困った顔をしながらもそれを承知して首に掛けると、それをくれた男は安堵したように微笑んだ。

「レッティ様。そろそろ戻りましょう、ウォーレン様が心配されておられますよ?」

レッティ、とはレティシアの事である。

ウォーレンの城を落とした後、彼女の幼なじみだと言うギルフォード、アルバートが彼女を呼ぶ時、常に愛称であった事から、軍内の若い者達はそれにならって愛称で呼ぶ様になっている。

だが、親愛の情の中のちょっとした遠慮が「様」付をさせた。

その妙な呼び方を、当のレティシアは「好きに呼ぶといい」と笑うばかりであった。

「ああ、そうだな、戻ろう。」

ペンダントの礼を述べ、教会を後にした。

北の小島を経由して進む第1ルート、南から攻めあがる第2ルート。

レティシアは第2ルートの指示を受け持った。

リーダーに何かあったら、とかなり反対意見が出たもののレティシアはそれらを押し切った。

「私は飾りになるつもりなど毛頭無い、この戦いは危険の中にこそ活路がある。」

言ったレティシアに続く反論は無かった。

ぶつぶつとまだウォーレンあたりが言っていたが、黙殺して話を進めていく。

第1ルートに名乗りをあげたのは、ランスロットである。

能力的に何ら不足も無かったので誰も反論は無かった。

レティシアはランスロットの横顔にどこか野生動物的な獰猛さを見つけて、見間違いかと何度か瞬きをする。

ランスロットの瞳には、焼付くような怒りが確かにあった。

自分に向けられたものでは無いと理解しながらも、背筋に冷たいものが伝う。

「レッティ様?」

「あ、いやなんでもない。では…。」

第1ルート・第2ルート・セバストポリの守備に全軍を割り振り、解散を告げる。

レティシアは部屋を出て行くランスロットの背中をもう一度見た。

「あれは…一体なんだったのだろう。」

それについては少し後になってから判明した。

ゼノビア奪回のための戦いと承知しながらも、かつての仲間達の仇を討つことの出来る機会を迎えた事への歓喜、そしてウーサーへの怒りであったと。

 

V.

第2ルートの方には対して反撃は来ていなかった。

第1ルートの方へばかり注意が向いている証拠だ。

「隊長、レッティ様が上手くやってくれている様ですね。」

ランバルディが言った。

「…隊長?」

ランバルディは反応を示さないランスロットに訝しげな視線を送った。

ランスロットは何度か呼ばれてから、驚いた様子でランバルディを振り返った。

「なんだ?」

「ア…いや、別に何でもないです。」

その表情の険しさにランバルディは驚いて、固まってしまう。

その様子に自分の度量の狭さを恥じてランバルディの肩を軽く叩いた。

「すまない、気が立っているようだ。許してくれ。」

「いやそんな別にっ、謝られると返ってこっちが恐縮です。ランスロット様の気持ちも考えずに無駄口叩いて、すいませんでした。」

ランスロットは複雑な顔で微笑んでから、再び前を見据えた。

確かに自分はウーサーへの復讐の念に取り付かれていたと自覚する。

ヤツに奪われた幾人もの仲間達全員の顔が、今でも思い起こせる。

そして何よりも痛く辛かったのが、その全員がランスロットを生かそうと、ランスロットに全ての希望を託して死を覚悟した者達の必死の形相…。

死に直面した人間の決意と優しさ、そしてその命を食い潰し続ける自分のエゴ。

「私は…。」

「え?何か言いました?」

我知らず呟いた言葉を聞きつけたランバートがランスロットを覗きこんだ。

「いや、何でもない。皆、気を引き締めろ。ゾングルダークが見えた。」

そしてウーサーと決着をつける時が。

 

レティシア達は士気盛んな反乱軍兵士達の戦意を出来る限り掻き立ててバリケシールからうって出た。

首尾はかなり良い方であった。

実践経験の少ない連中を上手く用兵するのにはレティシアも多少てこずったものの、各人が持てる全力を尽くす姿勢があったため、最小限の被害でここまで来ている。

そして臨機応変に指示を出す彼女がいたからこその戦績である。

ゾングルダーク前の兵士達を斬り倒し城門が開かれると、反乱軍は更に勢いづいた。

「ギル、アル、私に続け!ウーサーを引き摺り下ろすぞ!」

レティシアは向かってくる兵士達をほぼ一撃のもとに切り伏せ、突き進んだ。

その頃、ウーサーは劣勢に苛立つのを押さえきれずにうろうろと歩き回っていた。

「クソッ!」

蹴り飛ばされた部下が一瞬反抗的な目を向けたものの、すぐにへつらう姿勢を見せてすごすごと下がっていく。

その矢先にヒステリックに見張り台からの伝令兵が叫ぶ。

「城門破られました!」

「何ッ!?」

ウーサーは窓から侵入者を見下ろして、鋭く舌打ちをした。

このままではまずい、とウーサーが得物を手にした時、

「ウーサー!!」

激しい怒りに満ちた声にウーサーは振り返った。

見覚えのある鎧はゼノビアの騎士団の者だ。

「お前は…。」

わずかに記憶の端にかかった顔に、ウーサーは記憶を手繰る。

覚えがあった。 あのカンに触る、真直ぐな瞳に。

「おまえはランスロット…。まだ生きていたのか!」

ウーサーとランスロットとは前に戦った事もある。

その腕前は自分には全く及びもつかなかった筈だ。

ランスロットを格下に見ているウーサーは、いくらか余裕を取り戻して嘲笑した。

「貴様がこの反乱軍のリーダーというわけか、無駄な事を!」

「いや、私ではない。それよりも今は自分の身を案じた方が良いのではないか?すぐにここは陥落するぞ。」

ランスロットの言葉に、ウーサーは眦を吊り上げた。

「抜かせ、小僧がッ!貴様の悪運もこれまでだ。グランの後を追うがイイッ!」

「それはこっちのセリフだ。盗賊ふぜいが何を言うかッ。今日こそ、貴様を倒し、死んでいった仲間の仇を取ってやる!」

ウーサーの呪詛にも似た獰猛な怒号に、ランスロットも負けず劣らずの気迫を返した。

「死ね、ランスロット!」

ウーサーの一撃は難なくランスロットに流された。 打ち合う事数号、ウーサーは一度後ろへ下がる。

なるほど、前ほど退屈はしなくてすみそうだ。

前とは違う手応えに、ウーサーは得物を握り直した。

「オイッ侵入者だ、出合え!」

「! よせ、早まるな!」

奥間からわらわらと帝国兵が出てくるのを見て、ランバルディとトンプソンがそれへ走り込んで防ごうとしたが、あまりにも多勢に無勢であった。

ランスロットの制止も虚しく、二人はあえなく囲まれて窮地に陥る。

「余所見をしている場合か? ああ、でも早く助けに行かんとヤツ等は死ぬなぁ…。」

「クッ…!」

ランスロットはウーサーの斧をはねつけた。

だが助けに行くにはウーサーの横を抜けて行かねばならない。

「まあそう焦るな!

ウーサーの斬り込みをかわしながら、二人の無事をちらちらと確認する。

「うわぁ!」

ランバルディの利き腕から血がしぶいた。

「ランバルディ!リュミア、ヒーリングを!」

「はいッ。」

「させるか、オイ、黒焦げにしてやれッ!」

ウーサーの後ろに控えたウィザードが、リュミアを狙い雷の呪文を唱え始める。

同じくウィザードのハルシェルがそれに対抗するものの、相手の方が詠唱はやや速い。

だが、ウーサーと斬りあうランスロットは、ウーサーの後方に炎が走るのを見た。

レティシアである。

ウィザードが、断末魔の声を上げて倒れる。

「ランスロット、ウーサーは任せるぞ!」

「何ッ!?」

ウーサーの驚きの言葉を取り合わずに、ランバルディ達を助けに向かう。

レティシアに続いてギルフォードがもう一人のウィザードを屠って、その後に続く。

「ありがたい!」

ランスロットはレティシアにウーサー以外の一切を任せる事にして、ウーサーに集中する。

「くッ。馬鹿なッ…。」

途端に押され始めた形勢に、ウーサーはうめく。

ランスロットの剣技は、以前とは全く違っていた。

前に打合ったときには自分が負ける事など微塵も考えた事はなかったが、今は、違う。

死への恐怖に顔が歪む。

「……ウーサー!先に地獄で待っているがいいッ。」

喉の奥から搾り出すような咆哮がほとばしった。

ウーサーは頭から二つに割られ、断末魔の声を上げることも出来ずに息絶える。

それを見て、敵わないと知った兵士が散り散りになって逃げ出す。

「逃げる者は追うな!それよりもウーサーの死亡とゾングルダーク陥落をふれまわれ。投降する者は決して殺すな。」

指示を出してから、動かないランスロットを哀れむように目を細める。

頭を割られたウーサーの死体の前で、ランスロットは天井を仰いで息を整えていた。

かつての騎士団の仲間たち、落ち延びた後に反乱を決起した仲間たちを思い出す。

「…………。」

胸の前で十字をきって、仲間たちの冥福を心から祈った。

あとは、皆で夢を見た帝国の打倒、そしてゼノビアの復興を為すだけである。

だが。

ランスロットはレティシアを振り返る。

歳若い彼女や、反乱軍の殆どを構成する若い者達はかつてのゼノビアなど知らない。

きっと、しがらみなどない自由な国に生まれ「変わって」しまう、とランスロットは思った。

「ランスロット、ご苦労だった。」

ランスロットははっとしてその考えを打ち消した。

いまさら何を。

「…レティシア殿。ご助力ありがとうございました。」

ゾングルダーク陥落は、間もなくして帝国まで伝わる事となった。